フェリシモCompany

「物語の力で、一人一人の世界を変える」

編集者

佐渡島庸平さん

開催日
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Profile

2002年講談社入社。週刊モーニング編集部にて、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などの編集を担当する。

2012年講談社退社後、クリエイターのエージェント会社、コルクを創業。著名作家陣とエージェント契約を結び、作品編集、著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営などを行う。従来の出版流通の形の先にあるインターネット時代のエンターテイメントのモデル構築を目指している。

※プロフィールは、ご講演当時のものです。

講演録 Performance record

第1部

フェリシモ:

  • 本日は神戸学校にお越しいただきありがとうございます。

佐渡島さん:

  • ありがとうございます。コルクの佐渡島です。よろしくお願いします。

フェリシモ:

  • よろしくお願いいたします。お会いできることを楽しみにしておりました。本日は、コルク所属のイラストレーター、やじまけんじさんによるフェリシモ猫部の人気キャラクター、おふくちゃんの商品担当の豊川がステージに上がり、お話を伺わせていただきます。

佐渡島さん:

  • よろしくお願いします。

フェリシモ:

  • よろしくお願いいたします。初めての方もいらっしゃいますので、まずは簡単に自己紹介からお願いいたします。

佐渡島さん:

  • はい。僕は神戸出身で、阪神大震災のときは大阪の箕面に住んでいました。もともと東京や海外で育っていたので、高校のときに東京の大学まで続いている一貫校に入ってひとり暮らしを始めようかと言っていたのですが、阪神大震災で親が「やっぱり別々に住むのは怖い」と言い出しました。東京の学校と灘高の入試日程がかぶっていたのですが震災で灘の入試日程がずれて、受けてみたら受かったという感じです。今は両親も神戸に引っ越してきて、夏はそんなに来ませんが、正月は僕もいつも神戸に来て、新しくできた温泉でのんびりしています。

フェリシモ:

  • ご実家が神戸。

佐渡島さん:

  • そうです。実家が神戸で、その後、大学で東京に行って、講談社という出版社のモーニング編集部でつとめました。モーニング編集部でいちばん有名なのは、今は相談役までいってしまいましたが、『課長 島耕作』ですが、そこで『SLAM DUNK』とかの作品を描いている井上雄彦さんが『バガボンド』という宮本武蔵の作品をやっていて、井上雄彦さんの担当に見習いとして入りました。編集者としての仕事を開始して少したったときに『ドラゴン桜』という作品を自分で立ち上げました。その後、『宇宙兄弟』という作品を自分で立ち上げて、2012年に講談社をやめてコルクという会社を立ち上げました。日本では出版社のしくみが非常によくできているので、ほとんどの作家さんは出版社と直契約をして世に出ますが、芸能人にマネージメント事務所があるように、流通させる側と作る側は利益相反が起きやすいので別々にあった方がいいということで、クリエイターのためにエージェント会社が存在するのが世界の一般的な流れだったので、僕も作家の権利を守るためのエージェント会社を作ろうと思って2012年にコルクを創業しました。『働きマン』も僕がやっていました。

フェリシモ:

  • 入社されてすぐに井上雄彦さんや安野モヨコさんをご担当され、私なら浮かれてしまいますが、そのときはどういうお気持ちでしたか。

佐渡島さん:

  • 講談社の先輩たちが作家さんといい関係を築いてきたので、講談社に入ると、僕の年は井上雄彦さんの担当でしたが、次の年に入った人は弘兼憲史さん、その次の年に入った人はかわぐちかいじさんの担当と(有名な作家さんの担当に)なりやすかったし、それを期待して入ったところもあります。

フェリシモ:

  • 最初から有名な作家さんと一緒にお仕事ができる環境だったのですね。

佐渡島さん:

  • そうです。それが当時のマスメディアのメリットでしたが、僕が独立したのは「SNS上で誰とでもつながれる」と思ったからです。会社を辞める前の約2年間、「宇宙兄弟」という公式アカウントを運用してフォロワーをためて、そのTwitterアカウントでいろいろな人に「原稿を書きませんか」と連絡してみました。昔は講談社でなければ口説けなかったのに、2012年の段階でメンションといって相手にTwitter上で話しかけたり、DMを送ってみると、結構、だれでも口説けたのです。そして「インターネット上で信頼が見える形にしたら、誰とでも、どんなふうにでもやることができる。もうマスメディアが持っている価値が限定的になっている」と考えるようになりました。

■時代の変化がコルクを生む

フェリシモ:

  • コルクを立ち上げたきっかけは、今までの出版業界にはない新しいインフラをやってみたかったというところが原点にあるのですか?

佐渡島さん:

  • 出版業界をどう変えたいかというのがあって起業しようと思ったというよりも、まず、僕自身、本が大好きで、出版社に入って一流の作家と接することができて、会社でちょっと周りを見ると僕の大好きな作品を立ち上げた人ばかりで、とにかく先輩編集者の話を一生懸命聞いて学ぶのが楽しかったのです。『ドラゴン桜』を作っている三田紀房さんは、僕がお会いした時点でもう18年間くらい作家をしておられました。

先輩の漫画家と編集者から学んで当たったことがない中堅漫画家を売って、次に新人漫画家とやってみたいと思って育てたのが『宇宙兄弟』です。『宇宙兄弟』のときにアニメ化、映画化、イベント化をして、ゲームも作って、ひとつのコンテンツを作ったときにやれることは全部やりました。2012年の5月5日、こどもの日が『宇宙兄弟』の映画の公開日でしたが、その前の1年間くらいは全く休みがない感じで、ずっと『宇宙兄弟』に関わっていました。2012年の4月からアニメで、3月には1万人くらい動員する全国ツアーのイベントをやって、さらにそれに合わせて関連本を20冊くらい作っていて、(それらを)部下をひとりだけ使って、ほぼふたりで動かしていたので、ずっとむちゃくちゃ忙しかったのです。

5月5日の直前、ゴールデンウィークのときにやっとひと息つくタイミングで「『宇宙兄弟』は当たらないかも」と思いだしたのです。実際、アニメが始まって、本はそれなりに売れているのですが、『ドラゴン桜』のドラマができたときは地方の人たちが受験の仕方を変えて新聞でニュースになるなど、日本中がひとつのドラマでグワーッと変わっている感じがありました。今、『ドラゴン桜2』をやっていますが、これをやるにあたって、2021年の4月に文科省による大きい大学入試改革があるので、それを推進した人に会いに行きました。そして「今回、どういうふうに入試改革をしているのですか」と言うと、何でも教えてくれました。なぜかというと、ゆとり教育で教科書の内容が薄くなって、2005年くらいのときに日本の学力調査(のランク)が世界で一気に下がってしまいました。それで、学校の有志の先生たちが自主的に勉強会をして教科書にないカリキュラムをもう一回やるというときに、彼らは「最低限の詰め込みは善である」と言っている『ドラゴン桜』を読んでいて、先生たちが2年間くらいやって、もう一回、学力の世界ランキングで日本が戻ったということがありました。文科省の人に「あのとき、先生たちの気持ちを励ましたのが『ドラゴン桜』だった」と言われてうれしくなりました。『ドラゴン桜』は僕が新入社員のときなので、プロモーションとしていろいろなことをしましたが知見がなかったので抜けや漏れが多かったのです。(それでも)このような社会的影響力がそれなりに起きました。

(一方、)『宇宙兄弟』は業界を知り尽くしていたからかなり完璧な布陣でできたのですが、大爆発しませんでした。それで、僕の社会への理解が足りない。時代が変わってきている。インターネットのことを理解しないと絶対にだめだと思いました。僕の原体験として、中学生のときに南アフリカ共和国のヨハネスブルグで過ごしていましたが、僕がいたのはおもしろい時期で、デクラーク大統領がアパルトヘイトをなくして、マンデラが大統領になる瞬間までいました。僕はマンデラが大統領になる日の選挙や大統領就任式の様子を全部、テレビで見ていました。当時は国がボロボロになるかもしれないという緊張感が国全体に走っていて、水道に毒を撒かれるかもしれないから僕たちもペットボトルを用意していました。ですが、選挙の日も、大統領就任式の日も普通の一日でした。「多分、江戸城の無血開城の日も、終戦の日も、中心にいる人たちだけが今、歴史的な変化が起きていることに気づいて、一般の人は『ここで歴史が変わる日が起きていた』と気づかなかっただろう」と思いました。そして「インターネットの変化の中では出版社は中心ではない。中心に行かねばならん」という気持ちになって、江戸時代に地方の藩士が脱藩するみたいな感じでその年の8月末に辞めました。

