フェリシモCompany

「自分もおもしろく。人もおもしろく」

芸人・DJ

やついいちろうさん

開催日
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Profile

お笑いコンビ・エレキコミックの台本・演出・ボケ担当。

 音楽好きとしても知られ、DJとして日本全国のフェスに出演。 自身の名前を冠した都市型周遊フェス「YATSUI FESTIVAL!」は、 1日の出演者が300組越える日本最大級の音楽フェスに成長。 ドラマ・舞台出演、エッセイ執筆など幅広い活動を行なっている。

※プロフィールは、ご講演当時のものです。

講演録 Performance record

第1部

お笑いが、マルチな活動の原点

やついさん:

どうも、やついです。よろしくお願いします。今年(2020年)で25年、お笑い芸人で、エレキコミックというコンビをやっております。神戸学校は1995年から25年続いているということでしたが、僕もちょうど1995年がデビューで、同い年だなと思いながら聞いていました。

音楽をかけたりする(DJ)活動も15年ぐらい前からさせてもらって、ロック・イン・ジャパン・フェスティバルとか、関西の方だと神戸の街を使ったネコフェスという、ライブハウスを回るフェスに何度か出させてもらいました。自分ではYATSUI FESTIVAL! という、1万人ぐらい(の聴衆に)参加してもらうフェスを(2012年から)東京で主催して、今年(2020年)で9年目です。

最近は並行して俳優業もやらせてもらいまして、みなさんも、もしかしたら見たことあるかもしれません。有村架純ちゃんが出ていた朝ドラ(NHK連続テレビ小説、2017年)の『ひよっこ』で、(ヒロインが世話になる洋食屋「すずふり亭」の料理人)元治って役をやったり、今だと(2020年10月~12月)、『姉ちゃんの恋人』というのを関西テレビで火曜夜9時からやっております。有村架純ちゃんと林遣都君のドラマです。僕は弁当屋さん(弁当店「藤吉」の店主、中野藤吉役)で、『ひよっこ』でも調理をやる役でしたが、いつも揚げ物をしてるんですよね。

フェリシモ:

マルチに活躍されている、やついさんですけれども、私も土曜日に放送されていた(TBS)ラジオ番組、『JUNKサタデー エレ片のコント太郎』を聞きまして、くすっとさせていただきました。

やついさん:

大笑いさせたかったんですけど(会場、笑)、「くすっ」になっちゃいまして、申し訳ございません。まだまだ実力が足りない。

フェリシモ:

一人で聞いていると、大笑いはちょっと……

やついさん:

しづらいですよね。「くすっ」でもありがたいですね。

フェリシモ:

そのなかでも今、最も夢中になっているお仕事のジャンルはありますか?

やついさん:

今も昔も、お笑いがベースでやっております。最近ね、僕と同じ事務所なんですけど、ラーメンズっていうグループの小林賢太郎ってやつが(芸能活動を)辞めちゃったんですよ。25年もやってますと辞めたりする方もいますけど、僕は相変わらず、自分たちのエレキコミックでは単独公演で2時間ぐらいの新作コントライブを毎年1回やって、ラーメンズというグループの片桐仁君っていう、辞めてないほうですね、あんまり惜しまれてないほうなんですけれど、エレキコミックとその片桐君の3人の、「エレ片」というユニットでも新作コントライブをやっています。だから年に2回、かならず新作コントライブをやってるんですけど、それがいちばんのベースですかね。楽しいというか、自分が何をやってる人間なのか確認できるという意味では、コントを作るのがいちばん好きかもしれません。

少年の頃からめざしていた音楽とお笑い

やついさん:

小学校の時の卒業文集みたいのを最近読んだところ、記憶になかったのですが「お笑い芸人になりたい」って言ってるんです。ああそうだったんだとは思ったんですけど、昔から、お笑い芸人になりたいっていうのはあったんだと思うんですよね。

ただ、中学高校では、ずっと音楽がやりたかったんです。ちょうどバンドブームっていうのがあったんですよ。僕、今46歳なんですけど、若い方はまだ生まれる前でご存じないと思います。今でも生き残っているグループだと、UNICORN(ユニコーン)とか、(そのボーカリストとしてデビューした)奥田民生さんが出てきた時代です。それで大学に入ったときには音楽サークルに入ろうと思ったんですけど……音楽を聴いてたらギターが弾けるわけじゃないですよね。でも、むちゃくちゃ聴いてたので、弾けると思ったんです。

高校時代は、「ほうきギター」っていうんですか? (掃除道具の)ほうきのギターを結構やってたので、本当のギターも弾けるかなと思ったけど、弾けないんですよね。ほうきのときは、すごい弾けたんです。だって、口で言えるから。ほうきで、レッドツェッペリンとかもカバーしてましたしね。ガンズ・アンド・ローゼズとか。*アライくん*という友だちと二人で、バンドを組んでたんです。バンドっていっても、ほうきギターのバンドですよ。ガンズ・アンド・ローゼズにはスラッシュってギタリストがいたので、*アライくん*は「アラッシュ」って名前にしたんです。サイドギターでイジー・ストラドリンっていうのがいたんですけど、僕、やついいちろうなんで、「イチー」っていう名前にして、二人で「アラッシュとイチー」ってことでやってたんですよね。そのときは、すごい弾けたんですよ、口でやってたんで。軽いから、どんなプレーでもできたけど、実際のギターはとっても重いっていうのをね、みなさん、今日は覚えて帰ってもらいたいです(会場、笑)。

あと、弦が痛い。ほうきって弦が無いから、指がぜんぜん痛くない。どんだけでも弾けるんですよね、口で言えるから。それが(本物のギターだと)全く弾けない。バッ、ババッ、バッとかしかいわないんです。これはダメだと思いまして。それに僕、なで肩なんです。ギターを持っても、つるつる落ちちゃう。指は痛いわ弾けないわ、肩から落ちちゃうわで、これはちょっと難しいなと思って。

で、もうひとつやりたいことがお笑いで、お笑いのほうには落語研究会っていうのがあった。今でこそ落語ってすごいブームですけど、当時は落語って、若いスターみたいなのはほとんどいなかったんです。だから、あんまり興味がなかったんですけど、お笑い系のクラブがそれしかなかったので一回見学に行ったら、つぶれてましてね。ひとりだけ、ふたりかな、先輩がいて、そこに入ったときに、あ、これだったら乗っ取れるなと思ったんです。「俺色に染められるな」と思って。それで入ったのが、お笑いを始めるきっかけで、18歳のときです。落研に入ったら、もう落語をやってる人もいなかった。それで僕がお笑いをやりたいって入って、「コントとか、やれますか」って言ったら、もう好きにしていいよってことだった。「音楽とかもやっていいですか」って言ったら、いいよって言ってたんです。要は何も決まってない状態なので、ここに入れば、とりあえずお笑いを始めて、ゆくゆくは落語研究会の中で音楽もやろう、と。お囃子みたいなノリで、ギターとか弾けばいいなと思って入ったんです。

いつかはバンドをやろうと思ってたんですが、何年か後にDJとして花開くので、始まりのときに全部が入ってたなとは思いますけど、気づいたらそこから、ずっとお笑いをやってますね。やりたかったことが音楽とお笑いなので、とりあえずお笑いを先に進めたんですが、お笑いってね、簡単なんです。ギターとか、弾けなくていい。しゃべれてるじゃないですか。そしたらできるんです。何もいらないんですよね。出ていって、わあっとやったら受けるんで。

フェリシモ:

でも、それが難しいことかなと思ってしまうのですが。たとえば、私がぱっと出て何か適当にしゃべっても、たぶんおもしろいことはないと思うんです。

やついさん:

それが、そこそこおもしろいんですよね(会場、笑)。

高校のときに、僕、生徒会長になったんですよ。何でかというと、やる気のない世代で、生徒会の立候補がゼロだった。このままだと文化祭・体育祭ができないぞって先生がおっしゃって、「やったー!」って思ってたぐらいの人たちなんです。やらなくていいじゃんってみんなが言ってたけど、先生はそんなのだめだというので、クラスから二人代表を出せとなった。僕はそのとき、写真部と漫画研究会と地学部っていう、もてない文科系クラブをぜんぶ兼部して、しかも部長をやってたんです。部長だから、もうクラス代表にはならないなと思ってたら、何か僕が代表になって中央に連れてかれた。11クラスありましたから、すごい集まったんで、この中から生徒会長にはならないだろうと思ったら、たまたま仲のいい先生が生徒会担当で、「やついがいるから、やついにしよう」ってなって。みんなやりたくないから、「やつい、いいじゃん」って僕になったっていう、やる気のない生徒会長です。それで、文化祭とかで生徒会として催しをやるときに、会計に友だちがいたので、その男の子に僕が台本を書いたコントをやらせてたんです。自分が出るのは嫌だから。それが受けて、そいつに彼女ができたんですよね。全然かっこよくないのに。僕がコントを考えてたのに、僕は全然もてないわけです。何か悔しいな、やっぱり出なきゃだめだなと思って、自分でお笑いを始めたのもあるかもしれないですけどね。

何の話でした?(会場、笑) 

自分で作ったルールで活動

フェリシモ:

ふだんお笑い番組を私たちが見ていると、何も考えずにぱっと笑える。でもそれは、芸人さんたちからすると、とても緻密に考えられているのだろうと思います。コントを作るときには、いわゆる基本の「き」になる型があって、そこに当てはめていくのか、それとも自分たちのオリジナルで笑いを生み出しているのか、やついさんはどちらのタイプというか、どんな感じで笑いが作られているのか気になるのですが。

やついさん:

テレビを見る方で、お笑いというと、たぶんM-1グランプリとか、キングオブコント、R-1グランプリっていう大会を見てると思うんです。大会で結果を出した人が普通にネタをやると、4分とかが多い。だけど、落語とかを見てもわかるとおり、(お笑いの演目には)30分とかのもある。昔のお笑い(漫才)って15分ぐらいあるでしょう。どんどん短く、テレビ的になってるんですけど、それを見てあこがれてやる世代、10代20代の人はたぶん、4分ぐらいで、これをこういう感じでっていうのにあこがれてるから、それに影響を受ける。するとやっぱり、そういう作り方になりますよね。そういうネタを作る人も多い。これって、ルールが明確じゃないですか。お笑いというか、何でもそうですけど、本当はルールって無いはずです。でも、ルールに則らないと評価されないんで、みんなそれに合わせる。それでこぼれるものがあると思うんです。

僕はどっちかというと、合わせるのが嫌なんです、昔から。それが、ちょっと違うかもしれないですね。人が作ったルールに則るのがもともとあんまり好きじゃない。この人が「おもしろい」と言うと、おもしろいってなるってことが、理解できない。なんでだろう、みたいな。この人の「おもしろい」の基準が正しいのかなって、違和感がある。すごく権威のある、おもしろいっていうのを決められる人がいるとしたら、その人からおもしろいって言われたものがおもしろいってなるけど、違うところには違うおもしろさがある。「この人に気に入られるためにやるのは、どうなんだろう」というのが、まず違和感としてあって、だけど大会に出て結果を出さないと認めてもらえないというのもある。だから一応、それにも結果を出すんだけど、実際にそれがおもしろいのかわからないというのも、ちょっと僕にはありました。

それで、ルールづくりを自分ですればいいなと思ったんです。誰かが決めたルールで戦うと、その人に絶対勝てない。自分で作ったルールで自分を戦わせると、ずっと1位だなと思って。だから僕がやってる活動は、ほぼそれです。人のルールで戦わなくて、自分のルールをこっちに作って、そのルールの下で戦うと、競わなくていいし、常に1位ですよ。

あたりまえを疑って言いたいことを言えば、笑いのネタに

フェリシモ:

先ほどのお話にもあった落研時代には、全国大学対抗お笑い選手権大会で(2連覇で)優勝もされていますが、そういうところにも繋がっているのですね。

やついさん:

そうかもしれないですね。18歳のときに落研で始めたときのお笑いの作り方、僕だとコントの作り方は、小ボケというか、ちょっとしたボケをいっぱい羅列していく作り方をしていた。笑わせ方って何個かしかないんですけど、いちばんわかりやすいのは間違えるってやつでしょうね。ただただ間違えていればいい。たとえば、これが時計だとして、(電話のように)「もしもし」ってやると、「いや、時計だよ」となる。これが間違えるってことですね。この間違えるっていうのは、ただ間違え方の種類で、どう間違えると受けるかというだけなので、「この間違え方がおもしろいな」というのをメモっていって、それを無理やり、ストーリーというか一本の話にして作ってたんです。

これが大変なのは、小ボケの量がいっぱい集まらないんです。それでだんだん覚えたのが、シチュエーションに入れちゃえば、そのつどボケていけばいいだけだということ。例えば、ここで今しゃべってるところは、最初から最後までの終わりがない。でもコンビニに入って帰るまでは、やることが決まってますよね。入る、探す、見つける、買う、帰る。この流れの中に、どれだけ間違ったことを入れるかというのが、小ネタです。コンビニという設定が1個あるだけで、小ボケをいっぱい集める必要がない。(店に)入ったときに入れなかったらいい。入ったときにどうやって入らないか。漫才も一緒だけど、何度も何度も入る。そこで何個ボケてるかってだけのことなんですよね。どうやって入るか、その入り方が変なので止めて、もう1回入らせるのを繰り返す。次のシチュエーションは、探すところでそのまま(商品を)開けて食べちゃう。だめじゃん、とかっていうのを何度も繰り返して、やり直させる。買うところでもう1回ボケて、何度かやり直させる。帰るところで1個はボケる。で、帰っちゃって、「あんなお客さん、何だよ」で、終わり。基本はこうなんです。こうやってボケていくと、その瞬間ごとのシチュエーションでボケればいいから、とても簡単だというので作ってました。

でも、それにも飽きてきて。人って、そんなに間違うことがないじゃないですか。さっきの時計の例にしても、「もしもし」って間違うやつなんていないわけで、あざといじゃない。あざといし、「それ、大喜利じゃん」って思ったんです。大喜利のコントってコントではないんじゃないかなって思って。それでまた、そこから変わったんですよね。それ(小ボケを羅列する作り方)がとてもいいのは、そのつど笑いが取れるのと、どんどん(ボケの)数を入れられるから、賞レースとかにはすごく便利。物語性がないから、(ボケが)1個がすべっても次で受けられる。便利なんで、みんなよくやるんですけど、ちょっと僕は飽きて、何か本当に普通のことを言っているように、その人がボケじゃなく、その人の「哲学」の中では正しいことを言っているんだけど違和感があるというネタにシフトしています。「この人、何なの」っていうことを言ったりする作り方になった。

