わたしのままで、歩いてく。

#003[2026/05.21]

わたしのままで、歩いてく。

なんでもやっちゃえばいい。
道は、やりながらできていくから

山田真輝(『BETTE』経営者)さんMasaki Yamada

現在、兵庫県を拠点に、ビーツの食品メーカー「BETTE」を経営する山田真輝さん、32歳。

農薬不使用で育てたビーツを、水煮、スムージー、甘酒、ジェラートなどに加工し、スポーツ選手や健康・美容に関心のある人たちへと届けている。同時に、農業や地場産業、地域づくりの分野に特化したプロジェクトマネージャーとしても活動してきた。

一見すると複数の仕事を並行しているように見えるが、その根底には一貫して「食と農業」がある。

「“都市を追いかける地方”ではなく、地域の中で別の豊かさをどうつくるか。それが大きなテーマです」

その問いは、自分の名前で働きはじめる以前から、少しずつ形づくられてきたものだった。

食を探求することが、
別の豊かさを見つけるヒントになる

山田さんが「別の豊かさ」について考えるようになった原点は、大学時代に休学して訪れたインドにあるという。当時、彼が関わっていたのは、紛争解決や平和構築に取り組むNGOだった。

国と国、地域と地域、宗教と宗教、あるいは家族や自分自身の中にある対立。その間に入り、わだかまりをほどき、新しい方向へ進む場をつくる。

山田さん:人と対話することで、何か新しい方向にものごとが動いたり、わだかまりが解けたりする。そういう場づくりに興味がありました。でも、インドで見たのは、そういった対立だけではなかったんです。

多くの人が豊かな暮らしにあこがれる一方で、貧富の差は大きく、地球の資源にも限りがある。

山田さん:あこがれを持って、それを目指すことは大切だと思います。でも、経済的にも、環境的にも、全員がその暮らしをするのはむずかしい。

山田さんのロールモデルだという、インド出身の宗教家、マハトマ・ガンディー

だれもが同じ豊かさに到達できないのなら、別の方向に豊かさを見つけることはできないのか。その視点は、日本の課題とも重なった。

山田さん:日本に目を向けると、都市と地方の関係や、農業生産の問題、生産者がいなくなっていることなど、いろんな課題がある。食を探求することが、「別の豊かさ」を見つけ出すヒントになると思いました。

いいものが、ちゃんと届かない悔しさ
最後の1%をともにつくりたい

インドで得た感覚は、大学時代から関わり、卒業後もそのまま運営として働いていたファーマーズマーケットで、より具体的になっていく。

山田さん:ファーマーズマーケットは、食のメディアとしての側面もあります。さまざまなジャンルのフェスを企画したりしながら、全国のおもしろい生産者、食に携わる人たちと出会いました。

ファーマーズマーケット時代(画像提供:山田さん)

それでも、運営は楽しいだけではなかったと振り返る。あるとき、お茶をつくる生産者と出会い、畑まで足を運び、話を聞き、マーケットに来てほしいと声をかけた。しかし、お茶はおいしかったにも関わらず、当日はあまり売れず、生産者はしょんぼりして帰っていったのだそう。

山田さん:本当に申し訳ない気持ちになりました。同時に、いいものを作っているのに、伝え方や見せ方、最後の1%のところに課題を感じている生産者がいるとも思ったんです。

売る場所をつくることはできても、いいものがちゃんと届くためには、それだけでは足りない。もっと生産の現場に近いところから関わり、伝え方や見せ方まで含めて流れをつくれないか。そのとき、山田さんが身につけたいと思ったのが「デザイン」の力だった。

足りていなかったのは、
実際にものをつくり、
売る人と同じ目線に立つことだった

2019年、農業や食、伝統産業に関わるデザインを学びたいと考え、兵庫県の地場産業とともにプロダクトをつくる神戸のデザイン事務所に入った山田さん。

山田さん:デザインを学びたいと思って飛び込んだものの、実際にはデザインの経験があるわけではないので、商品の流通や展示会への出展、取引先の開拓、販売管理などを担当しました。すごく勉強になったし、いい経験もたくさんさせてもらいましたが、だんだんと別の想いが芽生えてきて。デザインの知識がない分、役に立っていないという気持ちも募っていき、企画者が別にいると、自分はモチベーションが低くなってしまうことも分かってきた。やっぱり自分は、企画運営に特化した方がいいのかもしれないと思いました。