フェリシモ:

  • そんなスピードで、『宇宙兄弟』のプロモーションをいっぱいされている最中に。

佐渡島さん:

  • はい。5月中に新規事業計画書を出したら社内ベンチャーを作るという話になったので「いいじゃん」と思って、講談社は毎年6月に大きい変革をするので「今年の6月からか」と思ったら、社長から「1年後の6月だ」と言われて「そんなに待てないです」と言って9月30日に辞めて、10月1日からコルクを作りました。

フェリシモ:

  • そのとき、お仕事をされていた『宇宙兄弟』の小山宙哉さんや安野モヨコさんは(コルクに)所属されることになりますが、そこはスムーズにお話は進んだのですか。

佐渡島さん:

  • 僕としては「とにかく辞めないと」という気持ちで、エージェントがないのは問題だと10年、働いている間、ずっと思っていたので自然な流れでした。小山さんや安野さんは別に講談社の後任がいればいいだろうと思っていて、どちらかというと「新人とゼロベースでやる」と考えていました。「僕は辞めます。もしも興味があればもちろん契約できますが、どうぞご自由に」と言ったら、みんな「契約したい」と言ってくれました。なので微妙にあつれきが生まれるというか、日本の出版社はエージェントが入るしくみは未体験です。アメリカだと、作家が出版社に原稿を持ち込むと「うちは作家の持ち込みを受けつけていないから、どこかエージェントを見つけて、エージェント経由で連絡してください」というふうに、出版社とエージェントと作家の協力体制になっています。でも、日本は全くそうではなく、「エージェントが入ると邪魔だ」という感じになってしまうので、そこは意外と大変でした。でも、(契約したいと)言ってくれるのはうれしいことなので「一緒にやりましょう」と言ってやり出しました。

情報収集のかぎはライトパーソンを見つけること

フェリシモ:

  • 初のエージェント会社ということですが、ずっと講談社で(一緒に)されてきた小山宙哉さんは佐渡島さんの物語の作り方に共感し、これからも一緒にやっていきたいというところがあったと思います。『宇宙兄弟』を作っていく過程で、(佐渡島さんは)最初、どういう役割を担っていらっしゃいましたか。

佐渡島さん:

  • 『宇宙兄弟』を作るタイミングだと、小山さんは新人だったのでまだ物語がうまく作れなくて、作れたとしても当たる物語ではないので、小山さんに「宇宙」と「兄弟」をお題に物語を考えてほしいと言いました。できあがったおもしろい1話目の横に「宇宙」「兄弟」とメモが書いてあって、「これ、このままタイトルいけますね」という感じでタイトルにしました。基本のコンセプトは編集者が決めてリードしていきます。でも、5巻くらいまでくると小山さんも物語の作り方がわかってきて、今はどちらかというと僕はビジネス側のパートナーで、ストーリーに関しては小山さんが自分でやっています。宇宙の話で細かいこと、(例えば)ISS(International Space Station 国際宇宙ステーション)に穴が開いたらどうやって修理するのかとか調べてもわからない情報はうちの社員が調べて小山さんに渡します。情報面について、例えば『ドラゴン桜』の1に出てくる勉強法は全部、僕が見つけたりやっていたりした勉強法です。今の2は、僕が見つけてきた東大生が考えている勉強法です。

フェリシモ:

  • (佐渡島さんは)東大に行かれていたので、そのときの勉強法を最初の『ドラゴン桜』に。

佐渡島さん:

  • そうです。1のときは覚えていたのですが、今回、2をやるにあたって、今さら東大の問題を見直したくもないというか、昔は少しはわかったのですが、今は見直しても頭が痛くなるからもう一回しっかり考えようという気持ちに1ミリもならなかったので、東大生をグワーッと集めて、その中から勉強法を考えられそうな人を選抜しました。

フェリシモ:

  • 編集者はきらびやかなお仕事に見えますが、一緒にお仕事をさせていただくと結構、泥くさい仕事や情報収集が大事だとお聞きします。

佐渡島さん:

  • きらびやかな感じは全然しません。たぶん、それはマスメディア全般に対してみんなが何となく思っているだけだと思います。やっている仕事はフェリシモのプランナーとあまり変わらないと思います。フェリシモはデザイナーさんは社内ですか?

フェリシモ:

  • いや、社外だったり(します)。でも、企画を考えるのは社内の者です。

佐渡島さん:

  • 企画を考えるところでいうと、編集者が企画を考えて作家さんに頼んでいく中で、デザイナーさんと工場が存在します。そうすると、そこが機嫌を損ねるときがあって、「え? このタイミングで誤解が起きた? 」みたいなことを解消するためにてんやわんやだったり、倉庫での配送のこともあります。それと同じで、僕たちも付き合う外部のステークホルダーはどちらかというとこだわりがある人たちで、そのハブとして調整していく仕事だから、基本的にいつも「ごめんなさい」と言いながら自分のやりたい方に持っていく仕事です。

フェリシモ:

  • 小山さんは宇宙についてそんなに詳しくなかったとしても、実際に上がってくる作品を見ると宇宙飛行士の実態まで調査されていると思います。その辺はどういうサポートをされていたのですか?

佐渡島さん:

  • 初期の資料は僕が全部、集めています。僕はライトパーソンを見つけるのが得意で、今はJAXAも協力的ですが初期は協力してもらえませんでした。それで知り合いをたどって、JAXAの中からこっそりボランティアで協力してくれる人を見つけました。

フェリシモ:

  • ボランティアで。

佐渡島さん:

  • 彼らは公務員だから副業ができないのです。僕たちはアメリカに行くことを決めて、野口宇宙飛行士に会う30分のアポを広報室経由で取りました。それでヒューストンに行ったら、野口宇宙飛行士が30分と言っていたのに半日、開けてくれたのです。午後、全部を使ってくれて、晩ご飯も食べてくれて、サポートしてくれました。「やっぱりすごいな」と思いました。「こういう漫画が出ることによって、自分たちの宇宙の行きやすさが変わる可能性を秘めているから僕は応援します」と言って(くれました)。野口宇宙飛行士は「自分たちは税金で宇宙に行っているから、日本全体で日本人が宇宙へ行くことを応援する空気を作らないといけない」という感覚を持っていて、すごく助けてもらいました。

フェリシモ:

  • そうやって巻き込んでいくところも編集者さんのお仕事ですか。

佐渡島さん:

  • どんどん巻き込んでいくというのはそうです。今、僕は役得でラッキーなことが起きているのですが、花まる学習会を知っていますか?

フェリシモ:

  • わかりません。

佐渡島さん:

  • 関西だとそんなに有名ではないのかな。花まる学習会は、初めは埼玉にある小さい学習塾でした。『ドラゴン桜1』のときに「ここの学習塾は教え方がいいな」と思って取材に行って、いい先生を超・猛プッシュする新書(「ドラゴン桜公式副読本16歳の教科書」)で、そのひとりに創業者の高濱先生を紹介しました。そうしたら情熱大陸のディレクターがそれを見て、高濱先生が情熱大陸に出て、その後から人気が止まらなくなって、今、東京では大きい学習塾になっています。物語の力を使ってかかわった人たちを有名にしていくというか、『宇宙兄弟』に野口さんも実際に出てもらって、アニメのときはアフレコにも参加してもらっています。そういう「てこの原理」みたいなことが物語で働くから、作家だけではなくかかわった人たちをどう有名にしていくのか(ということもあります)。

自分の経験や感情をもとに物語を作る

フェリシモ:

  • かかわった人たちを有名にしていくというところが、編集者を経て作り手に行かれる方もおられる中でサポートに回るとか育成するというところにつながっていると思います。作家さんを育てる、サポートするというところはどういう思いでされているのですか。

佐渡島さん:

  • 僕が初めに出会った作家が井上雄彦とか安野モヨコとか天才的すぎる人たちで、小説家だと伊坂幸太郎や平野啓一郎と一緒に仕事をさせてもらっています。打ち合わせをして一週間後に文章が上がってくると、「あの打ち合わせでこんな文章書ける? 逆立ちしても無理」と思います。だけど、作品をどう広めるかとか、どうお金にするかというところに関しては、僕が今までいろいろやってきたことは出版社の中で「そんなやり方をするんだ」と意外がられて、認めてもらうことも多かったのです。僕がちょろっと文章を書いても、僕が食っていく分は書けるでしょうけど、世の中に対して紙を無駄にするみたいな気持ちになってしまうので、それだったら僕が本当にすごいと思う人たちを世の中に広める方が社会的価値があるのでそちら側をやろうと思いました。

フェリシモ:

  • 『SLAM DUNK』を描かれた井上雄彦さんは天才的で、本当に才能ある方々がいる反面、コルクインディーズという形で育てておられる若手の作家さんに対してはどういう気持ちでされているのですか。

佐渡島さん:

  • 「育てる」というと特別なことをしているようですが、どちらかと言うと、作家として芽がある子たちがいろいろな思い込みや外部要因でうまく花開いていないところに対して、そういうものを排除していくのを手伝う感じです。新人だとしても、その人と一緒にやり出すときからその後、一流になって世間から「すごい」と言われる状態になってもあまり変わりません。ものを考えている人は新人のときから考えています。ただ、うまくスイッチがはまりきっていないだけの差だと感じます。

フェリシモ:

  • 私たちは猫部の活動で『猫のおふくちゃん』という漫画をやじまけんじさんという作家さんと一緒にさせていただいています。

「#スライド」

佐渡島さん:

  • これですね、『猫のおふくちゃん』。みなさん、ぜひ読んでください。

フェリシモ:

  • 弊社の猫部のサイトで連載させていただいているおふくちゃんというキャラクターです。(やじまさんには)漫画を描いていただいていますが、見ていてだんだんネームがよくなっていく感覚があります。私も会話に入らせていただくことがありますが、(佐渡島さんは)やじまさんがされたいことをもっとわかりやすく、よくしていくためのプッシュをされているように思います。経験からコメントが生み出されていると思いますが、コメントをするうえで心掛けていることはありますか。

佐渡島さん:

  • 作家が、というかどんな人もですが、よくわからないことはうまく話せません。ですが、例えばこういうところで登壇するときに起きてしまうことというのが、「僕のよくわかっていることを話しても、みんなは興味を持たないのではないか」と思って、何か正しいことや立派なこと、賢く思われるようなことを話しにいってしまうわけです。そうすると、話していること自体に間違いはひとつもないけれども意外と楽しくないということが起きます。楽しさや愛着がわくのは細部だったりして、「正しさ」には愛着があまりわかなかったりします。ですが、新人漫画家は人が自分の考えていることの何を楽しんでくれるか、何を愛してくれるかがわからないから、自分の考えたことではなくて「猫漫画でおばあちゃんが出てくるのなら、こういう感じだと楽しいでしょう」と、相手の「楽しいんじゃないか」と思うものを推論で作ってくるのです。若い作家だと人間経験がたくさんないからその人が推論で作ってくる作品はおもしろくないということが起きるので、「とにかく推論で作るな」と(言います)。

フェリシモの商品は、あえて言葉を選ばずに言うと、「変なもの」が多いじゃないですか。お客さまの欲しいものを当てにきていないというか、「きっとお客さまはこういうものが欲しいはず」ではなくて、「私だったらこれが欲しい」というものを考えて商品化して、それをお客さまも受け入れられるように最後にちょっと変換作業が入るのだと思います。

それと同じで、ストーリーを作るのも、「自分にとって猫とはこう」「自分にとっておばあちゃんとの関係とはこう」という形で全部、自分の経験や感情がもとになって物語を作って、できあがった物語を最後、お客さまに届ける段階で絵やちょっとした台詞まわしにマーケティング的な工夫が入ってくる順番でないといけません。よく「マーケティングはいいのか、悪いのか」という話が起きがちですが、いつマーケティングをするのかが重要で、マーケティングから発想したものを作ると、どこも似たようなものになってしまいます。今、コンビニに行くと、どこに行っても固いプリンを売っています。コンビニや大量にものを作る場合はそれでいいかもしれませんが、個性を売りにしていくときはマーケティングは最後の届ける瞬間にするものだと思っています。例えば、ここで僕が急に誰かに「何か質問はありますか」と言ったとします。そうしたら、当てられた人は今、自分の心の中で思っていることではなくて「正解っぽい質問を言わないと」という気持ちになります。マーケティングをするというのは、この「正解を探そう」とする行為に近いです。でも、創作物には「正解」はなくて、正解は「あなたらしいかどうか」「作家らしいかどうか」だけです。だから、フェリシモの商品は、ある程度フェリシモで働いた人だったら、例えば産休に入って現状がわからなくなっても、商品を見て「これは誰々さんが作った」とわかる気がします。

フェリシモ:

  • わかります。

佐渡島さん:

  • それは「その人らしさ」が出ているからで、マーケティングからいくとだれが担当か言えなくなると思います。だから、フェリシモに近い人たちがカタログを見たときにそれぞれの担当者が言えるときはフェリシモが強くていい感じだけれども、言えなくなると弱くなるのではないかと僕は考えます。作家もそれと同じで、やじまけんじだったら「やじま臭」がするとよいのですが、『猫のおふくちゃん』を作る時にやじま君が「おふくちゃん臭」みたいなものを頭の中で勝手に想像して作っていたので、「そんなものは存在しないから『やじま臭』を出せ」というふうにしています。

フェリシモ:

  • やじまさんに対して、よく「猫に対してどう思っているんだ」「自分の人生の中で猫はどういう存在だったのか」と聞いているのが印象的です。その人ならではの感覚を引き出すことが大事なのですか?

佐渡島さん:

  • そうです。例えば、猫部の人だからといって、全員が猫を10匹飼いたいくらい猫を好きかというとそうとは限りません。1匹も飼っていないけど猫部という人はいるだろうし、猫への愛情のあり方と猫との距離感はみんな、さまざまだと思うのです。けれども、やじま君は「猫好きというのは猫を何匹も飼っていて、猫を見た瞬間に『かわいい』とつい言ってしまって」みたいな「猫を愛しているとはこういうものだ」という勝手な決めつけがすごくて、そうではなくて、やじま君なりに猫を好きな状態も一個の愛情の形だから、それを正確に把握して描くことができると、ほかの人の猫への愛情のあり方も、猫への愛情がほとんどない人も正しく描写できるようになってくるのでおもしろくなるのですが、自分の猫との距離感や愛情のあり方を理解していないと全部がぼやっと描かれてしまうということです。

小集団で議論することで全員が成長する

フェリシモ:

  • ネームがだんだんよくなる理由がわかりました。佐渡島さんのコメントが入るたびにリアリティが出てよくなっていくので、そういうコメントをされているのでしょう。やじまさんのほかにもインディーズの方がいらっしゃいますが、最近はどのような活動をされていますか。

佐渡島さん:

  • 最近、僕が考えていることは、ちょっと話し方がむずかしいのでうまく伝わらなかったら質問してもらいたいのですが、僕はもともとマスメディアにいました。テレビや出版、新聞などマスメディアの枠は有限なのでみんながそこを勝ち取ろうと必死になっていて、それを勝ち取った人は勝ち取れなかった人よりも優秀だという感じでした。みんな優秀な人になりたかったし、人が生きていく中ですごく競争社会だったというか、マイホームを持ちたい、ベンツに乗りたい、いい大学に行きたいというのも全部、自分はほかの人よりも優秀だということを手っ取り早く証明するためで、そのような生き方をみんなが目指していた時代でした。でもインターネットによってすべてがフラット化し、「他人よりも優秀」ということを証明する時代ではなくなってきていると思います。だから「すごい作品」の価値がなくなってきています。そういう意味でも僕はフェリシモの商品開発はおもしろいと思っていて、フェリシモの作ろうとしている商品は「すごい商品」ではないと思います。エルメスやルイ・ヴィトンが目指しているのは「この皮の製法は」みたいな「すごい商品」ですが、(フェリシモは)「おもしろい商品」や「身近な商品」で、「なぜ今、買わないといけないのか」の理由があるとか、「これは絶対、誰にも作れないだろう」というアイデアはすごいけど、商品の質でいうと「絶対、誰にも作れない」ものは作っていなくて、戦うポイントが違うと思います。今まではずっと、これは絶対にまねできないという技術を手に入れることが重要でしたが、だんだんとそうではなく、切り口や価値観の方が重要になってくると思います。(同じように)作家たちもひとりですごいというのはもうあまり意味がないので、コルクスタジオというなまえで作家たちが複数で協力して、今の時代に合うような速いペースでどんどん作っていくことに挑戦し出しています。「すごい」ではなくて「みんなで作る」ことを目標にしています。

