#027 [2025/05.08]
わたしたちの、このごろ
自分の気持ちに耳を澄ませることの大切さを、フィンランドで教えてもらった
水野真咲さんMasaki Mizuno


こう語るのは、現在、イベントの企画・運営を手がける会社で働く水野真咲(みずの・まさき)さん、25歳だ。
転職して間もない今は、まだ手探りな日々が続く。それでも、少しずつ、自分に合う働き方の輪郭をつかもうとしている。
「これがやりたい」という強い衝動より、「ここなら無理せずにいられるかもしれない」という直感を大切にしてきたという水野さん。
彼女の過ごしてきた時間をたどることで、焦らずに生きるということの豊かさを改めて教えてもらった。
自分を守れる場所を探していた
学生時代は、「これがやりたい」と言い切れないまま、道を選んできたという水野さん。
しかし、そういう不安定さを、悪いことだと感じたことはあまりなかったという。
水野さん:無理をして何かを目指すより、「ここなら自然にいられるかも」って思える場所を選んでいた気がします。
「何者かにならなければ」という焦りよりも、「今の自分を壊さなくてもいいか」を確かめながら、できるだけ自然に選ぶことを大切にしていた。

そんな中でも、高校に入学後は、新しい世界を見てみようと、ミュージカルに取り組むコーラス部や写真部に所属したそう。しかし、のめり込む何かに出会えることはなかったという。
水野さん:何かを極めることへのあこがれもあったけど、それを自分のものにできる自信がなかったんだと思います。
気づけば、自分をあまり主張しなくていい場所を選ぶ癖がついていた。少人数の部活、気心の知れた友人、変化を求めすぎない日々……。それは、どこかで自分を守るための選択だったのかもしれない。
選ばないことを選んだ、大学生活
高校を卒業するころになっても、「これがやりたい」とはっきり言えるものはなかった。
だからこそ、水野さんが大学を選ぶ基準にしたのは、「その場所にいる自分を想像したとき、無理がないかどうか」だった。
水野さん:専門的に何かを学びたいというより、自分の感覚に合う場所を選びたかったんです。できるだけ自然体でいられるところ。変わらなきゃと思わなくていい場所。
進学したのは、社会学部。専門性が強くないぶん、いろいろな分野にふれられる自由があった。その自由さの中で、水野さんはあえて「これ」と決めすぎない選び方を続けていった。
水野さん:当時の私は、「目の前のことを一生懸命やること」をすごく大事にしていたんだと思います。授業も、「おもしろそう」と思えるものを直感で選んでいました。

焦りも少しはあったけれど、水野さんはそれすらも否定せず、今の自分を受け止めながら進もうとしていた。自分のやりたいことがはっきりしないからこそ、広く浅くいろいろなものを見ておきたかった。そうして少しずつ、自分が「大切にしたいもの」のかたちを探していった。
人との関係のあり方や
関わりしろのつくり方を学んだインターン
大学2年の春、水野さんは宮城県仙台市の介護施設で1ヵ月間のインターンを経験。
長期休暇のひとときをどこでどう過ごすか。その選択肢のひとつとして、特別なきっかけがあったわけではなかったという。
水野さん:大学で福祉の勉強をしていたこともあって、地域の人と関わる仕事にちょっと興味があったんです。大学の掲示板でインターンを見つけて、なんとなくほかの地域で過ごしてみたいなと、そんな軽い気持ちで行きました。
ところが現地で出会ったのは、「ただ介護をする」だけではない、人と人のあいだに流れる穏やかなやりとりだった。なかでも、水野さんの記憶に強く残っているのは、施設のオーナーさんのこんな言葉だった。

