#004 [2023/10.18]

わたしたちの、このごろ

いつもどんなときも
ワクワクできるほうを選びたい。
そのために失うものがあっても、自分の心に
妥協のない選択をとりたいんです。

砂田実菜さんMina Sunada

2022年からデザイナーの姉とともに、神戸市で古着屋を営んでいた24歳の砂田実菜さん。現在は「姉妹としてではなく、自分にしかできないことに挑戦したい」という思いから、独立し、新たに古着屋を始めたという。

個性的なヘアスタイルにユニークなファッション。世界中の誰ともかぶることのない唯一無二のスタイルを確立し、客観的に見ると、すでに「何者か」になれているようにも見える彼女だが、その内側では葛藤しながら、自分を見失わないようにもがき続ける等身大の姿があった。

富山県で生まれ育った砂田さん。幼い頃は内気な性格で、人前で話すとすぐに顔が真っ赤になってしまうような子どもだったという。

砂田さん:本当はみんなと仲良くしたいのに方法が分からない。それがコンプレックスで、自分を変えたいと思い続けていました。唯一4歳から始めたエレクトーンは自分をありのままに表現できる方法で、将来私は音楽をして生きていく人間なんだと信じて疑わなかったです。

そんな砂田さんを新たな世界へと連れ出したのは、中学時代に出会った「原宿系ファッション」だった。斬新な服の合わせ方や、カラフルさにどんどん心が惹かれていったという。

砂田さん:服ってこんな自由に着ていいんだ!こんな自己表現の仕方もアリなんだ!って。雑誌を見ながら勉強を始めて、夏休みにはお姉ちゃんと一緒に原宿の竹下通りの古着屋を端から端まで見に行ったり。私服を着られる日は常に今まで一度もしたことのないコーディネートを組むのが自分の中のルールでした。そのうちファッションスナップを撮ってもらえたり、テレビ取材を受けたりするようになり、自分が認められているような気がしました。気づけば内気だったはずの自分がファッションのイベントへ自ら出向き、同じ趣味を持った人たちと何の抵抗もなくコミュニケーションを取れるまでになっていました。

ファッションという新しい自己表現を見つけた砂田さんだったが、将来の夢は変わらず音楽で生活をしていくことだったという。

砂田さん:生活の中の楽しみがファッションで、音楽を仕事にしたいという気持ちは変わりませんでした。日常的にファッションを楽しみながら、音楽を専門に学べる都会の大学に行きたくて、大阪の音楽大学に進むことを決めました。

しかし、音楽大学で過ごした4年間は、砂田さんの中にあった音楽への自信を日ごとに失わせていくことになる。

純粋に音楽を楽しみたいのに、
どんどんワクワクできなくなっていく

砂田さん:井の中の蛙だったというか……当たり前ですが、音楽大学には全国から音楽の精鋭が集まってきます。富山の小さな世界で通用していたことがそこでは通用しない。人前で話すことはできるようになったけど、人前で弾くことができなくなりました。私は純粋に音楽を楽しみたいのに、どんどんワクワクできなくなっていく。このまま続けていたらずっと自分の隣にあった音楽を嫌いになってしまいそうで、仕事にするという夢を諦め、一度音楽から離れることを決めました。だからと言って、自分がリクルートスーツを着て就活するイメージはどうしても持てなかったんです。

目指してきた道が絶たれた不安と「何者かにならなければ」という焦りで悩んでいたとき、デザイナーとして活動する姉から「ここで一緒に古着屋をやらない?」というメッセージとともに、神戸にある一軒の物件情報が送られてくる。

砂田さん:直感で面白いと思いました。考えてみればこれまで音楽もファッションもワクワクできるかどうかで道を選んできたので、その感覚を大事にしようと、話を受けることにしました。

新天地、神戸で古着屋として
活動する日々は、
毎日とても刺激的だったという。

砂田さん:自分がいいと思うものをセレクトして、それを沢山の人が手に取ってくれる喜びもありましたし、何者にもなれずにいた自分が『古着屋をしている子』というイメージを確立できたのも嬉しかった。新聞や雑誌、テレビにまで取り上げてもらって、両親から「頑張ってるね」と連絡がきたのも力になりました。

しかしそれと同時に、「姉と一緒だからできていることなんじゃないか?」という気持ちや、姉妹間で表現していきたいことの微妙なズレが生じはじめ、自分にしかできないことをもっと探究したいという気持ちが強くなっていった砂田さん。

砂田さん:ここまで築いてきたものを手放す不安はもちろんありますが、自分の中にある違和感を放置することはできませんでした。

そんな中で、音楽ともう一度
向き合いたいという気持ちが
大きくなっていった

砂田さん:私だけにできることを考えたとき、やはり音楽は切っても切り離せないものでした。今は古着屋の点と音楽の点がどこかで線になると信じて、目の前のことに向き合いがんばっています。前は見えなくても、とにかく自分がワクワクできる方に進むだけです。

編集部のまとめ

砂田さんの話を聞きながら、高村光太郎の詩「道程」に出てくる「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」という言葉がふと頭をよぎった。ゴールや行き先が見えなくても、常にワクワクする方に進んでいく。途中で進路変更をしても、振り返ってみればそこには一本の道ができている。離れたはずの音楽が、また今、砂田さんの道に戻ってきたように。全ての道が繋がっていると思えば、どんなことにも恐れなく挑戦していけるのかもしれない。

STAFF
photo/text: Nana Nose