あとは、言いたいことを言うのが、僕のネタの作り方ですね。腹が立つなとか。僕、インスタグラムとかで、かわいい子を見るのがすごい好きで、気づいたら、かわいい子ばっかり(インスタグラムに自動的に表示される、おすすめ機能で)勧められてくるぐらい見てたんです。そういうのを見てたら、みんなやたら横顔で撮ってることに気づいて、「何だろな、これ」と思った。みんな同じところに行っているなとか。やたらインフィニティープールで撮るなとか、そういうことに気づくんですけど、ご本人にそのまま指摘したり言葉にすると、今はご時世というか、ハラスメントになって厳しいです。ただ、これをコントにして、あるキャラクターに言わせると、それはボケになるんです。思ってることを僕が言ってるだけだけど、それを女性に変えて、その女性がコントの中で「何だよこれ、横顔ばっかり撮りやがって」と言うと、悪口なんだけど、ボケになるでしょう? みんなが思ってたことを言ってくれた、みたいになる。本人が本人のからだでその人に直接に言えば悪口になるのに、コントにすると、ボケでも何でもなく、間違ってない思ってることを言ってるだけだけど笑いになる。これがおもしろいんですよね。言いたいことをコントにすると、すごい言える。

ものの見方を変える、背骨のある笑いを

やついさん:

僕のネタの作り方は、ネタ帳がなくて全部メモで、一言ぐらいしか書いてないんです。スマホのメモに、何か気づいたり思ったことを書く。何か、哲学的なことを書くんです。おもしろいっていうものを書くのももちろんなんですけど。たとえば、今ここにあるメモには、「神様がいることにする」という言葉が書いてある。「四角い結界を作り、真ん中に何かを置くと、それは神様になる」。僕のコントの作り方は、こういう感じです。四角いものを持ってるふたりがいるところに、向こうから(もうひとりが)走ってきて、*ここにすぱっとかけたら*「神様だ」ってなるなとか。この時計のところに、四角い結界みたいなものをぽんって置いたら神様になるっておもしろいなっていうことを書いて、コントにする。他の人はどうやって作ってるかは全然知らないので、違うと思うんです。これは賞レースに勝てないお笑いの作り方なので(会場、笑)、だれもまねしないと思いますけれど。今聞いてても、わけがわからないでしょ。何がおもしろいのか、よくわからなくないですか。

フェリシモ:

その発想にいくのがすごいなと思います。日常生活の中では、なかなか思いつかないなと。

やついさん:

でも、違和感があったんですよね。神社に行ったときに、四角の真ん中にただのちっちゃい木とか

石があったりする。これは何だろう、四角がなければこの木を踏んでたなとか、この石を蹴ってたなと。でも、四角く囲っているだけで、何でもない石の写真を撮ったりする。普通の木も、白い紙の飾り(紙垂)とか荒縄(注連縄)とかを巻くと突然、霊力を持つじゃないですか。こうした儀式的なもののおもしろさみたいなものとかが、コントにできるかなって思ったりするきっかけなんです。ここがおもしろいからこうしようとか、この人がおもしろいから人間観察するとかっていう作り方じゃなくて、何か、みんなが信じていることがどうも理解できないっていうことですよね。すべてにおいて、そうかもしれないですけど。

僕、先輩に対して「俺のほうが先輩だぞ」っていう実験をしてるんですよ(会場、笑)。十何個上の人に対して、「俺のほうが先輩だぞ、その口のききかたは何だよ」って言うと、すごく笑うんです。僕のほうが、ずっと後輩だから。でも、これをやってるうちに、本当に僕のことを先輩と思うんじゃないかと思ってるんですよ(笑)。あたりまえのことをちょっとずらして、みんなが「これはそうだよね」と思ってることをよく疑ってみると、おもしろいっていうかね。そういうネタの作り方になっていきました。

だから、笑いづらいかも。たとえば、四角いものを持ってきて、ぽーんとやって、「神様だ、神様が現れた」って言って、それで笑う人と笑わない人は感受性が違う。だけど、間違えるっていうのはだれでも間違えてるのがわかるから、よりわかりやすい。笑う人が増える。でも、僕はそれがあんまりおもしろくないんだよね。ひとつの不思議なことがあって、「そうだよね。それもわかるな」と思わせるためのコントというか、終わってみたら「そういう見方も確かにあった、あるな」と、笑いながらも何か納得できるような、そういう背骨がないと、やる気がしないんです。ただ笑うというよりは、笑ってるうちに何か考え方を変えられるというほうが好きですね。本当にそこ(わかりやすい笑い)に特化して常に笑いを取れる人っていうのも、すごいと思う。でも、それは自分がやりたいことでもない。だから、自分で自分を評価するしかないんだけど。

からだから発する言葉が、おもしろい

フェリシモ:

やついさんは書籍でもインタビュー記事でも、おもしろくない人はいないとおっしゃっています。自分自身のおもしろい、いいところを見つけることが得意な人もいらっしゃれば、「自分なんておもしろくない」と思ってしまう方もいらっしゃると思うのですが、やついさんはどのように自分自身のおもしろさを見つけていかれたのでしょうか。

やついさん:

僕ね、そこそこ顔がおもしろかったので、最初から笑いを取れたんです。自分では自分の顔がおもしろいなんてことは、いっさい思ってなかったんですけど、どうやらおもしろいみたいだってことで、

最初はかなり、みんなからリードしてたんですけどね。そういうのはすぐ飽きられますから、考えなきゃいけなくなります。

ほとんどの人がおもしろいんです。さっきも言いましたけど、出てきてしゃべれたら、もうおもしろいんですよ。あとは、どこに光を当てるかだけでだれでも笑いを取れると思うんですけど、みんなあこがれてるものがあって、そのあこがれに似せようとするんですよね。たとえば、ラーメンズっていうコンビがいる。ツッコミもボケもない、テレビも出ないというやり方で、兵庫とか神戸でもすごい人気があったと思うんですけど、あの方法ってすごくかっこいい。みんながやりたくなる気持ちもわかる。で、それを(真似して)やろうとすると、やろうとすることが受けないんです。自分を見てないじゃないですか。いちばん大事なのは、自分がどういう人間かなんですよ。それに自分がどういう人間かがわかったってことが、芸人になったってことだと僕は思ってて。お笑いというか、何でもそうだと思うんですけど、その道で食べていけない人は、自分をわかってないんです。あこがれがあるだけで、あこがれになりたいから、あこがれのまねをするんですよね。だけど、からだも違うし顔も違う。経歴も違う。何もかもが違うのに、その芸風だけをまねしようとすると、絶対にだめじゃないですか。だって違うんだもん。自分の顔がこうだ、身長がこうだ、こういう経歴で生きてきたんだっていうときに、必ずだれよりも強く説得力のあることがあるはずなんです。その人の生き方で、その人しか言えない言葉っていうのは必ずある。たとえば、お母さんの料理について、僕は語れない。うちの卵焼きについてって言ったときに、絶対に、僕より説得力あるでしょう。だって、自分の家の話じゃん。これがおもしろいということで、誰かにあこがれて誰かっぽいことを言うと、説得力が半分に下がると思うんです。言葉を自分のからだから離せば離すほど、つまんないです。自分のからだから言葉を発すれば、絶対おもしろいんですよ。何かにあこがれているから、それができない。あこがれから自分の体に下げてくると、言葉にすごいパワーがあるようになるんですよ。

