フェリシモCompany60th

誰かの心が少し軽くなる言葉を届けたい。新生活の揺らぎにも寄り添う、若い世代のリアルから生まれた部活動 “ことば部”~フェリシモことば部メンバーにインタビュー~【後編】

川内玲美さんと藤瀧碧さん

― フェリシモの商品・サービス企画の根底にあるサステナビリティ・ストーリー ―

事業性、独創性、社会性が交わり合い生み出されるフェリシモならではの商品やサービス。
この連載では「社会性」にフォーカスし、プロジェクト担当者たちの想いをお伝えしています。

今回は、20代のメンバーを主軸に活動中の部活「フェリシモことば部」をご紹介しています。前半では、部活動発足のきっかけやコンテンツに込めた思いについてお話いただきました。後編では、もう少し踏み込んだ個人的なお話にふれながら、お二人の言葉とのつきあい方についてお聞きしています。

話し手:川内玲美さん、藤瀧碧さん
聞き手:フェリシモしあわせ共創事務局

インタビュー前編はこちら

言葉があるから立ち止まり、見つめ直すことができる

ことば部の活動の原点には、メンバーそれぞれの「言葉に救われた経験」もあるようです。

言葉は、映画にもドラマにも演劇にも日常にもあふれています。
そして、自身から求める言葉だけでなく、SNSにあふれる情報や感情、仕事で求められる言葉の正確さ。必要だと理解しながらも、言葉に追われる日々のなかで、息苦しさを感じてしまうこともあるのではないでしょうか。

こうした社会において、言葉が人の心にどのような影響を与えているのかを見つめ直すことは、今あらためて重要なことなのかもしれません。

フェリシモことば部 お守りみたいなことばを集める めぶくしおり

川内:学生時代に、漠然とした不安を抱えていた時期に、梶井基次郎さんの『檸檬』をたまたま読んでいて。そのときに出会った「えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧(おさ)え つけていた」(梶井基次郎『檸檬』より)という一節によって、内在していたもやもやとした感情の解像度が上がったんです。言いようのないそれが「えたいのしれない不吉な塊」という言葉を持って実体となった気がしました。わからないから不安になる。名前が付くと対処法を自分で見つけられるような気がして、それにすごく救われました。

それ以来、『檸檬』は、気持ちの浮き沈みがあるときに読み返す大事な一冊になっているのだとか。

藤瀧:本を読んでいると、自分の気持ちの写し鏡みたいに、「あ、これ今の自分だ」と気づく瞬間があります。こういう、言葉によって、気づいていなかった感情に輪郭を与えられたり、すくい上げるような感覚がすごく好きなんです。それに、ネガティブな気持ちすらも彩りの一つだと思えるから、自分の感情や経験の全部を大切にしたいなって。

川内さんと藤瀧さん

効率や正確さを求められるからこそ、余白を大事にしたい

ことば部は、こうした個人的な体験を出発点に、言葉が人の心に与える力を大切にしながら、読み手とともに言葉を交わしていく活動を行っています。

一方で、現代の言葉を取り巻く環境は大きく変化し、言葉に求められる役割も変わりつつあります。情報があふれ、仕事も効率化が求められる状況に疲れを感じてしまう人も少なくありません。川内さんは、自身もそのひとりだといいます。

川内:例えばSNSでは、表明したことがすべてになってしまうような感覚があります。言葉との向き合い方はどんどん変わってきていると思います。

川内玲美さん

だからこそ、お二人が携わる編集業務では、伝えるべきことを明確にしながらも、言葉を断定しすぎず、受け取る人それぞれの解釈の余地を残すことを大切にしているといいます。

藤瀧:誤解がないように“明言”することは大事なことではありますが、言葉の世界って、どう解釈しても正解、みたいなところもあると思うんです。効率や正確さが重視される社会において、「曖昧さ」や「余白」は削ぎ落とされがちですが、私たちことば部はそこを大事にしたいなって。

一つの正解に絞るのではなく、読み手が自分なりに受け取れる言葉を届けたいという意識。ことば部は、その余白こそが言葉の魅力であり、人の心に寄り添う力だと捉えています。

月に1回更新される#ことば部だよりは藤瀧さんが担当。「好きと嫌いとマイルール、自我と自意識にがんじがらめのぐるぐる人生」を謳歌中の部員による#タケナカのこれ思てんねん。は、ひと癖ある視点に引き込まれ、じわっと余韻が残ります。
月に1回更新される#ことば部だよりは藤瀧さんが担当。「好きと嫌いとマイルール、自我と自意識にがんじがらめのぐるぐる人生」を謳歌中の部員による#タケナカのこれ思てんねん。は、ひと癖ある視点に引き込まれ、じわっと余韻が残ります。

自分なりの言葉を持つことがきっと救いになる

お二人の仕事や部活の性質上、個人の感情や経験を言葉にし、社会と共有していく場面も少なくないなかで、言葉にすることの難しさや、ためらいといった感情とどのように付き合っているのでしょうか。

藤瀧:自分の思っていることの全部をそのまま書くのは違うし、かといって表面的すぎても、読んでいる人には刺さらない。読み手を意識しすぎることで、結果的に表現がぼんやりとしてしまうところもあるよねとレミたんさん(川内さん)とも話したことがあって。

どうチューニングして言葉を届けていくのか。読み手の受け取り方をすべてコントロールすることはできないからこそ、言葉を社会に発信することには、常に緊張感が伴います。

藤瀧碧さん

一方で、その緊張感と同時に、言葉を持つことへの期待感もあるといいます。

川内:自分の内面にとどめていたとしても、発信したとしても。自分の中から生まれる独自の言葉は、それを抱えて生きているだけでも自分自身の救いになると思うんです。 だから、お客さまをはじめ読み手の皆さまとともに、その言葉探しをできればいいなと常に思っています。

ことば部は、そうした言葉を見つけるプロセスをも共有できる場になっているのかもしれません。

言葉で、誰かの心にそっと寄り添い続けていく

個人的な生活者としての思いと、企業としての責任。その両方を背負いながら言葉を探し続けているお二人。そのあいだに立つことの難しさを、業務においても部活動においても、日々感じているといいます。

藤瀧:両方の視点を持ちながら、どこかに親しみや共感ポイントを入れるように心がけています。

川内:メディアを通すからこそ、個々の思想や趣味がより生き生きとしたり、磨かれていったりという側面もあると考えながら、日々紡ぐ言葉を探しています。

フェリシモ ことば部
個性を活かしたいろいろなコンテンツをWebにて発信中

今後は、短歌賞などの企画を継続しながら、もっと多くの方に参加していただけるような仕掛けもいろいろと企画中。また、言葉そのものへの関心も深めていきたいといいます。

川内:知らないうちに消えていっている言葉もあると思うので、日本語の魅力をもう一度考え直すようなコンテンツも発信できたらいいなと思っています。

「どんなときも、安心できる場所でありたい」と語るたっきー部長のもと、「誰かの心にそっと寄り添う言葉」を大切にしながら、メンバーそれぞれの感性や視点を重ね合わせたコンテンツを、ことば部らしいペースでさらに育んでいきます。

この記事をシェアする
Twitter
Facebook
LINE

コメント

内容に問題なければ、下記の「コメントを送信する」ボタンを押してください。

コメントを投稿する
ページトップへ戻る