#33 [2025/11.06]

わたしたちの、このごろ

去年よりいい仕事をし、去年よりいい曲を作る。いつもそんな自分でいたいです

仁張優心さんYushin Nibari

こう語るのは、現在鉄道会社の社員として働きながら、自身のバンド「ブーランジェリー」のギターボーカルとしても活動している仁張優心(にばり・ゆうしん)さん、26歳だ。

インタビューを受けてくれたことへの感謝を伝えると、「おもろい誘いには全部乗るって決めてるねん」と彼は答えた。

鉄道会社の社員として、日々まちづくりのための仕事に夜遅くまで奔走しながら、バンドマンとして、ライブに出演したり、毎年新曲をリリースしたりしている仁張さん。
そんな日々の合間には、パン屋巡りをしたり、好きなバンドのライブに行ったり、2週間フランスに行ったり。

おもしろいことは全部やる。キャパオーバーになるくらい忙しそうなのに、会うたびにきらきらとした笑顔が眩しい彼は、どうやって人生のバランスを取っているのだろう。

褒められるのが好きで、
負けるのが嫌いだった子ども時代

仁張さんは大阪府で生まれ育った2人兄妹の長男。話すことや文字を書くことができるようになるまでのスピードが早かったからか、褒められることが多い子どもだったと語る。

仁張さん:漢字の書き写しをする課題で、先生に「仁張だけは早く終わっても認めるけど、他の人は雑にやっていないか確認する」みたいに言われたことがあって。この体験が褒められるということに明確にハマった瞬間な気がします。

反対に、負けることが大嫌いという側面も。現在のきらきらした笑顔からは想像つかないが、小さいころは泣くことも多かったそう。

仁張さん:近所の3つ上くらいのお兄ちゃんたちと遊ぶことが多かったんですけど、何をやっても自分が負けてしまって。鬼ごっこの鬼の時間が長くなったりすると、悔しくて泣いてましたね。

褒められたい、負けたくない。そんな感情を原動力に、できることを着々と増やしていった仁張さん。次第に、「なんでもできるね」と褒められるのがいちばんうれしいと感じるようになったという。

仁張さん:「なんでもできる」って言われたくて、テニスを続けながら陸上部に入ったり、生徒会に入ったりもしていました。ひとつにのめり込むというより、いろいろと挑戦したいタイプなんですよね。

なんでもできる”を打ち砕かれた受験勉強

小さいころから”なんでもできる”子だった仁張さんの自信を、大きく揺るがしたのが、高校受験だった。

仁張さん:部活も全力でやってから、受験勉強をした方がかっこいいと思っていて。(笑)12月ごろ引退して初めて全国模試を受けてみたら全然わからなかったんです。定期テストは点が取れていたのでいけると思い込んでいて、あれは衝撃でしたね。

焦って塾に行こうとしても、もう最終調整段階。自分でやるしかないと心に決めて、2ヶ月間は朝昼夜を問わず勉強し続けたのだという。

仁張さん:学校の先生全員にアドバイスを聞きに行ったりもしながら、自分でやることを毎日決めて取り組んでいました。人生でいちばんがんばった期間だったと思います。

努力が実って、無事志望校に合格。しかし、入学初日に発表された成績を見ると合格最低点ギリギリだった。ショックで落ち込みそうなものだが、仁張さんはその日から毎日勉強をすることを心に誓ったという。

仁張さん:あんなに勉強したのにこんなもんなんだって現実を見た瞬間にギアが入りましたね。そこからは、部活の練習に朝昼晩参加しながら、部活後に学校に残って予復習をするルーティーンを毎日続けました。

毎日の勉強習慣のおかげで、特別に受験勉強をすることなく大学に合格した仁張さん。
”なんでもできる”自分から振り落とされたくないという気持ちを抱えながら、それを力に変えて彼は目標を達成していった。

”なんでもできる”から離れて
もっと自分のために生きようと思った

仁張さんがギターに初めてふれたのは、大学生のころ。
昔から音楽が好きであこがれがあったが、これまで運動系の部活動しかしてこなかった彼にとって、ギターは0からの挑戦だった。

仁張さん:また新しいことができるようになりたいと思っていたし、ギターを弾けたらかっこいいなと。軽音サークルをいくつか検討したのですが、当時のサークル長の人柄に惹かれ、ここだったら初心者でも疎外感を感じずにできるかもと思ったところに入りました。

しかし、やはり経験値がある人から先輩のバンドに誘われて、いいライブを作っていく。そんな同期とは反対に上達していかない自分に、もやもやした気持ちを抱えるようになった。

仁張さん:今日辞めようかなと思った日があったんです。納得のいく演奏ができなかったときの打ち上げで、みんなが盛り上がっている景色がグレーに見えて。
でも、やっぱり悔しくて、辞めるのはできるようになってからにしよう、と思い直しました。

相棒のギター。あたたかい音の鳴りとバンドの音楽性も表すポップなフォルムが気に入っているという

それからも持ち前のストイックさで練習を続けた仁張さん。
転機が訪れたのが大学2年の時。楽譜の存在しないバンドのコピーに挑戦し、その月のライブで「よかったバンド」に初めて選ばれた。

仁張さん:1年間くらいのもやもやした気持ちとか努力とかが、全部報われたように感じました。そこからは明確にギターやバンド活動にハマっていった感覚があります。

勉強が重視されない環境になり、ギターも0から挑戦した大学生活。
”なんでもできる自分”から離れられたこの期間で、仁張さんはもっと自分のために生きようと思うようになったという。