フェリシモ:

  • 作家さんはインディペンデントな存在というか、ひとりで発想を形にしていくところがあります。今、「みんなで作る」というキーワードが出ましたが、環境を整えるために最初は何からされていたのですか。これだけたくさん個性的な作家さんがいたら、集まってもうまくいかない気がするのですが。

佐渡島さん:

  • 作家の人たちはみんな、チームメートではなくて、自分が誰かよりも特別な存在になってエージェントにサポートしてほしいと思う訳です。それで「そういう生き方がしたいの?」「誰かの上に立ちたいの? 作品を作って誰かを見下ろしたいと思ってるの?」という話し合いをしていきます。結構、作家の人たちはリアルコミュニケーションが苦手だったりするから作品で自分の存在を証明しようと思っていますが、そういう人に対して「どういう生き方がしたいの?」「結局、何を目指しているの?」と粘っこくコミュニケーションを取っていきます。

僕が一緒にやっている中に、ロードオブメジャーというロックバンドのヴォーカルだったけんいちさんが、彼も神戸に住んでいますが、ソロで所属しています。人は基本的にコミュニケーションをする生き物です。例えばサルもコミュニケーションをする生き物で、「仲よくしようよ」と毛づくろいをしますが、そこから深いコミュニケーションにはいきません。でも、人間はそこから深いコミュニケーションにいけるのがおもしろさだと思っていて、深いコミュニケーションができればできるほど人生が豊かになるし、楽しくなります。そのときに会話でコミュニケーションをしてもいいけれども、一部の人は「会話よりも文章の方がいいな」ということで小説を書いたり漫画を描いたりするし、ある人は「俺、自分の気持ちをうまく言えないんだけど、その気持ちを曲にしたよ」と曲を作ります。今、けんいちさんと曲づくりの打ち合わせを毎月していますが、する質問は「誰に何を言いたいの?」と全部、一緒です。誰に何をどんなふうに言いたいかを決めると自然と曲ができてきます。だから、フェリシモがどんな会社なのかというときに、それをもので伝える会社だと思います。全体的に、疲れているときにちょっとユーモアでほっこりしてほしいという気持ちでものを作っていて、そのほっこりの方向性にプランナーの個性が出てきていると思っていて、そこは(コルクと)そんなに変わらないと思います。

フェリシモ:

  • 今は打ち合わせをオンラインでされているとお聞きしました。

佐渡島さん:

  • 昔は一対一で話していましたが、作家との打ち合わせは全部、オンラインでしています。今、『ドラゴン桜2』をやっていますが、ここ20年、30年というのは、医療業界にしろインターネット業界にしろ全業界で革新的な進化が起きています。そして、勉強法も「こうしたら人は学べる」という革新的なことがいっぱいわかってきています。豊川さん(*フェリシモ対談者)がわかりやすいようにフェリシモを例にすると、先ほど自分の商品のエゴサーチをすると言われていました。

フェリシモ:

  • はい。それで評価を見ます。

佐渡島さん:

  • 「出した商品について、みんなは何て言ってるかな?」と検索して、「こんなふうにみんなは言ってるんだ」「次はこんなふうに商品を作った方がいいかな」とひとつ、仮説が立ちます。仮説が立ったら、その仮説に対していろいろ調べて自分なりの答えを見つけます。そして、この答えに対して小集団、8人以内がいいとされていますが…。

フェリシモ:

  • 8人以内ですか。

佐渡島さん:

  • 効率的な人数は7人から8人までなので、昔から軍隊の小さい単位は絶対、8人以内ですが、その小集団に自分の作った問いと答えを持っていきます。この小集団は慣れていて気軽に議論ができるから、*トヨカワ*さんが持ってきた問いと答えに対して基本的に「いいね」と言わずに「何でこれを考えたの?」「これのどこがいいと思ったの?」と、より深く考えるための他人にしかできない問いをどんどん出していきます。豊川さんはもう一回、その企画を練り直し、それを世の中に出します。世の中に出すと社会がそれに価値があったかどうかを判断するので、そのデータを集めてみんなでもう一回、振り返り、その振り返りから生まれた新しい問いをまたひとりで考えます。いきなりドンと自分で考えたアイデアを世に出すのではなくて一回、小集団を挟んで練り直します。そうすることによって一緒に議論している人たちも成長していきます。トキワ荘や幕末の松下村塾がどうしてあんなにすごかったかというと、そこが小集団として機能していたからです。

さらに、人は目上の人からだとしても「言われたことを聞く」ということはなくて、みんな、自分で「あちゃー」とか「これはだめだ」と思って初めて直します。僕と一対一でやっていると、僕の方が物語づくりをわかりすぎていて、全部、「こうしたらいいんじゃない?」と正論を言われます。例えば豊川さんが何か商品を企画して売れていないところに僕が「これはこうしたら売れた」とアドバイスを十個言っても、絶対にやらないと思います。どれだけ正論でも、それをやらないのが人というものです。漫画家も、どれだけ一流を目指していても、描いたストーリーがおもしろくなくて、僕に「ここはこう直せばいい」と言われても、やっぱりやらないのです。でも漫画家同士で話し合っていて何か自分ごととして気づいたり、おもしろいのが、複数の漫画家がいるときに僕がそれぞれにアドバイスをしていると、言われた本人は直さないのですが、それを聞いているほかの漫画家が「このアイデアは俺がしっかり使っておこう」「俺はこのミスを犯さないようにしよう」とそれを採用するということが起きます。今、コロナでオンラインになったから逆に複数人で集まりやすくなったので、打ち合わせの仕方を複数人でやるように変えていきました。

フェリシモ:

  • 作家さん同士が集って意見を出し合って切磋琢磨する小集団というところに意味があるのですね。

佐渡島さん:

  • そうです。

フェリシモ:

  • それは日常生活でも大事なことです。勉強法でいうと、手づくりをしたい人は小集団に入ると上達していくということですね。

佐渡島さん:

  • そうです。小集団で重要なのは、徹底的に否定してくれる集団であることです。どんなものでも甘さがあり、足りないから、「それはどういう意味があるの?」「どんな価値があるの?」とハッとする感じで問うてくれるから考えることができます。

フェリシモ:

  • 多種多様な意見が出されます。やじまさんはこだわりがある方ですが、こだわりがあると他者の意見を受け入れづらいときもあるかと思いますが、そういうところも小集団であることは効果的なのでしょうか。

佐渡島さん:

  • 作家の人も含めて、みんな「こだわり」と「凝り固まった考え」の区別ができていません。本当のこだわりは大切にしてくれればいいのですが、こだわりは基本的に他人も「いいな」と思うはずです。そう思わない時点で、こだわりではない、何か固まった感じになっているので、「一回、客観的に聞けよ」と思ってフィードバックをするのですが、それがなかなか聞けない状態だったりします。他人のフィードバックを聞けるような心の状態にどう持っていくかということが僕の仕事です。

フェリシモ:

  • 「凝り固まった」というところがすごくわかりました。こだわりの部分は他者にとってはいいポイントであったり、共感される部分ですものね。

佐渡島さん:

  • 僕は新人作家をからかうところも結構あるから、「出た、作家風言い方」とか言って、ハハ、「まるでこだわりみたいにしゃべってるけど本当なのか?」「本当にそれ、意味があると思ってる?」「本当にそれ、好き?」と作家に延々と言います。本当に好きだったら全然、いいのですが、「そんな何度も聞かれると、実は全然、そんなことなかったです」ということがやっぱり起きます。

頭の中に宿る物語が世界の見方を変える

フェリシモ:

  • 時間も迫ってきましたので本題に戻りますが、今回のテーマが「物語の力で、一人一人の世界を変える」ということで、これはコルクさんのスローガンでもありますが、物語が持っているパワーを教えていただけたらと思います。

佐渡島さん:

  • 当社のミッションです。人はみんな「人生」と言ったときには、それはもう何らかのストーリーになっています。そのストーリーをどう上書きしていくのか(というと)、例えば、自分は負け犬だと思っているときに『宇宙兄弟』を読んで、負け犬だと思っていた六太の挑戦をきっかけに自分も一歩、挑戦して、そこから変わりだしたら自分の人生のストーリーが変わっていきます。

灘高は卒業生の半分以上が医者になります。高校や中学のときに何度も思い出したのは魯迅の話です。魯迅は『阿Q正伝』を書いた中国の作家で、当時、映画がニュースに使われていたのですが、侵攻してきた日本軍に中国人が殺されたりとらわれたりしているのに同胞が日本軍にこびを売って喜んでいる様子を見て、「自分が治さないといけないのはからだではない。中国人の心を治さないといけないのだ。それができるのは文学だけだ」と言って小説家になったというエピソードがあります。医者になってひとりひとりのからだを救うこともできるし、治療薬を作ってたくさんの人を救うこともできます。でも、全員、結局は死ぬわけです。何歳で死んだとしても、そのときに「自分には生まれてきた意味があった。よかった」と思って死んでいくことがしあわせだと思っていて、しあわせな人生を歩いていくのは全部自分ですが、そういう気持ちになるきっかけとして背中をふわっと押してくれる力が物語にはあると思っています。「物語の力で、一人一人の世界を変える」というのは、物語によって生き方を変えていった人たちがひとりひとりの心の中で世界との距離感や見え方を変えていくことだと思います。

うちの会社で作っている『宇宙兄弟』のグッズにヘアピンがあります。『宇宙兄弟』の中で挑戦する日にぴしっとした気持ちになるというヘアピンが存在するのですが、そのヘアピンをエゴサーチすると、男の人も買っていてびっくりしました。ネクタイピンとして使っていて、「ぴしっとする気持ちの日のために買いました」と言っていました。『宇宙兄弟』を読んで「ぴしっとした気持ちでやりたい」と思わせることができただけでなく、月のうち何日かネクタイピンをつけるたびにその人をぴしっとした気持ちにできるのです。作品の中でキャラクターの気持ちを動かすきっかけとなった言葉や小道具を世に出していけば、物語の中の気持ちに一瞬で読者を連れて行くことができると思って、物語と商品の開発をセットにしています。

フェリシモ猫部も同じ意味で基金も(含めて)作っていると思いますが、僕たちは『宇宙兄弟』のファンが「今日はぴしっとした気持ちでがんばったよ」と言うと「おめでとう! 」というようなことを話し合うファンコミュニティの場も用意しています。新人作家たちが作っている物語が弱いので、うまくまわっているのはまだ『宇宙兄弟』だけですが、それらが強くなって複数個がどんどん走っていくと、僕が理想としているような世界観ができていくと思います。

フェリシモ:

  • 物語が人生に入っていくような、ひとりひとりの心を変えていくパワーがあるように感じ取られているのですね。

佐渡島さん:

  • そうです。ハラリさんは『サピエンス全史』で「フィクションを信じる力」の重要性を言っていますが、自分の頭の中にどんなフィクションを宿らせるのかが重要だと思っています。

フェリシモ:

  • それは論文とか図解ではなく、わかりやすい物語だからこそできることです。

佐渡島さん:

  • 先ほどの「正論では人は動かないし、しあわせにならない」ということに尽きると思っています。コルクではほかにせりか基金というのもさせてもらっています。『宇宙兄弟』の物語の中でALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病が出てきます。『宇宙兄弟』は2030年の物語ですが、2030年にISSでの実験でALSの治療薬の開発に成功するシーンを描いています。この物語を描くときに小山さんともすごく話し合っていて、2030年まで考えるとあり得るかもしれませんが、実際はALSの治療薬ができるには程遠いです。今回のコロナではワクチンが一瞬で作られていますが、これはやっぱり全人類が使いたくて、必要な方が多くて儲かるから作りたい訳です。でも、ALSは必要な人が少なすぎてほとんど研究が行われていないから、人類がALSをなくす技術を持っていても誰もやろうとしないという資本主義の中の問題が起きています。

それでせりか基金を作り、今、毎年、1,000万円くらい集まっています。日本の今の基礎研究は全部、かなり予算が限られてきていて、成功しそうな実験にはお金がおりてくるけれども、成功するかどうかわからない実験だと200万円とか300万円すらもおりてこない状態になっています。でも、ALSは難病すぎてまだ成功が見込めない基礎研究をしないといけない状況です。それで、うちで作った商品の1カ月分くらいの売り上げとみなさんからの寄付で1,000万円くらい集まるので、それを3、4人の研究者に寄付するせりか基金をしています。今、4回目をやっていて、そういうことをきっかけにALSがなくなればいいと思います。物語の中の現実が(現状より)先に進んでいたら、現実を後押しするような活動のムーブメントも、グッズを作るだけではなくて、うちの会社が起こしていこうとしています。

フェリシモ:

  • ALSという病気に関しては、身近にいないのであまり知ることがないことなのですが、好きな漫画の登場人物、しかも大事なキャラクターがその病気になってしまったことで何か協力したい気持ちが生まれるところは、この基金の大事な要素だと思いました。最後に、コルクでこれからこうしていきたいという未来像がありましたら教えていただけますでしょうか。

佐渡島さん:

  • 今、『鬼滅の刃』がヒットして、日本人の多くが日本の漫画は世界に出せるコンテンツだと思っていると思いますが、実はその状況がほぼ終わろうとしています。音楽はBTSという(韓国の)アイドルがアメリカでも圧倒的人気ですが、アメリカで人気の日本のミュージシャンなんて誰もいません。映画は(韓国の)『パラサイト 半地下の家族』がアカデミー賞をとりましたが、日本の映画はアカデミー賞の候補にすらほとんどなりません。それくらい差が開いています。漫画アプリも世界的に中国と韓国が強くなっていて、今、中国と韓国の漫画アプリは5億ダウンロードくらいいっていますが、日本のアプリは数百万ダウンロードで、このたった数年で大きい差を開けられています。ですが、中国と韓国のアプリは刺激的で時間つぶしになるようなコンテンツは多いけれども、感動して人生を変えるような本格的なコンテンツはまだありません。今まで世の中ではやっていた、例えばスターウォーズのような物語は、5年や10年に1回しか出てきません。それに対して実際、中国の漫画アプリでは「1億いいね! 」がついているものが出だしていて、今、中国や韓国の漫画アプリを使うと毎週数千万人、下手すると1億人、2億人が同時に興奮するコンテンツが作れるプラットフォームができ出しているのです。毎週、年間50回、(たくさんの)人が「うぉー」「あー」と浮き沈みして、それが5年、10年続いていくとどんな世界が来るのだろうと(思います)。数カ月に1回出るBTSのミュージックビデオよりもすごい興奮が待っていると思うし、もっとすごいファンコミュニティもできるだろうと考えると、これからの漫画のあり方が今、まさに大きく変わろうとしています。

日本の漫画は手塚治虫さんにたくさんの人が影響を受けて、今の豊かな漫画文化がある訳ですが、世界的な漫画のしくみの中で手塚治虫さんみたいな作家はまだ現れていません。日本の出版社は『鬼滅の刃』で自分たちがやっていることは大成功だと感じているから、韓国のアプリに(コンテンツを)出していくような挑戦を全然していません。世界を見てコンテンツを作り出していないのです。僕はここからが「誰がいちばん早く、世界の手塚治虫になれるのか」という挑戦のタイミングだと思っていて、だんだんチームができてきたので3年くらいで、コルクスタジオでひとりひとりの力ではなくてチームで作品を生み出して、そのうちの何個がそこで勝ち残って勝負できるのかに挑戦しています。僕がこういう所に立っても、まだ『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』とか、昔、作った作品について話していて、その間に『君たちはどう生きるか』という本は意外と売れましたが、単発だったしチームでも作っていないから、僕の中で自慢するほどの気持ちには全然、なりませんでした。僕の中で「コルクを作ってから、これがしっかり世の中を変えた」と思えるものがまだなくて、その準備がやっとできた感じなので、それをここからやっていきたいと思っています。

フェリシモ:

  • コルクスタジオさんから世界の手塚治虫さんのような存在が出てくるイメージを今、ふくらませていました。楽しみにしています。

佐渡島さん:

  • ありがとうございます。

第2部

フェリシモ:
第2部もどうぞよろしくお願いいたします。

佐渡島さん:
よろしくお願いします。

フェリシモ:
それでは、みなさまからいただいたご質問にお答えいただきます。会場で参加いただいているチカさまからのご質問です。「あっという間の90分でした。ひとつ質問があります。講談社を辞められる前に『この人だ』と感じた作家の方を口説き落とせるようになったというお話がありましたが、具体的にはどんな口説き文句で口説き落とされたのでしょうか。印象に残るエピソードや口説き文句があれば教えてください」とのことですが佐渡島さん、いかがでしょうか。

佐渡島さん:
Twitter上でいろいろな人が口説けるということですね。でも、それは苦労して口説くというよりも、『宇宙兄弟』の雑誌があるので「そこで短編小説を書きませんか」みたいな感じでした。『羊と鋼の森』で直木賞候補となった宮下奈都さんが短編小説を書いてくれましたし、辻村深月さんも短編小説の『宇宙姉妹』を書いてくれました。そのときに仕事をした方たちの中には後に直木賞などを取った方もいますが、そんな人たちがTwitterのDMはたいして文字数を送れないので「すみません、『宇宙兄弟』の担当編集ですが、作品がすごく好きで、一緒に宇宙をテーマにした短編を書きませんか」みたいな、さらっとしたもので普通に口説けてしまったということが起きました。講談社の社員だったときは連絡先がわかるので手紙を送れるのですが、こちらが何者かわからないのでていねいに相手の作品の感想を書いて、「こういう者ですが一度、お茶をしてもらえませんか」と言ってお茶をして、口説いて、という感じですが、僕がどんな人間かは僕のTwitterをさかのぼってくれればわかるし、「この人と仕事をしたいかどうか」は自分で判断してくれればいいので、逆にさらっと「こんちはー」みたいなテンションで口説けてしまうので、「こっちの方が講談社を使うよりらくだ」と思ったのです。

フェリシモ:
口説き落とす特定の言葉というよりも、「宇宙兄弟」というアカウントで話すことでお答えいただけるような場所にまで持っていったということですね。

佐渡島さん:
そうです。アナログだと一個一個が大勝負で、その大勝負で勝つか負けるか、そして締め切りまでに一生懸命に準備してという感じになりますが、逆にネット上は一個一個に120パーセントの力を出すのではなくて、70パーセントや80パーセントでいいからいっぱい活動しているとそれが信頼になってくる日ごろの行いがすべてみたいな感じです。神戸学校のほかの講師の方がどんなふうにするのかわかりませんが、常に80パーセントで続けて量をすることを目標にしていると、講演会のときに資料を準備したりはしないです。それをして「講演会のたびに120パーセント」みたいな感じだと、どこかでガタッと活動量が減るときがあって、活動量が増えたり減ったりの繰り返しになります。この場の空気で話したいことを話しますが、日常的に知見をためて変わりつつあるから、それを話すだけでいいという考え方でやっています。

フェリシモ:
SNSをはじめ、講演などの活動でも70パーセント、80パーセントの積み重ねが大切だということですね。

佐渡島さん:
そうです。

フェリシモ:
チカさま、ご質問、ありがとうございました。それでは会場でご参加いただいているショコラさまからのご質問です。こちらは特定の作家さんとのエピソードについてですけれども、「伊坂幸太郎さんとお仕事をされたときに印象的だったエピソードを教えてください。また、今まで編集のお仕事をされてきた中でいちばん衝撃的だったことは何ですか」とのことです。いかがでしょうか。

佐渡島さん:
伊坂さんのときは、まだ僕がSNSをする前だから口説かないといけませんでした。伊坂さんみたいな人気作家になると、日本の出版社がほぼみんな依頼しているので15社とかが伊坂さんの原稿を待っています。作家はどこかの出版社と縁が切れたときに別の所と付き合うかもしれないということで、どの出版社とも縁をつないでいるのです。そういう状態のときに、漫画の編集者として会いに行きました。もう15社並んでいるところにいきなり行っても基本的には列の最後に並ぶのが小説業界のお作法です。ですけど、僕は全然、待ちたいとは思わないし、待っていたら漫画の編集部にいるかどうかわからないから、伊坂さんに「漫画雑誌で小説を連載しませんか。伊坂さんの小説は毎週のアンケートを取ったときに、漫画よりも上に来る可能性があります。それを目指しましょう。漫画と勝負する小説家となると野茂みたいなものです。僕が1年か2年後に異動してしまったら担当できなくなります」と迫ったら「わかりました」と言ってほかの出版社を全部1年ずらしてくれて、『モダンタイムス』という作品でしたが、ピスッと入り込むということがありました。

ほかに印象に残っているエピソードは、『宇宙兄弟』の連載を始めるときに6話目か7話目くらいまであって、僕は「これは絶対、当たる」と思っていました。新人だったのであまり制作費をかけられないから、先に取材に行ってから描くということはなくて、6、7話できて週刊連載をやるとなってからNASAへの出張を入れました。小山さんと一緒に野口宇宙飛行士のところへ行ったりしているときに、「小山さん、『宇宙兄弟』が当たって、新人漫画家と新人編集者というコンビから大作家って感じに態度が変わっちゃ嫌ですよ」みたいな話をしていたら、小山さんが「いやいや、多分、僕はそんなに変わらないです。当たっちゃったら周りのみんなの方が変わって僕が変わったと言うんですよ。みんなが僕の機嫌をとろうとしゃべるようになるということが起きるだけだと思います」と言って、急に北斗の拳をまねして「俺が変わったら、そのときは殺してくれ」と言っていました。それが印象に残っていたのですが、実際、連載して今、10年近くたちましたが、何ひとつ変わらないです。完全にマイペースのままで、小山さんはただ自分の作品を淡々と作るだけで本当に魅力的だし、作品に向き合う姿勢が誠実で、それは印象に残っています。

フェリシモ:
ありがとうございます。伊坂さんや小山さんに対する印象的な、衝撃的なできごととのことです。先程のご質問にあった「口説き文句」ということも伊坂さんとのエピソードの中で語られたと思います。ありがとうございました。

それでは引き続き、こちらは本を読むことについての質問です。会場でお聞きいただいているNさまよりご質問です。「佐渡島さんは読書家でもあるそうですが、初心者でも読みやすい、あるいは『これは本当におもしろい』『自分の考えが変わった』という本はありますか」とのことですが、いかがでしょうか。

佐渡島さん:
僕はよく読書について「樹系図的な読み方をした方がいい」と言いますが、多分、今の質問をする時点でまだ読書にハマっていないと思います。日本では年間、2万冊くらい(新刊が)出ますが、「その中から、あなたは何冊読みますか」というと、一般的には年に2、3冊しか本を買わなかったりします。2万冊の中の2冊だから、ベストマッチが起きる可能性は自分の好みと本のことをよく知っていないとありません。例えば、みなさんが恋人を探すときに、クラスで一番の人気者と付き合ったらしあわせかというと、必ずしも相性がいいとは限りません。だから、あまり本を読んでいない場合、「これがベストセラーか」と言って読むと「そんなみんなが言うほどおもしろかったかな?でも、まあおもしろかったか」という感想を本について持ち続けるだけで、本になかなかハマっていかないと思います。本にハマるというのはどういう感じかというと、やっぱり自分の人生が揺さぶられた、変わったという経験をすると、そこから本の読み方が変わっていきます。

僕の場合、小学6年のときに遠藤周作の『沈黙』を読みました。僕が灘に入ろうと思ったのは遠藤周作が灘の卒業生であったことも大きいです。『沈黙』を読んで、自らの弱さを理解し、それでもそれを受け入れる強さを持つ人になりたいと思いました。遠藤周作の周りには第三の新人という仲間たちがいて、遠藤周作からその仲間たちの小説を読むようになって、そこから(さらに)広がってと、木が枝を広げていく感じで(読んでいました)。