偏見もそう。こう言ったらこう思われるんじゃないかというので、思ってもないことを言うと、おもしろくない。その人が思ってるから、おもしろいんです。だから時々、関西のロケを見ていると、とんでもない暴言を吐くおじさんとかいるけれど、おもしろくないですか? 笑っちゃうでしょ? あれは、からだと言葉が全く一緒なの。あの人たちは、それだけで生きていると、とんでもないセクハラとか、ハラスメント野郎ですけど、これにツッコミを入れてあげると、かわいくなる。これを個人でやれるようになればいいですね。自分の偏見に、自分で突っ込んであげればいいわけです。だから偏見を隠して気持ちのいいことを言うのは、いちばんつまんない。自分の持ってる、「何でそんなこと言っちゃうの、こいつ」っていうことを言う。言うけど、それに自分で突っ込む目線、突っ込む回路を自分の中にひとつ作れば、それがどれだけ暴言か自分で理解しているから、その暴言はかわいくなるんです。自分に向かってのツッコミがない人が、ハラスメントしがちなんですよね。だから偏見も、悪いけど、おもしろさで言えば悪くないんですよ。だって(だれも)同じ人間じゃないから、全員、偏見を持ってるんで。偏見って悪い意味に取られてるけど、ある意味、個性です。で、からだから発した言葉はむちゃくちゃ強いので、人は絶対におもしろいことを言う。それをちょっとファニーにしてあげたらいいだけなんですよ。

僕が人としゃべるときには、その人の偏見が聞きたいんです。偏見を、絶対にかわいく変えてあげるから、とにかく偏見を言ってくれっていう感じで、それを自分にもやってます。自分の持ってる偏見を、自分でかわいく変換してあげることをやれば、その人の体から発してるから、だれよりもおもしろい。この作り方で漫才を作ってるのは、たとえばブラックマヨネーズさん。吉田君の偏見があって、それを(小杉君の)ツッコミで柔らかくしてるわけです。ああいう漫才を作ると、もうボケの羅列のような漫才ではだれも勝てない。だって、その人のからだから発してるから。もしそれができないのであれば、素人では到底できないスピードでボケていくとかっていう芸になるけれど、バック転しているだけだな、本当の思っていることを言ってないじゃんって僕は思っちゃいます。思ってることを言って、なおかつそれがおもしろくなるのが、やっぱりおもしろいと思うし、実際、残ってる人ってみんなそうだと思うんです。それができると、どんな人でもおもしろい。

フェリシモ:

自分自身を俯瞰する力も必要なのですね。

やついさん:

そうですね。笑ってあげるというか。何でそんなにこだわってるんだろうと、こだわってるってことを一回、引いて見てみると、何か笑えませんか。おもしろいなと思いますよ。「こだわりの弁当」とか「こだわりのコーヒー」とか、多いじゃないですか。笑えますよね、何をこだわってるんだって。こだわってる人って何をちまちまやってんだ、すぐ飲んじゃうよ、なんて。ありがたいななんて思うけど、一歩引くと、ちょっとおもしろいじゃないですか。絶対、こだわっていることってあるでしょ? 目のところに(アイメイクを)塗って、ラインにこだわったりするじゃないですか。僕が彼氏でそれを見て、「何やってんだ、こいつ」って言ったら、すごく怒る。それを一歩引いて見て、「私、何やってるんだろう」って瞬間、ないですか? そういうのをコントにしたりとかすると、いいと思うんですよね。

本当におもしろい人って、全く遠慮しないで自分の思ったことを言う人がおもしろいんだけど、そんなやつは嫌いですよね(会場、笑)。大っ嫌い。だからコントにしてあげて、ふだんの自分は、そんなことをさも思っていないように生きていきます。

自分らしさ、おもしろさを追求したら大きくなったYATSUI FESTIVAL!

フェリシモ:

お笑いのほかに、ぜひ今回はYATSUI FESTIVAL! のお話をお伺いしたいので、改めてYATSUI FESTIVAL! の紹介をしていただけますか。

やついさん:

YATSUI FESTIVAL! は僕が9年前に始めたフェスで、渋谷のライブハウス13会場を借り切って、周遊して楽しんでもらうものです。いちばんの特徴は、ミュージシャンだけじゃなくて、アイドルもいるし、お笑い芸人もいるし、漫画家さんとか劇作家の方、文化人的な方も出て、ごちゃまぜということです。320組に毎年出演してもらって、2日間にわたって各日5,000人、計1万人が集まるフェスです。

フェリシモ:

YATSUI FESTIVAL! は今年(2020年)、(新型コロナウィルス感染症流行の)ご時世もあってオンライン開催でしたが、ただ中止にするのではなくて、オンラインにシフトしようと思ったきっかけというか、やついさんの思いもぜひお聞きしたいと思います。

やついさん:

そもそもDJを始めたのは15年ぐらい前に、お笑いの仕事がほとんど無くなったんです。お笑いの段の上がり方ってだいたい一緒で、ネタをやって受けると、深夜番組を始めて、ゴールデンタイムの番組をやってゴールみたいな出世コースがあるんです。それに乗っていたけれど、15年前ぐらいにゴールデンタイムの番組が終わったとき、僕らには仕事が何も無くなった。ラジオが1本だけ。

そのときに、相方(今立進)はちょっとかっこよかったから、事務所の社長から「こいつは俳優にするから、やついはとにかく好きに生きてくれ」って言われたんですよ。(会場、笑)すごくない? 「まあな、個人でやっていく時代だからな」とか言って。で、「あっ」と思った。そこで事務所に対して、何だよ、ふざけんじゃないよとかって思う人もいるだろうけど、僕らしかいないぐらいの、むちゃくちゃちっちゃい事務所なんで、元々泥水を飲んできてたんです。いろんな大きい会社とぶつかったときに、絶対に僕らは選ばれない、むちゃくちゃ強くないと入れないっていうこともいっぱいあった。だからそれまでも、自分で自分のライブを運営してたんだけど、はっきり言われたから、「わかった」と思って、そこから考え直したんです。人に任せてたら、こういうことが起きる。テレビの人気とかに任せて自分を運営していくと、人に飽きられた瞬間に捨てられる。本意じゃない、自分がやりたかったことじゃないけどやってくれって言われてやったことを全部、自分の評価にされるとか、何か割に合わない。

それで、完全に自立しようと思ったんです。「農業」をやりたいなと思ったんですよね。今まで僕がやっていたサービス業、第三次産業は弱いな、お米とかを持ってるやつが最終的には強いなって。自分のお米は自分で売ろうと思って、自分のお米って何だろうというと、それはコントを作ることだったり、トークができることだったり。あと、音楽が好きだったのを思い出した。「俺、DJできるな」と。これは僕の米だなと思ってます。この米を、今までは誰か、中間管理職というか事務所に預けたり、テレビ局に預けたりして売ってもらってたんだけど、もうお前の米は要らないって言われたんだったら、「俺のこのお米がおいしいっていうのは俺がいちばんよく知ってる、これを俺が売り込んで」というか、それをお金に変えたら、僕がさぼらないかぎりは一生食っていけると思った。

じゃあどうしようと考えて、DJを始めて、イベントを打ったんです。お客さんが来てくれて、僕はその儲けだけで生きていこうと思ってたから、すごい計算してやってたんですよ。そうしたら、ロック・イン・ジャパン・フェスティバルという大きなフェスに偶然、出ることになった。ストリートミュージシャンを紹介する深夜番組をやってたときに、音楽が好きだったからでしょうね、ちょっと音楽の知識がないと言えないようなことを僕がツッコミで言うから、(ロック・イン・ジャパン・フェスティバルの企画制作をする、ロッキング・オン・グループの)渋谷陽一さんという社長が「おまえ、おもしろいな」となった。僕が、「音楽が好きだからロック・イン・ジャパンのフェスに行かせてくださいよ」って言ったら、ただ行かせるわけにはいかないから何かやれって。でもコンビじゃないし、「DJをやりますよ」って言ったら、おまえ、やれるのかと。当時はまだ、ゆるかったんですよね。1時間の枠の30分をおまえにやるから、やれとなった。急遽ですよ。タイムテーブルにも書いてないし、当日行ったらマジックで「やつい」って書いてあった(会場、笑)。それが2006年かな。そこから毎年欠かさず出てるんですけど。

