#010 [2024/01.13]

わたしたちの、このごろ

できるだけみんなが
心地よいと思える
空気感をつくれる人になりたいです

渡部謙さんKen Watanabe

こう語るのは、現在千葉県の精神科病棟で作業療法士として働く渡部謙さん、24歳だ。

気づいたら
いつも自分は聞き役だった

渡部さん:幼少期は今とは真逆で、どちらかというと外で走り回っているような子どもでした。仲良くしている友だちもアクティブで明るく、おしゃべり好きな子が多かったです。でもそれと同時にものづくりにも興味があって、自分の手で黙々となにかを作ったりする時間も好きでした。

対極にあるふたつの面を持ち合わせていた渡部さんは、気づけばいつも友人たちの話の「聞き役」になっていたらしい。

渡部さん:明確なきっかけがあったわけではないのですが、小学生くらいのころにはすでにそのポジションにいたような気がします(笑)。いろんな人から相談事を聞くことも多かったです。自分の話をするより、聞く側の方が私にとっては心地のいいポジションでした。

高校時代に出会った
「作業療法士」という仕事。
進みたい道が明確に見えた

そんな渡部さんは、高校生になり自分の進みたい道を考える中で、幼いころから持ち続けていたものづくりへの興味から、漠然と工学部に進みたいと考えていたそう。

渡部さん:大学のオープンキャンパスで工学部を見て回ったのですが、どちらかというと機械やプログラミングの作業中心で、自分が好きなクラフト系のものづくりとは少しかけ離れているように感じました。

大学生の時に作った切り絵。「我ながらセンスありますよね(笑)」

そんなとき、医療系の仕事を目指していた仲のいい友人に誘われ、地元の大学のオープンキャンパスへ行ったとき「作業療法士」という仕事と出会い、進みたい道が明確に見えたと話す。

渡部さん:手作業や手工芸などを通して、患者さんのリハビリを行うのが作業療法士の仕事だと知り、自分の好きな図工的なものづくりで患者さんと関わることができる点で、とても魅力を感じました。

お部屋のインテリアや小物をそろえることが趣味。もし作業療法士の仕事を辞めることがあれば、家具やインテリア関係の仕事に就いてみたいらしい

精神科領域の作業療法士になりたい
患者さんの心に
じっくり寄り添うリハビリが
自分には向いていると思った

その後、晴れて作業療法士になるための大学に合格した渡部さんは、専門的な学びを深めていく過程で精神科領域の作業療法士に興味を持ち始めたという。

渡部さん:一般的に想像される作業療法士は、例えば怪我をした人が徐々に社会復帰できるよう、身体的な面でサポートしていくイメージですよね。でも精神科にも同じように作業療法士がいて、そこでは人間関係や対人交流が苦手な患者さんがさまざまな作業を通して社会との上手な関わりかたを学んでいくためのサポートを行います。

精神障害を抱えた人たちは私たちにはないものを感じ取り、妄想や幻聴を引き起こすことによって生活に支障をきたしてしまう。それは一体どういう世界なのか、もっと知りたいと思ったという渡部さん。

渡部さん:妄想や幻聴といった非現実の中に見え隠れする患者さん自身の感情を読み取り、そこを鍵になるべく社会に適応していけるよう現実的な方へと引っ張っていく。そんな、患者さんの心にじっくり寄り添うリハビリの方が自分には向いているとも思いました。

物心ついたころから人の話の聞き役になっていた彼が、患者さんの心を紐解いていく精神科領域の仕事に惹かれたのは当然のことだったのかもしれない。通常、身体障害の現場を経て、精神障害の現場へ進む人が多いなか、渡部さんはファーストキャリアから関心の強かった精神科へと進むことを決めた。

渡部さん:どんな場所に行っても患者さんによってケースバイケースで、日々勉強しながら働く仕事なので順番はあまり関係ないと思っていました。

当たり前が当たり前じゃない日常。
そんな中で自分の生活を振り返る日々

とはいえ、精神科の作業療法士として入職した当時は、自分の持っている常識が覆される毎日だったそう。

渡部さん:実は学生の時にコロナの関係で精神科の実習に行けないまま仕事がスタートしたんです。座学と現場はやっぱり全然違って。入院が長い患者さんや人と関わらないで生活してきた患者さんは、自分の持っている常識とかけ離れたところにいます。これまでの当たり前が当たり前じゃなくなって、戸惑うことがたくさんありました。でも、病気や障害の有無に関わらず、本来私たちはみんな違って当たり前。今は「違う」ということに日々面白さを感じています。

また、患者さんの人間関係や人付き合いの方法をじっくり観察することで、自分自身の人間関係についても多くの気づきがあると話す渡部さん。

上:友人からプレゼントしてもらったアドベントカレンダー
下:料理も大好き。凝ったスパイスカレーを作るのにハマってるとか。一人暮らしを始めてから毎日お弁当も欠かさず会社に持参。隙間時間に簡単な作り置きを作っているそう

渡部さん:例えば自分にとって合わない人がいたとき、「気にしなきゃいいんだよ」という人がいますが、実際同じ空間にいたら気にしないなんて無理ですよね。気にしないのではなくて、気になった後の対処や気持ちの切り替え方を習得することが大事なんです。嫌なことをどう受け止めるか、そういったことは患者さんとの関わり合いの中で学べることが本当に多いです。

精神科の作業療法士として働き始めて約2年。最後に「なりたい自分像」について話してくれた。

渡部さん:やっぱり職場の先輩たちを見ていると、患者さんの小さな体調の変化はもちろん、一緒に働く私たちの変化に至るまで、いろんなことに気づいて心を配れる人が多いんです。全てに配慮するってすごくむずかしいですが、作業療法士として学びながら、私生活でも職場でも、できるだけみんなが心地いいと思える空気感をつくれる人に私もなっていきたいです。

編集部のまとめ

穏やかでおっとりとした雰囲気が漂う渡部さん。
インタビューをする側の私までついつい自分のことを話してしまうほど妙な安心感を与えてくれた。
きっと抱えている仕事はたくさんあるのだろうが、なんだか彼の中に流れる時間はとてもゆっくりに感じられた。

新社会人に限らず、私たちは日々やることに追われて自分のことでいっぱいいっぱいになってしまう。
でも、あえてそんなときにこそ、誰かとコミュニケーションを取ってみたり、周囲にちょっと気を配ったりしてみることで、自然と余裕も生み出せるのかもしれない、渡部さんの話からそんなことを思うのだった。(そんな私もいつも余裕がないので渡部さんを見習いたい…)

STAFF
photo / text : Nana Nose