水野さん:「高齢者の方にも出番をつくりたい」。その言葉が、すごく印象に残っていますね。
何かをしてあげるでも、してもらうでもない。ほんの少しでも、人の役に立っていると感じられることが、その人自身の尊厳を支える。
水野さん:地域の人と協力してイベントを開いたり、入居者の方が何かを担う機会をつくったり。その光景の中に、役割を分けあうというより、役割が自然に生まれていくような関係性があったんですよね。
そのとき感じた人との関係のあり方や関わりしろのつくり方。それらはすぐに明確な目標になったわけではないけれど、水野さんが社会と関わっていくうえでの、基準のようなものになっていく。
「心がすり減ってる」と思ってしまった
ファーストキャリア
大学卒業後、将来のビジョンが明確だったわけではないが、地元に貢献したいという思いで、「地域の人と直接関われる仕事」を選んだ。
水野さん:東北のインターンで、顔の見える関係のあたたかさを感じたのが大きかったかもしれません。派手じゃなくても、日々の中で誰かとつながっていられる仕事がいいなって。
担当する地域は決まっていて、日々訪れる場所もほとんど変わらない。決して長い時間ではないけれど、繰り返されるやりとりのなかで、少しずつ人との関係が育っていく。
水野さん:「ありがとう」「また来週ね」って、ちょっとしたやりとりがあるだけで、心がほぐれるんです。顔見知りになっていく感じが心地よくて。
しかし、そうしたやりがいの裏で、日々の業務は想像以上に体力を要するものだった。慌ただしく動き続ける毎日のなかで、「どれだけ無理がきくか」が評価につながってしまうような空気もあった。
水野さん:誰かの役に立てることはうれしかったけど、ふと立ち止まったときに、自分のことをどこかに置き去りにしているような感覚に気づきました。もっと自分を大事にしてもいいのかもしれないって。
二年半働いた末、次の行き先を決めずに「一度立ち止まる」ことを選び、退職を決意した。
フィンランドで、自分を取り戻す旅に出た
退職後、心もからだも少し疲れていた水野さん。
そんななか、ふとフィンランドへひとり旅に出ることにしたそう。
というのも、漠然とフィンランドの人の働き方やライフスタイルから、次の仕事につながるヒントが見つかるかもしれないと思ったという。
さらに、友人が「初めてまた訪れたいと思った場所だった」と言っていたのも彼女の背中を押した。
水野さん:具体的に「ここが役立ちそう!」というものはなかったんです。ただ、なんとなく自分の感覚を取り戻せる気がして。

現地では、働き方やウェルビーイングをテーマにしたツアーにも参加した。
働く人が、まず自分を大切にするという価値観を持ち、それを社会もそれを支えている。その風景に、どこかあこがれのような気持ちが湧いてきた。
水野さん:自分のペースで働いて、自分の時間もちゃんと持っていて。人と比べるというより、自分が穏やかでいられるかを大事にしている感じがしたんです。

滞在中、静かな冬の空気に包まれながら体験した「クラフト」の時間も忘れられないという。ただ黙って、指先に集中しながら、ゆっくりと糸を編んで作品を作る。その沈黙が、逆に心をほどいてくれた。
水野さん:フィンランドの暗くて長い冬のなかで、みんな自分なりの灯りを見つけているような感じがしました。
フィンランドで気づいたのは、自分の気持ちにちゃんと耳を澄ますことの大切さだった。
水野さん:無理にがんばらなくても、ただ静かにいるだけで許される感じ。もっと自分をいたわっていいんだなって思えたんです。
それは、何かを得たというより、水野さんのなかにずっとあった感覚を拾い直すような時間だった。
自分を大切にする働き方を実現したい
フィンランド最終日。偶然見た求人情報で、今の会社の存在を知った。
働く人を対象としたイベントを企画する会社。これまで自分が感じてきたものが重なる気がして、すぐに応募したそう。
水野さん:実際に働いてみて、周囲の人たちがいい意味で放っておいてくれるんです。気にかけてくれて入るけど、監視はしないというか。するべき仕事はこなすけど、決められた締め切りまでの時間配分は、自分の裁量。そういう自由さが心地いい。
転職後まもなくの今は、まだまだ学ぶことだらけだ。けれど、その働き方のなかに、確かにあの旅の記憶が息づいている。
また、フィンランドから帰国後、水野さんはもうひとつの新しい試みを始めている。
それはコミュニティスペースで小さなイベントを開催すること。テーマは、フィンランドで出会った「自分を大切にする暮らし」を伝えるというもの。その第一歩として選んだのが、現地での体験に似たマクラメ編みだった。

水野さん:黙って手を動かすだけなんですけど、その時間がよかったって言ってくれる人がいて。ああ、こういう感覚を共有したかったんだなって思いました。
静けさや余白を大事にする生き方をたくさんの人に伝えていきたい。
これからも、自分のペースで、そんな場を少しずつつくっていきますと、水野さんは話してくれた。
やりたいことは? 将来の目標は?
何かを語れないと、不安になってしまう。
そんなふうに、自分を急かしてきたのは他でもない、私自身だった。
けれど水野さんは、「言えない」ことを、「言わないままにしておく」強さを持っていた。
焦らず、はっきりさせすぎず、でも丁寧に選びながら、生きている。
その姿に、見て見ぬふりをしてきた自分の本当の気持ちと改めて向き合ってみたいと思った。
私たちはもっと曖昧なまま生きてもいいのかもしれない。
STAFF
photo / text : Nana Nose