あれからの、わたしたち

#003[2026/05.21]

あれからの、わたしたち

目の前の小さな仕事から、見える景色が変わっていく。
広がった視野のなかで見つけた、ケアのかたち

城戸口智也さんTomoya Kidoguchi

「いま、すごく落ち着いて働けています。派手な変化があるわけではないけれど、それがいいなとも思っているんです」

そう話す城戸口智也さんの表情は、2年半前に出会ったときよりも、どこかやわらかく、肩の力が抜けていた。

前回、城戸口さんに話を聞いたのは、4ヵ月間のキャリアブレイクを経て、大阪府で地域福祉に関わる仕事に就く直前のことだった。

当時の記事を読む

コロナ禍の介護現場で働き、思うように地域活動に関われないまま心身をすり減らし、退職。
その後、地元に戻った彼を支えてくれたのは、大学時代から少しずつ育んできた福祉やまちづくりのつながりだった。

そのとき彼は、こんなふうに語っていた。
「だれの悩みも社会全体で受け止められる、そんな地域の仕組みづくりに貢献していきたい」と。

あれから2年半。
理想を胸に新しい場所へ踏み出した彼は、いま、どんな日々を送っているのだろうか。

視野がぐんと広がった2年半

現在、城戸口さんは社会福祉協議会(以下、社協)の地域支援課で、非常勤職員として働いている。主に担当しているのは、ボランティアセンターの仕事だという。

城戸口さん:ボランティアをしたい人に活動を紹介したり、ボランティアに関する講座を開いたりしています。あとは、ボランティア保険やお金の管理など、事務的な仕事も多いですね。

地域には、高齢者サロンの送迎をする人、介護用品をつくるグループ、子ども食堂を運営する人、災害支援や外国人支援に関わる人など、さまざまなボランティア活動がある。

城戸口さん:社協はあくまでも住民主体なので、僕たちが前に出てなにかをするというより、地域の人たちがやりたいことを支える立場なんです。

前職の介護職では、職場は施設の中だけに限られていた。けれど今は、役所へ行き、人の家を訪ね、校区福祉委員会の人と話し、郵便局へ書類を出しに行くこともある。

城戸口さん:関わる人が圧倒的に増えました。役所の人、地域の人、ボランティアの人、校区福祉委員会の人たち。いろんな立場の人と話すようになって、コミュニケーションの取り方も意識するようになりましたね。

働く場所が、施設の一室から地域全体へ広がった。それに伴い、城戸口さんのまなざしもぐんと大きく広がってきたという。

どれだけ小さな仕事も、
誰かを支えるケアにつながっている

仕事の中で大きく変わったことのひとつが、事務仕事の多さだそう。
請求書、領収書、保険の手続き、年度末のお金の整理。介護職のときにはほとんど経験しなかった仕事が、今は日々の大きな部分を占めている。

城戸口さん:最初は、請求書ってこうやって処理するんだ、とか、係長、課長補佐、課長にハンコをもらわないと進まないんだ、とか。組織で働くってこういうことなのかなと、一つひとつ学んでいるような感覚でした。

一見、人を直接的にケアする仕事とは遠いように見える事務仕事。けれど、ある本を読んだことで、その捉え方が変わったと話す。

城戸口さん:「事務がたんたんと進むことは、それだけで支援される人にとって心のケアになる」というようなことが書いてあったんです。そのとき、なにかを申し込んだらちゃんと返事が来る、書類が間違いなく届く。それだけでも安心につながるんだなと思いました。

例えば、ボランティア保険では、地域の行事や子ども食堂などで事故が起きたときに、どう対応すればいいかを説明することもある。

城戸口さん:ちゃんと保険の中身を理解して、「これはこうしたらいいですよ」と伝えられることが大事なんです。当たり前なんですけど、その当たり前がちゃんと進むことも支援なんだなと思うようになりました。

誰かの困りごとは、いつも劇的なかたちで現れるわけではない。 一本の電話や、一枚の書類、少し困った様子の相談の中に、生活のほころびが見えることがある。

ひとつの困りごとの背景にあるものを
想像できるようになった

この2年半で、城戸口さんは社会福祉士の資格取得に向けて通信制の専門学校にも通った。仕事と並行して勉強を続け、特別養護老人ホームで相談員実習も経験。そこで強く感じたのは、ひとりの利用者を支えるためには、その人だけを見ていても足りないということだったという。