自分の気持ちに素直に生きたくて
バンドを組んだ

大学に入ってギターに出会い、歌い奏でることにどんどんハマっていった仁張さん。
次第に、「自分で曲を作ってみたい」という気持ちが芽生えるようになったという。

仁張さん:ギターが弾けるようになってくると次は、自分で曲を作っている人を見てさらに上のコンプレックスを持つようになって。でも、自分が曲を作ってもなという気持ちもあり、踏み出せませんでした。

一歩踏み出せない仁張さんを突き動かしたのは、HumpBackのライブで聞いた「拝啓、少年よ」という曲だった。

仁張さん:ボーカルの人の語り掛けから、「夢はもう見ないのかい?」の歌い出しまでがあまりに心に刺さって、その場で泣きくずれてしまったんです。夢は見ないのかと聞かれて、素直に出てきたのが「曲を作りたいな」という気持ちでした。その帰り道に今のバンドメンバーに「一緒に曲を作らないか」と声をかけました。

大学3年生ごろから、バンドメンバーたちとの曲作りがスタート。基本的な作詞作曲は全て仁張さんが担当し、楽器隊のメンバーと細部を作り上げていく。

大好きなバンドのCDや、お気に入りの星野源さんのエッセイなどが並んでいる。音楽や言葉と共にある毎日が伺える

大学在学中から楽曲のリリースへ向け準備を進めていたが、就職のタイミングでメンバーの勤務先が全国に散らばり、一度活動を休止することに。

仁張さん:やりたい音楽を続けていくためにも、バンドで生きていくというより、会社員をしながらやろうと全員が思っていました。みんな関西配属だと思っていたので想定外でしたが、社会人生活に慣れてから再開しようという話になりました。

会社員をしながら、バンドを続ける。その前提で仕事をするとなると、どうしても仕事が疎かになってしまいそうなもの。けれど、仕事においても、なんでも全力でがんばりたい仁張さんらしい哲学があった。

大きな成功より、
小さくしあわせになるための仕事がしたい

就職活動をするとき、仁張さんが大切にしていたのが「人の生活の幸福度を上げる仕事かどうか」だった。「幸福度」について興味を持ったのも、大学生活の中でだったという。

仁張さん:大学4年生くらいに胃の調子が悪い状態が続いた時期があって。その時に、大きな成功や富を得たいというより、しあわせに暮らしたいなと漠然と思ったんです。同時に、人がどういうことでしあわせを感じるのか知りたくなりました。

パン屋巡りをする休日や、通学路で少し遠回りをして素敵な景色に出会ったりすること。仁張さん自身は、そういう小さくて平和なことにしあわせを感じるからこそ、人々の生活の中心にある「駅」に関わりたいと思った。

仁張さん:駅の周りをよい環境にしていったら、人の生活を直接的に豊かにできると思うんです。しかも、それが具体的に目に見えやすい。だから鉄道会社を選びました。

ベランダでモーニングを食べることも、小さくて平和なことを愛する仁張さんの日課のひとつ。

「最終的には人で決めた」と語る仁張さんの笑顔を見ていて、その選択は正しかったのだろうと思う。自己分析らしい自己分析はしていないと彼は言うが、自分を素直に見つめ分析し、直感も大切にするバランスが、彼の選択を確かなものにしていた。

会社員とバンド。
何かひとつに依存しないポジションが気に入っている

社会人2年目から本格的にバンド活動を再スタート。会社員生活と並行して、これまでに8曲の楽曲をリリースしている。

仁張さん:仕事も3年目になり、去年は2週間に1回大きいイベントがあるような状況で、正直本当にしんどかったです。でも、終わってから振り返るとそっちの方が幸福度が高い気がしていて。

仁張さん:やっぱり「なんでもできる」自分でいたいっていうのは今でもあるので、会社員でありバンドマンでもあるポジションが気に入っていて。何かひとつに依存せず、どっちも本気でやっている方が落ち着くんですよね。

そんな仁張さんの在り方の展望を聞くと、「去年の自分に羨ましがられること」と少し照れながら教えてくれた。

仁張さん:バンドを再開するときに、去年の自分から見て今年の自分が「なんかええな」って思われることをしようって決めたんです。だから今年も、去年よりいい仕事がしたいし、去年よりいい曲を作りたいと思っています。

今年の5月に、フェスを運営するという念願だった仕事を無事成功させている仁張さん。「だから、最近はちょっと気が抜けてます」そう言って彼は笑った。

編集部のまとめ

「やりたいことを、なんでもできるようになる」ことは、並大抵の努力でかなうことではもちろんない。きっと体力もいることだろう。

でも仁張さんがそれを成し遂げられるのは、いつも自分のことを素直に見つめようとしているからではないだろうか。

自分を素直に見つめ、自分が何にしあわせを感じるか問いかけることを諦めないことで、
分析と直感、自分と他者、遊びと仕事のバランスを心地よく取っていける。

彼はどんなときも一歩ずつ、「できる」を積み重ねていた。

それは、成功するためではなく、自分がしあわせであるために。
去年の自分より好きな自分でいるということを目標に、いつも自分のことを素直に見つめているその姿勢が、彼の眩しい笑顔を守っている。そう感じた。

STAFF
photo / text : Hinako Takezawa