そこでもDJを始めて、自分のイベントもやっていたら、だんだん、むっちゃ忙しくなっていくんです。自分で仕事を、ここにこれを入れ、ここにこれを入れるから、ここで何か打たなきゃいけないとか、全部逆算で作っていくから忙しい。人からもらった仕事は無くて、週に一個だけ。あとは全部自分で自分の仕事を入れていったら、徐々に、何というか勝手に評価が上がっていくんだよね。それでフェスをやってたらCDを出さないかって言われて、ビクターから(DJとして選曲をしたコンピレーションの)CDが出て、CDを聞いたサニーデイ・サービスというバンドの曽我部恵一さんから、あるとき、そのコンピレーションみたいなフェスをやればって言われた。でも、嫌だなと。さっきも言ってたけど、自分自身でコントロールできるところでやって、それですごくうまくいってたんです。これをもっと大きくしようとすると、ものすごい大変だなあと思って、全然やりたくなかったんだけど、「やついくん、今、『来てる』から」って言われて。全然、「来て」ないんですよ(会場、笑)。だけど曽我部さんが言うから、「俺、『来てる』のかな」と思いはじめた。そうしたら渋谷の、今(YATSUI FESTIVAL! を)やってるところから、何かやりませんかって話が来た。ちょうどフェスをやろうっていう話を考えてて、この人たちがやりたいって言ってるから、これは何か縁があると思って、やることにしたんだけど、お笑い芸人だからスタッフさんが馬鹿にしてるんだよね。上司はやらせたいけど、上司が現場で動かすわけじゃなく、だれかに頼む。頼んだやつは偏見の塊だから(会場、笑)、あいさつしたときに(ぞんざいな調子で)「あーい」みたいな、お笑い風情がやれるのかという感じなんですよ。だから、これはこのままだともうできないなと。偏見に関しては、僕はひとことある男だから(会場、笑)、これはおもしろいなと思って、そのフェスの前に一回、プレイベントをやることにしたんです。

僕は今までフェスに対して、いろんな違和感があった。お笑いがないがしろにされてるとか。バンドとバンドの合間にお笑いをやるんだけど、(その間も)バンドが音出しをやってて。僕はお笑い芸人として「お笑いは(舞台)転換(の出し物)じゃねえよ」と思ってたから、そういうのも全部やめさせた。そういうのを考えてやって、すごくうまくいったのね。そのときに出たのが、レキシと、(2014年に解散して)辞めちゃったけどandymori(アンディモリ)、曽我部さんのサニーデイ・サービス。今ではもう、(そのぐらい人気のバンドを集めるのは)考えられないけど。

フェリシモ:

豪華ですね。

やついさん:

それで信用を得て、こいつやれるなってことになったみたいで、1回目が開催されまして。僕は理想で全部作っちゃうから、「5千円」って言って5千円でやったんです。第1回でチケットが全部売れたの。それなのに、すみません、赤字ですって言われて(会場、笑)。考えられない。それ、だめなら止めてよって思うじゃん。じゃあ本当はいくらだったのって聞いたら、6,800円ぐらいかなというので、むちゃくちゃ赤字じゃねえかと思った(笑)。それで1回で辞めようと思ったけど、すごくみんなが楽しんでくれたから、2回目から値段を適正にしてやったら、それもまた売り切れたので、広げていって、1日だったのを2日にして、6会場だったのが8会場、10会場、今は13会場になったっていう感じなんです。

コロナ禍でもクラウドファンディングで、オンラインのフェスを実現

やついさん:

今年(2020年)が9年目だったんですが、コロナもあって中止せざるを得なくなり、どうしようかなってなった。赤字だし、チケットも売ってたから。会場のキャンセル代もかかる。スタッフとのミーティングで、ただ中止にするんじゃなくてオンラインで何かやるのもありかなと思ってます、オンラインでチケット制にして、とか言ってたんです。僕はそれに、どこかものすごく違和感を覚えた。YATSUI FESTIVAL! のおもしろさは、周遊するところだから。いろんなところに、いろんな人が同じ時間に出てて、そのごった煮がおもしろいのに、一本化して、それをただお金を払って見るだけだったら、何もおもしろくない。そのラインナップでずっと見てくだけって、こんな退屈なことはないよと思って。それはやらないようにしようってことにして考えてるうちに、映像を見るプラットフォームが、YouTube、ニコニコ生放送、インスタライブ、ツイキャスといっぱいあるのがライブハウスに見えてきた。そのプラットフォームをライブハウスに見立ててタイムスケジュールを作れば、ニコニコ生放送を見て、終わったらこっちへ行こうとかって、あたかもライブハウスを周遊するイメージでできるなと思って提案したら、みんながすごい喜びの顔に変わった。つまんないことってみんなやりたくないからお金をもらいたくなるけど、おもしろそうだと思うと、みんな無料でもやるんだなとか、何かそういう気持ちになったんですよね。みんながふっとおもしろそうな顔をしたから、これはうまくいくに違いないと思って、今回はそれをやろうとしたんです。

周遊するって結局、どこかでお金をもらってマネタイズしないといけない。だけどマネタイズすると、とたんに需要がなくなる。LINE LIVE(ラインライブ)は無料で見てたのに、ニコ生を見たいと思って移動したときに「ここはお金がかかります」ってはじかれると、何の自由もない。ということは、もう全部無料にするしか方法はない。だから全部無料にしよう、クラウドファンディングしてみんな無料で見られるようにしようっていうことにしたんです。

オンライン化したときに、渋谷っていう街にこだわってやってたのが、ばかばかしくなってきて、日本中を繋げていいじゃんと思った。北海道とか、名古屋、京都、大阪、島根、福岡、沖縄や韓国の友だちに電話して、同じ日に何かイベントやってくれよって言って、みんなが一斉にYATSUI FESTIVAL! を全国でやって、オンラインで日本中を、韓国もあったけど、行き来できる大きい規模の周遊イベントの設計をして、やったんです。だれもやったことがないし、いまだにだれもやってないですよ。なぜなら儲からないからなんですけど。だけど参加してくれた人は、すごい楽しそうだったんですよね。本当に周遊しているようなイメージだとか言って。それをクラウドファンディングでお願いしたんだけど、僕は何にもないのにお金をもらうのは嫌だから、(返礼を)全部グッズにしたんです。物と交換。クラウドファンディングでよくあるのは、飲み会とか打ち上げの参加権ですけど、無料で見るフェスなのに、そういう体験にお金をもらうって嫌だなと思ったから、元手がかかるけどグッズにして売ったら、2,400万円ぐらいも集まった。それで、中止にした赤字分と運営費を全部まかなえて、黒字化したんです。

結果、今まで(ライブハウスで)閉じてやってたときは1万人だったのに、242万人が見てくれた。これのほうがいいなと思って、242万人で「投げ銭」をやったんですけど、7万円だったんでびっくりしました(会場、笑)。1人1円も入れてないから、全然儲からない。びっくりしたけど、ちょっと笑っちゃった。その心意気に、これでよく無料でできるなっていうので、結構クラウドファンディングに集まったので払えて、できたんですよね。今年(2020年)のオンラインフェスの中でも特異な、あまり無い形のフェスをやれたというのは、YATSUI FESTIVAL! にとってもよかった。来年はどうしようかなって感じです。

気に入られるために無理をしない

フェリシモ:

企画力はもちろんですが、それを実際に達成するのは、やついさんの行動力やお人柄あってのことだと思います。やついさんが人と接する中で、大切にされていることや、意識していることは、何かおありなのでしょうか。

やついさん:

ことさら気に入られようとしないってことが、いいかなと思いますね。無理が生じてくるし、「こう思われたい」というのは、ばれると僕は思ってるから。「こう思われたいんだな」って思われちゃう。「こういう人だ」とは思ってくれないし、人はもっと直感がすごい。「こうやったら、こういうふうに思ってくれるかな」って思っても、「こうやったら、こういうふうに思われたい人なんだな」って思われる。だから、もう、どういう人か自分でもわからないから、とにかくそのままで話します。どう思われたかなって、後で思いますけど(笑)。失礼なことは言いません。急に「おい、おまえ、何だよ」とか、「おい、ブスだな」なんてことは言わない。ことさら悪ぶることもないし、ことさらいい人だと思われる必要もない。ばれちゃうから。どのところでも、それを心掛けます。

昔、『爆笑オンエアバトル』っていう、(NHK総合テレビの)お笑い番組に出てたことがあって。10組が出て、5組が(観覧者の審査で)落ちて、残った5組だけが放送されるという番組です。楽屋で、「どう、最近?」とかって言ってことさらしゃべってるやつが、絶対落ちるんですよね。緊張してるのが手に取るようにわかるから、絶対に落ちるの。緊張していることを隠そうとすればするほど、違和感がある。緊張してればいいんです。緊張してるから話しかけないで、と言えばいい。要は、無理しない。あこがれの自分になるんじゃなくて、自分がどう思ってるか、今どういう状態かをちゃんと把握して、そのとおりにいれば、よっぽど人間がだめな人じゃないかぎり、嫌われることはないですよね。それで嫌われたら、もう絶対、(何をしても)嫌われない? それはもう、(自分とは合わない)関係ない人だから、いいじゃん。だけど、気に入られようとして気に入られなかったら、悔しくない? 「俺、そういう人じゃなかったのに」とか。そういう人だという(ありのままの)状態でいって嫌われたら、「まあ、そういう人だもんな」って思うもんね。だから、なるべく無理しないで話せばいいのかな。

フェリシモ:

会場左側のスペースでは、やついさんが落研時代のことや、個性的なキャラクターについて書かれた本が販売されています。とてもこと細かく、当時のご記憶や、やついさんの心情などが書かれていて、読み応えがある一冊です。(やついいちろうさん著、『それこそ青春というやつなのだろうな』、PARCO出版)

やついさん:

今話したようなことを、全部スマホで書きました。2年ぐらいかかったんですけど。もし買っていただければ、うれしいですね。

第2部

お客さまとのQ&A

お笑いの先達や同期、すごいと思う人

お客さま:

お笑い芸人になる前に、お笑いに関して影響を受けた方はだれですか? また、この人のコントにはかなわないという人がいたら教えてください。

やついさん:

本当に普通の少年だったので、ザ・ドリフターズ、ひょうきん族、とんねるず、ウッチャンナンチャン、ダウンタウンを見てって感じでした。当時、コンビがコントをやってる番組は、そんなになかったんです。東京ではというか。たぶん関西ではやってたんだと思うんですけど、あんまりやってなかったですね。だから、コンビで何かネタをやってるのを見たのは、『THE MANZAI』のいちばん初めのところ。最初の記憶は、そこですかね。『お笑いスター誕生!!』とか。僕はツービートが好きで、うちの親父はB&Bが好きでした。「何でB&Bがおもしれえんだ」とか、思ってたんですよね。やっぱりツービートがよかった。子供のときからセンスがあったなと思いましたけど(会場、笑)。

こいつすごいなって思う人はたくさんいます。同期だと、アンタッチャブルとか。同い年(1974年生まれ)だと、有吉弘行君とか、ビビる大木さんですよね。姿勢みたいなことですごいなって思ったのは、劇団ひとりかな。劇団ひとりの川島省吾君を最初に見たときは、すごい、これはとんでもない才能だって思いました。一時期、『電波少年』の企画で一ヵ月、共同生活みたいなのをさせられてたときがあって、川島君とよく話しましたけど、そのときから考えていることがすごいなって思ったし、影響を受けましたね。どういう影響だっけ(会場、笑)。だけど、すごいね。川島君は、1回ブレイクしてたんです。スープレックスっていうコンビで、高校生のときにむちゃくちゃ売れてたんだけど、解散して、本当にもう辞めそうになってて、ピン芸人として劇団ひとりになったばかりのときで、そのときに、考えてることがひとつ上だったなって記憶があります。まだ何か夢を追っているような僕らとは違うというか、1回挫折してるやつは強いと思った。今思い出したことでは、2年しかいいときはないから、その2年の間にもう一段上がらないと絶対に終わるよ、みたいなことを言ってました。僕はそれに全然気づかなかったけど、振り返るとそのとおりだなと思います。上昇志向というか、絶対にチャンスを逃さないぞって気持ちが誰よりも強くて、それに感銘を受けたというか、まだ僕は(デビューして)1、2年目、24歳ぐらいで、大学を卒業して2年ほどだったので、ひとりだけすごい大人がいるという気持ちになったのを覚えてます。

コントだとだれだろう。同期だから、ラーメンズとか。やっぱりすごかったですね。バナナマンにも、あこがれてました。自分たちではまだできないことも、すごくうまくやってる人たちがいるという感じが、当時はありました。

俳優業は自然体で

お客さま:

エレキコミックのやついさんもとても好きだったのですが、『ひよっこ』でのやついさんを見るのも、すごく楽しみでした。肩の力が抜けているのにリアルというか、掛け合いでしゃべるときの間とか。役者をやる際に心がけていることはありますか?

やついさん:

先ほども言いましたけど、「これが次の仕事に繋がるんだ」っていう気持ちを、とにかく捨てるということ。それは、人それぞれだと思うんですよね。僕は『ひよっこ』が、ほぼデビューのドラマです。(連続テレビ小説に)いきなりデビューで出るってすごいことだと思うんですけど、それは、僕がコントをずっとやってるのを脚本家の岡田惠和さんが見に来られて、フックアップしてくれたんです。ぴったりの役柄があるってことで。ということは、もうそのままでいいんじゃないかなと思ってた。他の方たちは、オーディションを勝ち上がっている方たちですし、あそこからスターが出てくるというドラマですから、これをきっかけにガッと上がろうっていうのがあたりまえだし、そういう方たちがたくさん出演している中で、「これで上がろう」としてないとこがよかったんですかね。その感じが、目立ったのかな。それで何か自然に、そこにいられたのかなと思います。これでことさら注目されようというよりは、なるべく注目されないようにしようって思ってました。何でなのかわかんないけど、邪魔しないっていうか。映ってたらいいけど、映ってなくてもいいやって思ってたのかな。

いつも、どこの現場でも思いますね。気に入られようとしてるときの自分が、好きじゃないんですよ。何か無理してて変だなとか思うから。だからって、不機嫌にいるわけじゃないですよ。ただ普通にいるということなんですけど。むちゃくちゃサービスしなくていいかなっていうか、それが自然に見えてたらよかったなと思います。癖をつけたり、やたら顔を動かしたりっていうことをなるべくやらないように、なるべく平然としゃべるという感じでやってたのがよかったのかと思います。

気に入られないようにするわけじゃないですけどね。(さらっと)「ありがとうございました、またお願いします」とは言うけど、ことさら気に入られようとして全員に(へつらうように)「またお願いします~」とか、「いやあ、お願いします監督~」みたいなのは、ね。何だろうな。目立たないようにしてたのかな。でも変な感じだから、目立つじゃないですか。人って、映ってりゃ何もしなくても目立つからね。だからあまりことさら、目立とうとしなくてもいいんじゃないかって思ったのかもしれないですね。ドラマとかは、いつもそういうふうにやってます。

