#001 [2023/10.12]

わたしたちの、このごろ

『自分のことは、自分のタイミングで決める』
それが僕のポリシーなんです。

西尾育海さんNarumi Nishio

芯のあるまっすぐとした目でそう語るのは、この春からワインや日本酒など、酒瓶を製造するメーカーに就職した23歳の青年、西尾育海さんだ。

彼の第一印象は好きなことをとことんつきつめるキラキラとした若者。無類のワイン好きで、その想いはとどまるところを知らず、生産現場に立ち入り、葡萄を育てるところから自分でオリジナルのワインまで造ってしまう。

一体彼はどこのワイナリーに就職するんだろう?

西尾さん:誰もがそう思っていただろうし、実際それを期待されていたと感じます。周りをがっかりさせるしんどさはあったけれど、自分のことは自分のタイミングで決めようと思っていました。

そんな西尾さんだが、幼いころは自分自身の軸が見つけられず、周りの期待や評価を意識した生活を送っていたそう。

小さなコミュニティの中で
自分の置かれた環境を
壊さないようにすることに必死だった

西尾さん:幼少期〜中学時代まではサッカー一色の生活を送っていました。実はそこまで熱心に取り組んでいた訳ではなかったのですが、友人関係もそこで成立していたし、両親も応援していたので辞めるに辞められず。小さなコミュニティの中で自分の置かれた環境を壊さないようにすることに必死だった気がします。閉塞感はありつつも、ほかに軸がなかったので抜け出せなかったですね。

そんな生活に転機が訪れたのは高校に入ってから。海外からの留学生が家にやってきたことがきっかけだったという。

西尾さん:母が勝手に申し込んだ留学生のホームステイ先にうちが選ばれて。2週間留学生と一緒に過ごしたんです。電子辞書を使いながら片言の英語で会話をするんですけど、意外とコミュニケーションが取れるんですよ。楽しい!もっと話せるようになりたい!と思いました。

好きなことを見つけると、とことん極める西尾さん。その後はオーストラリアへの語学研修へ参加したり、高校卒業前に英検準1級を取得するなど、これまでどこにも発散することのできなかったエネルギーが滝のように溢れ、英語へと注がれた。

自分が心から好きだと思えることで
軸ができたような気がした

西尾さん:初めて自分が心から好きだと思えることで軸ができたような気がします。もっと広い世界を見たいという想いから、外国語大学への進学を決めました。

大学入学後は国際協力の分野に興味を持ち、アフリカに難民支援へ。帰国後も日本からできる支援活動を続けたという。
それと同時に、ひょんな事からもう一つの大きな軸を見つけることになる。

西尾さん:僕はお酒があまり強くないのですが、「飲み会」という場は好きで。その場を長く楽しむために自分の身体に合ったお酒を探していたんです。色々飲んでいるうちにそれがワインだと気づきました。

好きなことを極める性はここでも発揮され、知識を身につけるため、ワインショップやワインバーでのアルバイトを開始。いつしか国際協力とワインという二軸が彼を象徴するものになっていた。

西尾さん:大学4回生では休学をして、もう一度アフリカに難民支援へ行こうと決めていました。でもそのタイミングでコロナがきて海外に行けなくなってしまって。自動的に残った軸がワインの方だったんですよね。

西尾さんは残ったワイン軸を突き詰めるため、研修生として東北のワイナリーで働き、ブドウ栽培から醸造までの生産過程を実際に体験しながら一年間学んだという。

だんだんと周りから
「ワインの道に進む人」という
イメージが強くなっていった

西尾さん:畑で葡萄と一対一で向き合う時間は不思議と自分に合っていました。手をかけた分だけ葡萄の成長の仕方で反応が返ってくる。それがすごく楽しくて、のめり込んでいきました。だんだんと周囲も僕に対して「ワインの道に進む人」というイメージが強くなっていったと思います。

しかし、そのイメージは彼を苦しめるものにもなった。

西尾さん:就職先を決めるタイミングで周りからの『好きなことをやりなよ』圧がすごくしんどかったです。将来的にはワイナリーに就職することも考えているのですが、幼少期に小さなコミュニティから抜け出せず、苦しい思いをした自分の性格などを考えると、一度企業に就職して広い世界を見たいという思いがあったんです。自分ではそれがやりたいことで、進みたい道なのに、なんだか世間的には『好きなこと=キラキラしたことでなければいけない』という風潮があって、「もったいない」とか「ワイナリーに就職しないの?!」と言われるのは苦しかったですね。

本当に大切にしたい軸だからこそ周りがどう言おうと「自分のことは自分のタイミングで決める」をポリシーに企業への就職を決めた西尾さん。
いつかは地元にワイナリーを設立し、自分の手の届く範囲でワインを軸とした居場所づくりやコミュニティーの構築をしていきたいという大きな夢も持っている。そのタイミングもじっくり大切に自分自身で決めていくのだろう。

編集部のまとめ

昨今、レールに乗った人生のアンチテーゼとして「自分のやりたいことをする」人生にフォーカスが当たるようになってきた。しかし、そのやりたいことが特殊でなければ注目されないのだろうか。一人ひとりに軸があり、進みたい道がある。それがどんなことであったとしても、自分の心に正直に決めた選択は、全てがキラキラしている。西尾さんの言葉から、「多様な生き方」の在り方を改めて考えた。

STAFF
photo/text: Nana Nose