その後、僕は村上春樹さんを読むようになりました。村上春樹さんの小説にはビートルズやビーチボーイズ、ジャズ、クラシックとたくさんの音楽が出てくるので、それらを聞くようになります。村上春樹さんは翻訳小説も出しているのでそれを読むようになり、あとがきに翻訳の監修協力をしている柴田元幸さんへの謝辞が出てくるので、今度は柴田元幸さんが翻訳したものを読む、という感じで、誰が誰に影響を与えたかということで読んでいきます。この質問をしてくださった方と僕の関係性は薄いですが、濃い関係性の中で、作家同士で影響を受けあった人(の本)を読んでいくとどんどんつながって遠くまで行けるので、質問をしてくださった方の人生に影響を与えた人の「これぞ」という一冊はグッとささる可能性があります。恋人になるのと同じで、みんながいいと言っているから自分も感動できる訳ではなくて、それに感動できなくても全然、自分の本の読み方がおかしい訳でもなければ本に問題がある訳でもありません。本と自分の心のマッチングはむずかしいので、身近な自分の両親でも有名人でもいいので、自分の心が動いたことがある人がすすめる本からスタートしてみると(よいです)。そういう人がすすめる本は集めると10冊くらいはあるはずで、その10冊の中で最も感動した本から樹系図的に広げていくと自然に本を読み続ける習慣が生まれると思います。

フェリシモ:
ありがとうございます。本と音楽などの作品、また本と人もすべて影響のもとにあるということですね。ありがとうございました。

佐渡島さん:
そういう意味で言うと、YouTubeやSpotify、Amazonのレコメンドは結構、使えます。Spotifyで好きなプレイリストを見つけると、それ経由で好き(な曲)にたどりつくから、そこはやりやすくなっていると思います。あとは一冊、好きな本を見つけて、読書メーターとかにその本についての感想を読みに行って、その中で自分と最も近い感想を言っている人を見つけて、その人が読んでいるほかの本を見ると見つけやすいと思います。

フェリシモ:
自ら「あなたへのおすすめ」的なものを探しに行く構造ですね。

佐渡島さん:
そうです。

フェリシモ:
ありがとうございました。次は、第1部で『宇宙兄弟』に出てきたシャキッとするヘアピンの商品のお話がありましたが、そちらとも関連する質問です。会場で参加いただいているキジニチジョウさまからのご質問です。「今までに、もし物語に感動した商品があれば教えてください」とのことですが、いかがでしょうか。

佐渡島さん:
物語に感動した商品というと、商品の裏側の物語ということですか。

フェリシモ:
その商品が作られた背景であったり、それが持つ物語について感動したりしたものがあればということです。

佐渡島さん:
別に僕が作ったものではなくて、世の中の商品開発の物語で感動したこと(ですか)。

フェリシモ:
はい。

佐渡島さん:
僕が何で物語が好きなのかというと、物語は主人公のよいときもあれば悪いときもあって、いろいろな感情の波が存在し、長いです。子育てもいいときもあれば悪いときもあって、そういうことがたくさんあるから卒業式のときに感動したりということで、一個の感情ではありません。家族とは長期的につながっていられるけれども、社会の中で個々人が長期的につながることは、今まではインターネットがなかったからむずかしい状態でした。だから、社会の中のほとんどの商品やCM、コピーは人を感動させるのではなくて、15秒や30秒で「えっ」と驚かせたり笑わせたりする瞬間的なものが多いと感じていて、「うまく驚かされた」みたいなものは多いですが、商品自体に深く感動したものはなかなかありません。例えばここにコーヒーがありますが、僕はこのコーヒーの裏側にあるストーリーを知ることはできないから、この商品が好きかどうかはデザインや味、瞬間的なものだけで判断しないといけません。(この商品の)裏側にメディアやPCサイトがセットになっていて、そこを長期的に見ていれば商品を買うときに感動することはあるかもしれませんが、今はそこまでのものはないです。

今、話しながらパッと思ったのですが、僕の知り合いのデザイナーは凝りに凝った人で、徹底的にものづくりをします。みなさん、コーヒーの豆はどれくらい甘いか知っていますか。実は、コーヒー豆に含まれる糖度はブドウと同じくらいです。なので、コーヒーをブラックで飲むと、論理的にはブドウジュースくらいは甘いはずです。だけど、世の中のほとんどのコーヒーは抽出する途中でたくさんの雑味が入ってきてしまうので苦く感じてしまいます。みんなが「ブラックは苦い」と思っているのは、実は苦みではなくて雑味らしいです。そのデザイナーは「どんなコーヒーがおいしいのだろう。コーヒーがよりコーヒーだとおいしいのならコーヒーを温めてコーヒーを入れてみたらどうなるだろうか」とおもしろい実験を延々と試して、ブラックコーヒーなのに死ぬほど甘くて、飲んだ瞬間に「甘っ」となるコーヒーを作りました。それは飲んだ瞬間に感動しました。そのデザイナーは自分の社長室で打ち合わせをするときにだけそれを出すのですが、それがすごいから人がうわさを聞きつけてきます。いろいろなバリスタの世界大会で優勝した日本人が何人かいますが、彼らがそのコーヒーを飲ませてもらうと「何じゃ、これ」と感動します。その中のひとりが今、ファミリーマートのコーヒーの監修をしているのですが、コピーに「本当においしいブラックコーヒーは、甘い。」とあって、「デザイン事務所の社長と同じことを言っているな」と思っていたら、その人が社長に言われたことをそのままコピーに使っていただけでした。実際のファミマのコーヒーはうまく甘くなっていませんが、(社長の)甘いコーヒーは感動しました。

フェリシモ:
ありがとうございます。お話を聞きながらずっとファミマのコーヒーが頭をよぎっていたのですが、オチに待った正解がありました。キジニチジョウさま、ご質問、ありがとうございました。

次は作家さんとのかかわりの中で生まれる質問です。会場で参加されているキョンさまからのご質問です。「作家さんの『らしさ』を引き出すのが編集者の仕事とのこと、とても興味深かったです。一方で、『らしさ』をつぶしてしまわないために注意していることがあれば教えてください」とのことですが、いかがでしょうか。

佐渡島さん:
僕が新人編集者のときは「らしさ」をつぶしていたこともありました。僕がマスメディアにいたときは、マスメディア側に基準がありました。「『モーニング』は35歳のサラリーマンが読者だ」と決まっているので、僕が付き合うすべての作家が35歳のサラリーマンが楽しめるように出てくる物語を全部、一回、変換します。そうすると、どうしても作家の「らしさ」よりも「35歳のサラリーマン(向け)」ということの方が優先されます。

でも今、作家が自分のTwitterのフォロワー向けに作品を出すということであれば、その「らしさ」に共感してくれる人を集めればいいだけで、共感していない人を仲間にする必要は全然、ありません。僕もTwitterをしていますが、全くバズらせようと思って運用していません。YouTubeチャンネルも僕が話したいことを一方的に話しているだけです。バズらせようとすると、バズらなかったら気持ちがなえて継続できないし、バズらせる法則は似ているから途中で飽きてきます。そうではなくて、僕のYouTubeチャンネルは僕が飽きずに続けられることをテーマにやっています。YouTubeやTwitterに(コンテンツを)アップしてもどちらからも更新料を請求されないから、僕が諦めない限りコンテンツをストックできます。ずっと貯めていったら、どれだけニッチな話でもどこかでティッピングポイントを超えると思うので、飽きずにやれることを探すという感じです。世の中の多くの人は何かをするときに、「これはお金になるか」を気にすると思いますが、インターネットではお金をもらわなくても10年、続けられることをする方がその人の「らしさ」が出ると思います。インターネットを有効的に使えるか使えないかで「らしさ」の引き出し方が全く違うので、そういう意味では昔は(作家の「らしさ」を)つぶしてしまっていたことがあると思います。

フェリシモ:
インターネットという手段ができたことで「らしさ」の引き出し方が変わり、前よりも引き出しやすくなったということですね。

佐渡島さん:
そうです。

フェリシモ:

  • ありがとうございます。それでは会場で参加いただいているチヅキさまよりご質問です。「佐渡島さんのお話をお聞きするとビジネスと感情のバランスが素敵だと思います。ふだんの情報収集は何をどう、されていますか。また、世の中の空気や感情を理解するために心掛けていることを教えてください」とのことですが、いかがでしょうか。

佐渡島さん:

  • こういうふうにぺらぺらしゃべっていると情報収集を工夫していると思われがちです。小学生のときはある種、早熟だったので新聞を読んでいました。今も言われているかわかりませんが、僕が中学受験したころは、大学受験でもよく言われますが、「朝日新聞の天声人語は中学受験の文章に使われる」と言われていて、親が(朝日新聞を)取っていたので読んでいましたが、そのあとに南アフリカに行ったので新聞を読まなくなりました。だから僕は中学以降、30年間、新聞を一回も読んだことがありません。Yahoo! ニュースに出てくる新聞記事は読みますが、今はGoogleに変えたのでニュースも出てこなくなって、ニュースを見なくなりました。テレビは、部屋が狭かったし、映画は映画館で見ると決めたので、大学のときに捨てました。だからテレビも20何年間、見ていません。社会人になって、自分が担当した作品のドラマ化とアニメ化の番組を見ないといけないからテレビとDVDを買いましたがそれも見ていません。2年くらい前にレーシックをしたので、前は目が悪くて見られなかったサウナのテレビを見るくらいで、しっかりウォッチしているものはありません。

今はTwitterで自分から遠い人をフォローするとか、Twitterとブログで信頼する情報主を決めておくという感じです。「この情報収集のやり方でいいのか」と思っていた時期もありましたが、しぼってハブになる人を決めています。ハブになる人以外の情報は意味がないと言うか、僕の会社はまだたった30人くらいで、5、6億くらいの売り上げしかないのに、こういうふうに気づいて呼んでいただけるのはなぜかというと、マスコミのしくみがわかっているからある種、マスコミをハックできていて、僕の考えがマスコミを通じて世間に出やすくなっている状態があるからです。僕はマスコミの人たちをよく知っていて、日経新聞や朝日新聞の記者たちがどういうふうに社内異動をして、どういうふうに取材して書いているかがわかるのですが、そんなに大した情報は書けていないのです。今ならネットの中の専門家の方が全然、鋭いことを言っています。たくさんの情報を頭に入れると、先ほどのコーヒーでいう「雑味」が入ってきてしまい、それを頭の中でえりすぐる方がむずかしくて、混乱してできなくなってしまうので、50人ほどの「鋭い」と思う人だけをしっかり見る方がいいと思って、限りなくそういうやり方で情報を集めています。

『ドラゴン桜』をしていたときにホリエモン(堀江貴文さん)と仲よくなりました。ホリエモンが「この漫画はおもしろい。本当に役に立つ」と言ってくれて、それがきっかけで『ドラゴン桜』が売れ出しました。ホリエモンが刑務所に入る直前に一緒に飯を食ったりして、僕がホリエモンのゼミの後輩だった関係で、献本してほめてもらったくらいの関係しかなかったのですがかわいがってくれました。ホリエモンは漫画が大好きだから「刑務所に漫画を送ってくれ」と言われて、僕は刑務所に毎週、『モーニング』とかを送っていました。刑務所では献本の冊数が決まっているなどいろいろなルールがあって全然、情報が取れないのですが、その中でホリエモンはちまちまと小さいメモを書いて毎週、メルマガを発行していました。僕はメルマガを見ていて、刑務所の中にいるホリエモンがすべてのメディアにアクセスできる僕よりも情報通なことに「この人、どうやってるの⁉」とびっくりしました。本や雑誌は月に数十冊しか見ていないのに、ホリエモンがメルマガで出してくる10大ニュースに僕が知らないニュースがあるのです。本当に筋のいいブログとかだけをプリントアウトして、刑務所の中にいても世の中の変化に必要な情報がしっかりとわかるようになっていて、「すごい。情報収集はこうやるんだ」と思いました。だから僕の情報収集は広げないでしぼるようにしています。

フェリシモ:

  • ありがとうございます。広げないでしぼるということで、何か特定のものというよりも、鋭い幾つかを見分けてそれを選ぶことが大切とのことです。チヅキさま、ご質問ありがとうございました。それでは会場で参加いただいているお客さまよりご質問です。「いろいろと気づかせてもらえるトークをありがとうございます。教えてください。どうして『物語の力を一人一人の世界に』ではなく、『物語の力で、一人一人の世界を変える』なのですか?佐渡島さんのこだわりをぜひお聞かせください」とのことです。いかがでしょうか。

佐渡島さん:

  • 僕は、物語の力はひとりひとりの世界を変えるというレベルで物語の価値を信じているからストーリーを作る作家をサポートする会社を作っていますが、他人の人生を考えたときに、それぞれの人が他人から影響を受けなくても充実した人生を送っている可能性だって全然あって、物語があろうとなかろうと、物語の影響を受けて変わった人の人生の方が変わっていない人(の人生)よりもすぐれているとは全然、限らない訳です。僕は物語の価値を高く見積っているけれども、それはそれぞれの人にとっては知ったことではないから、その価値観を押しつけたくありません。ひとりひとりがこの世界で充実して生きていくことの方が重要です。会社は公器と言いますが、起業してから本当にそう思うようになりました。社会で価値を残さない限り、会社として存在する意味はあまりない訳で、そのためにはひとりひとりにとって僕たちの会社が役に立つ存在にならないといけないということで、そうなりました。でも、役員会の中でこの助詞については議論をしていたので、そこが気になるというのはすごい質問だと思いました。

フェリシモ:

  • 「物語の力で」とのことですね。ありがとうございます。それでは、私からもひとつ質問をよろしいでしょうか。物語がひとりひとりの人生を変えるとおっしゃっていますが、人生が物語を変えることはあると思いますか。

佐渡島さん:

  • それぞれの人生に宿っているストーリーは刻々と変わり続けていると思います。作家に感想を言うのが僕の仕事で、僕の仕事のおもしろさはそこにあります。井上雄彦さんの『バガボンド』の担当になって、吉川英治の『宮本武蔵』を読んだときに「武蔵が佐々木小次郎を倒したときに喜ぶだろうか」「才能があるとか、すごいということに価値があるだろうか」と僕の中で大きい違和感がありました。僕たちは取材で一流のスポーツ選手や俳優にも会いますが、一流と言われている人たちは孤独です。すごいということは通じる人がいなくなるということで、自分がこだわるポイントを理解できる人がいなくなって孤独になっていくことだと思いました。武蔵は国を取るためではなく、ただ個人として強くなっていったので、宮本武蔵が強くなると、そこに待ち受けているのは孤独です。佐々木小次郎を倒すことは「俺は世界一強い」ではなく「俺は孤独だ」ということの証明で、待っているのはしあわせではなくて深い絶望ではないかと(思いました)。「吉川英治はそれを喜びとして書いているけれども、僕はそこに違和感があります」という話を(井上さんに)しました。『バガボンド』はまだ完結していませんが、途中で伊藤一刀斎という強い剣士が自斎という師匠を超えた瞬間に「悲しい」と言って涙が流れるシーンがあって、「自分の感想がこういうふうに物語に取り込まれていくのだ」とうれしかったです。今は作者とファンがつながれる時代で、僕も作者も、ファンの感想やブログをすごく読んでいます。感想で自分の人生を考えだしている人もいて、それらは物語にも深く影響を与えていると思っていて、その相互作用がおもしろいと思います。

フェリシモ:

  • ありがとうございます。人生が物語を変え、ファンの感想というひとつの物語がまた物語を変えることもあるとのことです。まだまだたくさんのご質問にお答えいただきたいところですが、そろそろ終了のお時間が近づいてまいりました。最後に佐渡島さんに神戸学校を代表して質問をいたします。改めまして、一生をかけてやり遂げたい夢についてみなさまへのメッセージと共にお話いただけますでしょうか。

佐渡島さん:

  • 今、僕が一生懸命やっていることは、新人作家と一緒に最強のコンテンツチームを作って、世界でヒット作を作ることです。ですが、同時に心掛けていることは「一生をかける夢」と一回決めるとそれにとらわれて、できなかったら「負けてしまった」という気持ちになってしまう可能性があるので、正直、どんな生き方でもいいわけだから、「夢」にとらわれないで今に集中して、今を最大限に楽しんで味わおうと思っています。「何かをやることがいちばん大切だ」と思っていると、途中で終わると夢半ばで死ぬのだけれども、今に集中していたら、今日、講演会会場を出た瞬間に車がバーンと来て死んでも「そういう人生だったな」と思えるので、そう思えるくらい今に集中したいと思っています。今のところは新人作家と世界的に当たる物語を生み出したいと思っていますが、これも「一生」かどうかはわかりません。

フェリシモ:

  • 佐渡島さん、本日は神戸学校にお越しいただきありがとうございました。

佐渡島さん:

  • ありがとうございました。
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