城戸口さん:利用者さんの背景には、家族さんがいて、家族さんには家族さんの思いがあって、病院の相談員さんやケアマネさん、いろんな人が関わっているんだと見えるようになりました。

その視点は、今の仕事にもつながっている。地域の人から「ゴミ捨てを手伝ってほしい」という相談があるとする。一見すると、ただの生活上の小さな困りごとに見える。

最近読んでいるという本。読書は、自分とは違う立場にいる人の気持ちを理解するためのものだと語る
前回取材したときと同様、本にはたくさんの付箋が貼られている

城戸口さん:でも、話を聞いていると、実は介護サービスのことを何も知らないとか、子どもが遠方に住んでいるとか、別の背景が見えてくることがあるんです。そうなると、これは包括支援センターにつなげた方がいいな、と考えるようになります。

目の前の「困った」を、その場限りで片づけるのではなく、その奥にある暮らしを見る。そこに家族はいるのか。制度につながっているのか。地域の中に頼れる人はいるのか。

城戸口さん:介護職だけをしていたときより、自然といろんな人の背景を考えるようになったと思います。

前回の取材で語っていた「ひとりの悩みを社会全体で受け止める」という言葉が、より具体的になっているように感じた。ひとりの悩みは、本当にひとりだけのものではない。家族、制度、地域、職場。さまざまなものと結びついている。その結び目が見えるようになったことこそが、彼の大きな変化なのかもしれない。

常に、自分の心が
穏やかでいられる環境を守りたい

今後について尋ねると、城戸口さんは「正職員になるか、別の場所へ行くか、まだ迷っている」と話してくれた。非常勤職員として働きはじめて、もうすぐ3年。今の職場で正職員を目指す選択肢もあるし、別の社協や役所の福祉職の求人も見ているという。

城戸口さん:今の職場は学べることも多いんですけど、正職員になると、今までもよりも仕事量が増えたり、ソーシャルワーカー(対人援助職)としての責任ものしかかってくるので、それらのプレッシャーに自分がうまく適応できるのかどうかは、いまよく考えているところです。

福祉の仕事は、人の生活に深く関わる。だからこそ、やりがいだけでは続けられない。

城戸口さん:まずは、自分自身が安心して働けることが大事だと思っています。ちゃんと休みが取れるとか、労働環境が整っているとか。自分の心がケアされている状態でないと、人の支援もできないと思うので。

30代を前にした目標をたずねると、返ってきたのはとてもシンプルな言葉だった。

城戸口さん:なるべく穏やかに暮らし続けたいです。

それは、自分だけが心穏やかに暮らしたいという意味ではない。職場の人が休職すれば、自分の心も揺れる。家族や友人が苦しんでいれば、自分も穏やかではいられない。近くにいる人たちが健康で、安心して暮らせていることが、自分の穏やかさにもつながっている。

城戸口さん:社会をよくするための一歩は、職場と家族からだ、みたいな言葉をどこかで読んで、本当にそうだなと思ったんです。日々働いていくなかで、常に穏やかでいることはむずかしいと思いますし、辛抱強くがんばる場面も必要だとは思っています。ですが、まずは、自分とその周りにいる人たちが穏やかに過ごしていける環境を、今後も守っていきたいと思っています。

あとがき

2年半前、「だれの悩みも社会全体で受け止められる地域の仕組みづくりに貢献したい」と語っていた城戸口さん。
今回の取材で、その言葉はより具体的な手ざわりを伴って立ち上がってきた。

利用者だけでなく、その背景にある家族や制度、地域までを見渡す視点。小さな困りごとの奥にある支援の必要性に気づくまなざし。ひとりの悩みを、ひとりだけのものにしない。
その営みは、日々のささやかな仕事の積み重ねの中にあるのだと思う。そうした手応えを、日々の現場のなかで、少しずつ掴んできたのだろう。

前回の取材の最後、「人生第二章、がんばります!」と笑っていた姿が思い出される。
あれからの時間のなかで、物語はとどまることなく進み、次の章への扉が、いまゆっくりと開きはじめている。

STAFF
photo / text : Nana Nose