お笑い芸人だからこそ、ドラマの現場を雰囲気よく

お客さま:

『ひよっこ』など、ドラマに参加するきっかけや俳優業のおもしろさ、舞台裏話などがあればお聞きしたいです。

やついさん:

今言った感じですよね。『ひよっこ』に出たきっかけは、自分のコントライブを続けてたら、それを見に来てくれた脚本家の岡田さんが僕を取り上げてくれたことで、それを見た方がまた呼んでくれるっていうことです。今も、何かに出たのを見て、「あいつを呼ぼう」と繋がっていく。普通の事務所だったら、もっと売り込んでると思うんですけど、うちの事務所は、そうしない主義みたいですね(笑)。(出演依頼が)来なかったら来ないっていう感じでやり続けてます。姿勢としてはとにかく、失礼がないように、ことさら気に入られようとしない立場で立ってるっていうことです。

終わった後とか待ってるときは、なるべくコミュニケーションを取るようにしてました。みんなに話しかけたり、みんなの食事会をセッティングしたりとか。あんまりそういう人いないよ、って言われましたけど。僕は俳優業をやらせてもらってるけど、お笑い芸人っていうところが自分の中で強くあるので、この座組みで入れてもらっているからには雰囲気をよくするのが自分の仕事だと思ってるし、だから終わった後に、よい空気感を作ろうっていうのは考えてたかな。今もそうですね。入ったらなるべくみんなが楽しいようにしようとは思ってます。ただだまって座ってるのではなく、普通にしゃべりかけて。『姉ちゃんの恋人』でも、メイクさんとかに、すぐLINEを教えますしね。音声さんとか、普通に電話がかかってきました。「今飲みに行きませんか」って言われて行きましたけど(会場、笑)。その感じが、うれしかったですけどね。「絶対、俺以外の俳優には掛けてねえだろ」と思ったので、電話を掛けられる空気感であったってことは、僕がやってたことが合ってたなとは思いました。演技をしてない間は、なるべくしゃべりかけやすい空気感というか、ふるまいで過ごしてます。

よい方法があって。友だちのゲッターズ飯田が有名な占い師になったので、僕自身は占えないけれど「占ってやるよ」って言うんですよ。僕が生年月日を聞いて、それを飯田に送って、演技している間に送られてきた結果を教えてあげると、すごく感謝される。ゲッターズ飯田さんには、大変助けられました(会場、笑)。

フェスでの思い出深い「事件」

お客さま:

さまざまなことを生きるヒントとして頂きました。ありがとうございます。フェスというと、さまざまなジャンルの才能を持った人が参加されることで生まれる奇跡も多いと思うのですが、その中で印象深いできごとはありましたか?

やついさん:

なるべく普通のフェスとは違う人選をいつも考えてて、今の若いアイドルの方が出るフェスは多いと思うんですけど、往年のアイドルが出るフェスって全くないんですよね。だから松本伊代さんとか南野陽子さんとか、僕が小学校ぐらいのときに見ていたアイドルの方を呼んで出演してもらった。その中で、チーター(水前寺清子)さんが来て、チーターさんにめっちゃ強めにツッコミした思い出があります。やっぱり、ちょっと、ぐらついてたんですよね。「違うだろ」とか言ったら、(ブロックするような反応が返ってきて)やりすぎたなと思いました。(『三百六十五歩のマーチ』の歌詞になぞらえて)二歩、下がってましたけどね(笑)。そういう、往年の方たちに会って話すのも楽しいですね。ひとつ覚えてるのは、小林幸子さんとデュエットしたのに歌詞を間違えた。あれは失礼だったと思ってます。

楽しかった事件では、歌合戦という、YATSUI FESTIVAL! ならでは、ここでしか見られない企画をやってまして、Calmera(カルメラ)っていう大阪のバンドにバックバンドをやってもらう歌謡ショーで、昔の音楽番組みたいに生バンドでどんどん歌っていくコーナーがあるんですけど、そこで全くの素人のおじいさんを出したんですよ。そしたら急に政権批判を始められちゃって、生放送で流れて地獄みたいな空気だったので、息継ぎのタイミングで帰らせたっていうのがありました(会場、笑)。あれがいちばんの事件でしたね。止められないじゃないですか、生放送だから。歌を歌うと思ったらずっと政権批判してたので、あれはおもしろかったな。「何やってんですか」って言ったら、照れてましたね(会場、笑)。迷惑なんですけどね、むっちゃおもしろいなって思ってる自分もいるんです。「何これ?」みたいな。来てるお客さんもむちゃくちゃ引いてるんですけど、それはそれで、もうちょっといこうと思ってるとこもあったんです。おもしろかったな。

だめなところがはっきりしているのが「いい人」

お客さま:

どうしてもいい人に見られたい私。ありのままで人と接する第一歩として、何から始めたらいいか、何を意識したらいいか、アドバイスをお願いします。

やついさん:

もう、いい人と思われてますよ。いい人と思われたいっていう人で悪い人はあんまり見たことないから、それでいいと思うんですけどね。むちゃくちゃ失礼になる必要は全然ないですし、僕も普通に、ていねいに話しますよ。いい人に思われたいなといっても、詐欺師とは違うじゃないですか。僕が勝手に思ってるのは、「ドラえもん理論」っていうのがあって。理論ってちょっとかっこつけて言ってるけど、ただ思っただけなんですけど。ドラえもんは、ネズミに弱い。藤子不二雄さんの作品って、全部一個、はっきり弱いものがありますよね。はっきり弱いものを人にわからせてあげると、絶対に嫌われないんです。いい人だと思われると思います。いい人は完璧な人じゃないんです。だめなところがはっきりわかってる人が、いい人なんですよね。この人はここがだめだなっていうのをはっきり

わかってる人には、人は安心しますから。「私は、だめじゃないんです。何でもできるんですよ」って言えば言うほど、人は離れていくというか、入り込めなくなってくるんですよね。

なるべく恥をかいたり、失敗するといいかなと思います。簡単なのは、漢字が読めないこと。これがいいと思います(会場、笑)。「え、何言ってるの?」と絶対に言ってくるので。漢字を間違えると、すげえ怒って、ことさら指摘する人っているから。漢字が読めないよねとか言って一段下に見てくれる方法で、人から下に見られるやり方が簡単です。何か間違えればいいんですよ。漢字が読めないやつに嫌なやつはいないでしょ(会場、笑)。ばかにされてもかわいいっていうのが、いいのかな。どうですか、漢字を読めないって簡単じゃないですか? 何か1個できないと、安心してくれたりするんですよね。だいたい人って、1個も2個、3個もできないことはある。それをちゃんと、「俺、できないんだよね」って示して隠さなければ、それだけでいい人だと思われると思います。それ以上に何かやる必要はないんじゃないかな。

