こころの深呼吸
「こうあるべき」を、脱ぎ捨てよう
2026.03.04
仕事に、家事に、育児に介護に、人生って生きてるだけで、なんて大変なんだろう。
1日が何時間あったって足りないし、そもそも疲れていて、自分がやりたいことをやるエネルギーなんて全然ない。

そういえば、わたしの好きなものって何だったんだろう。いつからか、こころにうるおいをくれていたものすら、よく思い出せない。
かの有名なスティーブ・ジョブズは、決断疲れを減らすために、毎日、同じ服を着ていたという。
はじめは、「そんな、毎日同じなんて!」と鼻で笑っていたけど、よく考えれば、仕事では制服を着るし、出勤中だって、誰かがわたしを見ているわけじゃない。そもそもわたしがいまさら、だれかに恋?ないない。
じゃあ、わたしはなんのために、毎日違う服を着ているんだろう。
そう思い直して以来、結局3パターンの服を着回している。家族には何も言われない。もちろん、悲しいことに、他の誰にも気づかれていなさそうだ。確かに、毎朝、悩みは減ったし、圧倒的に準備の時間が短くなった。
これはラク! そう思いながら、季節は過ぎていった。
だけど、たまの飲み会に、少しおしゃれしてでかけようとすると、着ていく服がない。買いものに行っても、自分がどんな服を着たいか、わからない。
おしゃれが好きだったわたしは、気づいたらどこにもいなくなっていた。
しばらく、おしゃれとは無縁な生活をしていたわたしに届いた、一通のメール。
「えっ!嘘でしょ!?」
驚きを隠せず、夢の中にいるようで、しばらく動けなかった。推しの人気グループのライブチケットが当たったのだ。春になったら、推しに会いに、遠征に行く! その光景を思い浮かべると、静かに、いや激しく、「生きていてよかった」と思えてくる。
「あっ、ステージの推しと、目が合ったらどうしよう?」
アラフォーだなんてことを忘れて、すっかり恋する乙女のような自分に突っ込みをいれつつも、ドキドキが抑えられない。こんな感情、いつぶりだろう。そうだ、私もキレイにしていかなくちゃ! えっ、でも何を着ていこう?
ワンピより動きやすい服の方がいいよね、でも少しでもきれいに見せたい…でも…。そうだ、前々からくたびれ感のあるインナーが気になっていたんだった。誰かに見せるものじゃない筆頭のインナーは、買い物リストからいつから外れ、なかなかリニューアルできずにいた。
でも、推しに会いに行くんだし、全身見えないところまでおしゃれしなくちゃ!
思いきって出かけると、人生経験豊富そうな店員さんが、やさしく寄り添ってくれる。過去のデータから、私の好みと、でもちょっとの挑戦も含めて、提案してくれた。
「新しいインナーってね、運気上がるんですよ。新年でも、新年じゃなくても、人生の転機にはもちろんですけど、自分が何かがんばりたいときなんかにも。新しいのをつけると、自然と胸を張れて、背筋が伸びて。なんでもない毎日も、全然違って見えますからね。」
通りすがりの店員さんの言葉なのに、その時のわたしには、確かな重みをもって響いてくる。
毎日毎日、がんばれるわけじゃない。だけど、とびっきりのおしゃれをしたい日だってある。それでも気を抜いて、着心地がいいもので、リラックスする日だって、わたしだ。
流れるようなトークに乗せられ、3着も買ってしまった。おすすめの“ここ一番”の日用と、運動やよく動く日のためのものと、そしてリラックスしたい日のためのもの。

次の日から、その日にあったインナーを選ぶことにした。
勝負の日には、所作を美しく見せるための「一粒ダイヤ」のような。
アクティブな日には、より軽やかに動くための「羽」のような。
疲れた日には、自分を癒すための「お守り」のような。
選ばないことの効率のよさも大事だけど、選ぶことの楽しみだって捨てたくはない。
そうだ、わたし、おしゃれするって、好きだったんだ。
誰にも見せない場所だけど、自分がときめくインナーを身につけると、今日の自分にいつもより少し自信が持てる。
あの日以来、おしゃれな服を着る日も少しずつ増えてきた。春になったら、“ここ一番の時”用のインナーをつけて、とびきりのおしゃれをして、推しに会いに行こう。
お気に入りのインナーを選ぶことが気づかせてくれた、自分の満たし方と、自分の「好き」の取り戻し方。
誰にも見えないから、適当でいいんじゃなくて、誰にも見られなくても、自分だけは見ているし、知っているし、感じている。
仕事に生きる日も、子育てに追われる日も、推しへの愛を叫ぶ日も。
どんな日々も、「わたしたち」の大切な一日だ。お気に入りの一着の心地よさが、ときめきが、今日も、誰よりそばでわたしたちを見守ってくれている。
だから、今日も自分を信じて選び直せる。
あ、いいかも
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