ミシンの歴史 〜ブラザーミュージアムを訪ねて〜前編〜

2023年4月27日(木曜日)

カタカタカタ……。心地よい音を聴きながら手もとに集中するうちに、いつの間にか無心になって、時間がたつのを忘れてしまう。いつだって、ミシンにしか生み出せない特別なあのひとときには、ほかの何にも代えがたい多幸感が漂います。

縫製作業には欠かせない道具であり、手づくりを支えてくれる大切なパートナーでもあるミシン。そういえば、世界で最初のミシンって、いつ、誰が、どこで発明したんだろう。日本で最初のミシンは誰が使ったんだろう? 国産のミシンはどんなふうにして今みたいに進化したんだろう……?

こんなに身近な存在なのに、意外と知らないミシンの歴史。改めてきちんと知りたくなって、愛知県名古屋市瑞穂区のブラザーミュージアムを訪問。館長の小原啓寿さんから、たっぷりとお話を伺いました。

ただの道具以上の愛着と存在感を秘めて、今日も私たちの暮らしに寄り添ってくれるミシン。その背景を知ることで、いつものミシンタイムがより豊かに感じられるようになるかもしれません。

業革命で生まれ、黒船に乗って日本へ

ミシンの歴史は、18世紀半ばに起きた産業革命に端を発します。産業革命によりヨーロッパの人々の生活やファッションが変化し、洋服の需要が急増。また、ナポレオンの時代には軍服の大量生産が急務となり、糸を作る紡績機、布を織る織り機も次々と発明されていきました。糸や布の大量生産が可能になり、高速で布を縫う機械であるミシンの開発はいよいよ急務に。英国、ドイツ、フランス、アメリカなど、各地でミシンの研究が始まります。

ミシンの変遷を見てみよう!

1790

トーマスセント(英国)が世界初の
ミシンを考案。(写真は複製)

1830

洋服の仕立て屋だったバーシレミー・
シモニア(仏)が実用ミシンを発明。
しかし、軍服工場に納品された
80台は、職を奪われることを恐れた
職人たちにより破壊されてしまった。

1845

エリアス・ハウ(米)が上糸と下糸を
交差させる、現在のミシンの縫い方
(本縫い)の源流となるミシンを発明。

1851

アイザック・シンガー(米)が
シンガー社初のミシンを発明し、
米国特許を取得。このミシンを
足がかりに世界各地の工場で
ミシンを量産し、世界最大の
ミシンブランドに成長。

世界で最初のミシンと言われているのが、1790年に英国の家具製造業者であったトーマス・セント考案によるもの。しかし残念ながらこのミシンは特許の分類ミスにより長い間注目されることがなく、製品化されることもありませんでした。その後もさまざまな人物がミシンの考案に挑みましたが、当時のミシンは、ほとんどが1本の糸で縫っていく単環縫い(チェーン・ステッチ)。上糸と下糸を交差させることでよりほどけにくい縫い目を生み出す本縫い(ロック・ステッチ)の開発が待たれるものの、なかなか実用には至りませんでした。

そして1845年、ボストンで機械工として働いていたエリアス・ハウが、画期的な本縫いミシンを発明。ボビンとシャトル(ボビンケース)の考案、針と糸の設計理念などは現在のミシンにも通じる重要な機能で、ミシンの歴史は大きな一歩を踏み出すこととなりました。

その後、1851年にアイザック・シンガーの考案したミシンがアメリカで初めて特許を取得。シンガーの興したシンガー社は世界各地の工場で家庭用小型ミシンを大量生産。一般家庭におけるミシンの普及に大きな功績を残していきます。「ミシンの普及により、家庭では女性の収入源としての『縫いもの』が定着していきました。当時の女性は、ミシンによって仕事を手にし、またミシンによって家庭内における地位を高めていったのかもしれません(小原さん)」

日本に最初に伝わったミシンは、ウィラー&ウィルソン社によるもの。1854年にペリー提督が十三代将軍・徳川家定に献上し、その妻・篤姫が使ったと言われています。黒船に乗り、海を渡ってきたミシンを見て、約180年前の日本の人々が一体どんな反応を示したのか……。なかなかに興味深いエピソードです。

こうして日本にミシンが上陸してから約半世紀の間に、洋装が広まり、ミシンの需要も徐々に増えていきましたが、日本のミシン市場には外国製のミシンしかなく、高価で故障も多いのに修理のための部品は入手しづらいという状況が続いていました。このような時代背景のなか、名古屋市の安井兼吉氏がミシンの修理業を営む「安井ミシン商会」を創業。その息子である安井正義氏・実一氏の兄弟は、小学生のころから父の仕事を手伝ううちに、「ミシンを自分たちの手で作り、国産化を実現したい。そして今は輸入産業であるミシンを輸出産業にしたい」という大志を抱くように。ここから、ブラザー工業株式会社(以下、ブラザー)の創業者である安井兄弟の、大きな挑戦が始まります。

続きは、後編へ。

お話をお聞きしたのは…

ブラザーミュージアム館長 小原 啓寿さん

国内販売部門の責任者を経て、5年前より館長に就任。豊富な知識をもとにミシンの歴史を教えてくださいました。

ブラザーミュージアム

100年以上続くブラザーの歴史と最新技術が楽しく学べる、体感型の展示館。圧巻のミシンゾーンでは、世界最初のミシン(複製)や海外のアンティークミシン、ブラザーの代表的機種など、国内有数のコレクション70台以上を公開中。
名古屋市瑞穂区塩入町5番15号 https://global.brother/ja/corporate/museum

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