時空をかける手仕事の旅

2024年3月26日(火曜日)

糸と針で紡ぐ白い世界に魅せられて

京都とコペンハーゲンに拠点を持ち、キュレーターやコーディネーターとして活躍されるユキ・パリスさん。生まれ育った、築百余年の日本家屋を改築して、2002年にオープンしたのが「ユキ・パリス コレクション」です。

 

「白い宝石」と呼ばれるほど高価であったニードルレース。これを手に入れるために破産する貴族もいたとか。

1階は、古今東西のすぐれた美術・工芸品など扱うショップ。2階のミュージアムには、16~20世紀にヨーロッパ各地で作られたレースや刺しゅうなどの針仕事の作品を中心に、道具や資料などが数多く収蔵されています。

 

ブティをほどこした富裕層のための衣類パーツ。人の手によるものとは思えないほど緻密。
アイリッシュ・クロッシェのカフスは英国の骨董祭で出会ったコレクターから。

ユキさんがはじめてヨーロッパの手仕事に出会ったのは、結婚後に移り住んだデンマークの王立工芸博物館。そこで目にした世紀の洗礼服の美しさに鳥肌の立つような衝撃を受けたのだとか。「一体誰がどんな技法で、こんな仕事をしたのだろう?」

そのときの感動と疑問がきっかけとなり、ヨーロッパの手仕事の世界に惹き込まれます。以来40年以上に渡り、手仕事を通してヨーロッパの歴史や社会を学んできたというユキさんは、今でも手仕事への興味は尽きることがないとおっしゃいます。

 

サロンに集い手仕事した貴婦人たちが競うように見せ合ったという19世紀のお裁縫箱。
技法ごとに分類された手仕事が引き出しにもずらり。

そんなユキさんがこの場所にミュージアムを作ったのは、古い日本家屋を残すことで、ヨーロッパの手仕事の素晴らしさだけでなく、日本のよさも伝えたいと思ったからだそうです。

そして「本物を身近で見てもらい、私が感じた感動や喜びを共有し、手づくりをする方には作品づくりの参考にしていただければと思ったのです」

自分を知ることで開く、作るよろこびの扉

お話を伺う中で「『クチュリエの種』って素敵なネーミングね」という言葉をいただき、うれしく思いました。「ものづくりの『種』とは作り手の『想い』。その想いを形にできるのが、人間の偉大なところです。それは手仕事に限った話ではないけれど、とにかく夢中になれるものを持っている人は、しあわせだと感じますね」

 

残糸を活用して作られることが多かったという19世紀〜20世紀初頭の針山。

ユキさんがこのミュージアムを開設した理由のひとつに、ものを作る人たちの何かの参考になればという気持ちもあるとのことですが、でも「『参考』といっても模倣やコピーをするということではなく、古い作品のデザインや技法、構成などをヒントにし、『自分ならこうしよう』と独自のスタイルを創るのが大事なこと」とおっしゃいます。

 

クリエイティブなアイデアでセンスのよさを感じさせるフリーステッチの皿敷き。

さらに、昔と比べ時間の流れも材料も違う、効率重視の現代に生きる私たちが、古い時代のものに勝るものを作ろうとするなら、必要なのは発想力やひたむきな作品づくりの姿勢だと、ユキさんは続けます。「作り手の意図とすぐれた技量があいまってできるものは素晴らしい。でもたとえ上手でなくても、光る何かがあれば素敵だと思いませんか。光る何かや込められた想いは人に伝わると思います」

 

左:美しいボタンの数々にもうっとり。/右:花弁一枚一枚異なるパターンのプルワークで刺した未完の衿。

ユキさんは本物を見抜くその審美眼から、専門家の超絶的な作品だけでなく、無名の一般女性や少女達が秀でたセンスでひたむきに作ったものも見つけ、その創作に光を当ててきました。実際、「ユキ・パリス コレクション」には、職人が手がける精緻なレースも、5歳の女の子が刺したサンプラーも、女学生の教習布もわけへだてなく蒐集され、作品に優劣をつけることなく展示されています。それこそがこのミュージアムの最大の特徴であり、世界中から注目を集めている魅力でもあるのです。

 

縫い物や刺しゅう、編み物などあらゆる技法をほどこした19世紀の教習布。ベルギーの女学生の作品。よほど手仕事が好きで得意だったようで、長さが5.5mにも及びます。

それでは私たちが実際に、これから自分のスタイルを見つけて、その想いを形にしていくには、どうすればよいでしょうか? 「今の時代の人たちは、実際とかけ離れた多くの情報に囲まれていると思います。つくられたイメージを見て自分と比べたりうらやましく感じたりすることは、まったく無駄な負の感情ですよね。それより自分を知り、よい部分は大切にすること。そしていつか形になると信じて、好きなこと、好きなものを続けることは大事です。人も物も本物は歳月を重ねるごとに魅力が増します。豊かな経験に知性が加われば、歳をとるのは怖くないと思っています。経験という最大の強みと知性を身につけた先の広がりは無限なのですから、目線を今より少しだけ遠くに向けて、自分の世界を広げてください」

 

チュールまで人の手による、精緻を極めたレース。前デンマーク女王陛下の祖母、ALEXANDRINE(アレクサンドリーネ)女王のドレスの一部。

そんなユキさんが見つめる先には、どんな未来の形があるのでしょう。「生まれ変わることがあるとしたら、庭師になりたい。建築家もいいですね。現実的な将来としては、子どもたちの可能性を広げられるような、教育的なことにも興味があります」 そう語る瞳には、淑女の余裕と少女のような好奇心がキラキラと力強く宿っています。

2024年の春の企画展は、花をテーマにした「フローラ」を予定しているとのこと。哲学の道に桜が咲くころ、みなさんもぜひ、このミュージアムを訪れてみてください。

 

ユキ・パリス 幸せをよぶ手仕事(世界文化社)
5歳の女の子が作ったサンプラーから、王侯貴族達が専門家に作らせた高価な逸品まで。ヨーロッパの手仕事に見る心豊かな暮らしと、審美眼に裏打ちされた著者の飾らないライフスタイルを、数々の美しい写真と共に紹介した一冊。

 

 

ユキ・パリスさん
京都生まれ。1970年大阪万博勤務の後、結婚を機にデンマークに移住。以来、展覧会の企画・監修、コーディネートを行う傍らヨーロッパ各地で針仕事やアンティークを蒐集。2002年、生まれ育った京都の自宅を改築し「ユキ・パリス コレクション」をオープン。
WEB:https://yuki-pallis.com/

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