いい人であることは大事だと思う。「手伝ってよ」と言ったときに「はい」とか言って手伝ってくれたら、いい人だなって思うし、それに対して「やだ」って言われたら嫌な人だなって思うから、なるべくいい人であろうとすることはとてもいいことで、全然直す必要はないと思います。でも、媚びへつらうような空気感が出るのは、臭うじゃないですか。その臭みが嫌いだから、なるべく臭みを取りたいですよね。それには、やっぱり漢字を間違えるっていうのが、いちばんきれいにはまります(会場、笑)。「違うよ」って言われて、もう1回間違えて、「あーっ」てなる。「何か、かわいいな」ってなるんじゃないかって思うんだけどね。極楽とんぼの加藤浩次さんが泳げないとか、わかりやすいじゃないですか。あんな強面なのに泳げないというだけで、ちょっと親しみが湧いたりして、かわいいって思うから、そういうのもいいかなって思うなあ。漢字が読めない以外でも、走るのがむちゃ遅いとか、かわいい。子供のときは、ばかにされたりしたから苦手だと思ってるかもしれないけど、大人だと、かわいいっていうか、おもしろいんですよね。

だから、恥ずかしいなって思うことを、ちょっとだけ人に見せてあげたらいいのかな。全部見せる必要はないし、これは見せたい、見せてもいいっていうのがあるはずです。スケープゴート的な、苦手なもの。本当に言いたくないことは言わなくていいけれど、これはいじらせてやろうかっていう部分を、羊のように取って出してあげたらいいんじゃないかな。

自分で設計する人生のしあわせ

お客さま:

今後どう生きていくべきか悩んでおります。やついさんの持っている笑い、ユーモア、パワーみたいなものが自分には足りないのかなとも思っています。やついさんが日々大事にしていることは何ですか。

やついさん:

いつも冗談みたいに言ってるんですけど、「80歳のやついは、どう思うかな」って。ギャグでも言うけれど、本当に、80歳になったときの自分を考えてます。今はよくても80歳のときはどうだろうと考えると、「今やっといてあげよう」って思うんですよね。僕は元々、小中高と、何ひとつ続けてやり続けることができない人間だったし、気分屋なんです。乗ればやるけど飽きたらやらない、典型的な三日坊主だったんですけど、今は「俺はやり始めたことは絶対にやめない」っていうふうに自分のことを思っています。なんでこんなに変わったのかなと思ったら、長い目で見て考えてるんです。今何かがうまくいってても、それは一体何なんだろう。今は楽をしてても80歳のときに筋力が無くなって動けなくなったら終わりじゃないか、とかね。70歳のときに「ああ、やっておけばよかった」となったら自分がかわいそうだ、じゃあ今からやってあげとくかというふうに、すべてをやっている。

一般論にすると間違っちゃうからわからないけど、僕は、他人にどう思ってもらっているか、社会的にこうだとかって評価に目をやってばかりいる間に、そもそもの本陣はどうなっちゃうんだと、何となく思ったんです。僕の人生は僕が設計してるわけで、僕の人生をだれかが評価することを目的にしていると、いつまでたっても満足できないでしょうね。「現状はこうだ」「他人は俺のことをこうは思ってくれてない」「どうやったらこう思われるんだ」ってやってる限りは、未来に希望がないんじゃないのかな。だったら、80歳の自分が今の自分をどう評価するかという視点で見ていくと、やることが無数にあるので、すごくいいと思うんですよ。みんなが何か、生き急ぐというか、大きい仕事を成功させるというのは、それもすごく素晴らしいことだけど、80歳のときに元気で生きてるっていうのも、すごい、いいことだなって僕は思ってます。今は50歳ぐらいで死んでもいいとか、60歳で死んでもいいんだと思っても、60歳のときには「死にたくない」って思ってる可能性はないだろうか。だって1歳のとき、死にたいって思ってなかったでしょう。10歳のときは死にたいって思ってなくて、20歳のとみには死にたいと思ってるってことは、10歳のときに思ってなかったことを今思ってるってことなんだから、あと10年たったらまた違うことを思ってる可能性もある。だからなるべく、自分が80歳になったときに、これもあってこれもあってこれもあるっていう状態にしてあげたいということで、今を生きてるという感じです。

他人というより自分の人生を設計していけばいいのに、何かことさら大きいことをしようとするから苦しいんじゃないのかな。80歳のときに健康でいたいといって、今ただ寝てたら健康でいられるわけがない。じゃあ、あと50年あるけど、ちょっと今から足腰を鍛えとこうか、とか。何かやっていったらいいのかなと、思うんですけどね。

歴史が好きだから、人を年表で見ますね。自分を最後に完成させたい。今は途上なんで、最後の最後に、「全員死んだ。俺だけ健康。よし!」ってことですね(会場、笑)。もうちょっと先の自分と話すと、おもしろいかもしれないですね。迷ったときに、結構使える考え方ですよ。日々大事にしていることは、それをやることですかね。

自分のしあわせというか、自分が何をどう思ったか、何がうれしいと思うかを、もっと考えたらいいと思うんです。自分の今の価値観にとらわれないで、もっと老人になったときのことを考えて、じゃあこれもやめといたほうがいいかなとか、これはやっといたほうがいいなとか。あと50年あれば、ものになるなとか。そういうふうに考えていくと、何かを始めるきっかけにもなる。

僕は歯を矯正したんですけど、歯並びがすごい、がたがただったんです。矯正はどうでした、どれぐらいかかりましたかって、よく聞かれます。2年半ぐらいですよって答えると、長いなって言われるんですよ。でも80歳まで生きるとしたら(そのうちの、たった)2年半だよって思う。みんなはすぐ結果が欲しいから、2年半が長いと思うんだけど、2年半って、生きてりゃあっという間に終わっちゃうじゃないですか。その感じを、自分の人生にも応用していけば、今始めても、あと40年もやれたら何者かになれるなって僕は思ってます。いくつになっても、「あと何年あるから、その先にめっちゃピアノが弾けたらいいな」とか。子供のときからやってなかったらどうとかじゃなく、このときのタイミングで弾けたらめっちゃかっこいいな、じゃあ今から始めれば40年もやれるのか、よし、じゃあ40年でうまくなろうとかっていう考え方でやっていくといいんじゃないかな。そうすると自然に、はつらつとしてくる。はつらつとしてくると人が寄ってきますから、自分の未来にどう楽しい予定を入れるかだけだと思ってます。僕はとにかく、自分の未来に自分で楽しい予定を入れようとしてます。未来の楽しい予定を作るのが仕事だと思ってるので、ここでこういうライブがあるよとか、ここでこういうことやるよっていう未来の楽しさを考えることをやってると、おもしろいのかなと思います。

だから、未来に予定を入れてみたらいいんじゃないのかな。楽しい動物園に行くとかでもいいし、うまいものを食べるとか。何か楽しい予定が未来にあれば、絶対に今、明るくなるはずなので。未来に楽しい予定がないと、絶対暗くなる。それが、コロナのせいでみんなが暗くなっている原因だと思います。コロナでも、未来に楽しい予定を入れていけば明るくなると思うんですけど、どうでしょう。

一生、未来に楽しい予定を作りつづけるのが仕事

フェリシモ:

最後に、神戸学校を代表して質問いたします。改めまして、一生かけてやりとげたい夢について、みなさまへのメッセージと共にお話しいただけますでしょうか。

やついさん:

さっきも言いましたけど、未来に楽しい予定を作る。それを一生やるってことですかね。それが僕の仕事なので、コロナであれどんな状況であれ、やれなかったとなったら、もう未来に「楽しい」ができなかったってことだと思って、今年一年(2020年)も今までやってきたことを全部やれたんです。僕らの単独コントライブもできたし、YATSUI FESTIVAL! もやりましたし、とにかく中止にしたイベントがなかった。状況が変わっても、必ずその先に楽しい予定があるという未来を、お客さまたちと共に作れたのはよかったなと思ってて。それが自分でも、コロナで気づいたことです。「俺の仕事はこれだな」と思ったので、「一生かけて」やりたいというよりは、一生、未来に楽しい予定を入れるっていうことですね。

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