友人がつくってくれたという、お気に入りの本棚

「自分の価値はどこで出せるのか」。その問いに答えが出ないまま、山田さんはデザイン事務所を離れることに。そんな中、追い打ちをかけるように、時代はコロナ禍へ。先行きも見えず、山田さんは東京へ戻ることも考えたという。

山田さん:その当時は苦しかったですね。毎週のように夜行バスに乗って、関東に住む学生時代の友人に会いに行っていました。彼らとは、仕事の話をしなくていい。ただバカな話をしている時間が救いでした。

つらいときに会いに行っていた、学生時代の友人たち

そんな揺らぎのなかで、神戸に引き止めるような出会いがいくつも重なる。「うちで働いてみない?」と声をかけてもらったり、ある農家からは「畑においでよ」と誘われたり。畑に通い、手を動かし、採れた野菜を分けてもらう。そんな神戸での人との関わりの中で、食や農業との距離はむしろ近づき、次第に東京に戻るという選択肢は遠のいていった。

山田さん:流れに身を任せるように、神戸に軸足を置いて、もう少しがんばってみようと思いました。

そうしたつながりの延長で、ある食のイベントにプロジェクトマネージャーとして関わったとき、大きなつまずきを経験したそう。参加者には喜ばれた一方で、生産者や関係者に対しては、説明や合意形成が足りていなかったという。

山田さん:相手の気持ちを置き去りにして、プロジェクトとして成立させることを優先してしまっていたんです。

いいものをつくることと、関わる人に向き合うことは、同じではない。食に関わる仕事を続けるために必要だったのは、デザインや見せ方の技術以上に、実際につくり、売り、届ける人たちと同じ目線に立つことだったのかもしれない。

山田さん:ある人から『あなたはコンサルではなく、事業をやりなさい』と言われました。当時は意味がわからなかったけれど、今はよくわかります。外から提案するだけでは見えないことが、自分で事業をやると見えてくる。

自分の「いい」と、
世の中の「いい」は違った

個人事業のプロジェクトマネージャーとして、地場産業に関わり続ける傍ら、2023年、山田さんはビーツの食品メーカー「BETTE」を立ち上げた。

地域の農家さんとともに農薬不使用でビーツを育て、加工し、日々の暮らしに取り入れやすい形にして届ける。そこには、多くの人に地域農業との接点をつくりたいという思いがある。
しかし今は、自分が「いい」と思うものと、世の中が「いい」と思うもののギャップをどう埋めるかが、いちばんの課題だという。

山田さん:売れないバンドマンと同じで、自分ではいいと思っていても、世の中にいいと思ってもらえるとは限らない。受け取る人がいて初めて成り立つので。自分が目指している景色にはまだ程遠いのが現状です。いろんなことに挑戦しながら、ちゃんと届けるところまでをしっかりやっていかないといけない。

「いいものだから売れる」とは限らない。ストーリーがいい、共感できる。それも大切だけれど、本当に自分が求めているものだから買いたいと思ってもらえる商品にしていくために、日々奮闘中だ。

BETTEが初めて作った商品である、ビーツの水煮

山田さん:本当に愛されるものができたら、ビーツをもっとたくさんの生産者から買えるようになる。地域農業とみんなの暮らしを近づけるために、へこたれずにがんばっていきたいです。

やっちゃえばいい。
なりきりながら、道をつくる

私生活では、2022年に結婚し、子どもが生まれ、父親にもなった山田さん。
BETTEを始め、プロジェクトマネージャーとしても働き、家族もいる。聞いているこちらが少し心配になるほど、いくつものことが同時に進んでいる。でも本人は、いつも軽やかだ。

山田さん:結婚も子育ても、やってみればわかる、という感じ。会社を辞めるとか、会社を立ち上げるとか、やったことがなければイメージが湧かないことってたくさんあると思うんです。でも、やってみたらできた、ということも結構あって。

経験や実績がないのに、やっていいのだろうか。そんな不安は、多くの人が抱えるものだ。山田さん自身も、何かを始めるたびに、その問いと向き合ってきたという。けれど今、彼ははっきりと言う。

山田さん:なんでもやっちゃえばいいと思います。

その言葉には、根拠のない楽観ではなく、自分で何度も飛び込んできた人の実感がある。

山田さん: “Fake it till you make it” という言葉がありますよね。できないではなく、できるふうを装う。なりきることも、ときには重要だと思います。

もちろん、装うだけでいいわけではない。学び続けること、失敗すること、改善すること。その繰り返しの中で、少しずつ本当になりたい自分になっていく。

山田さん:
20代はなりきりながらめちゃくちゃ学んで、30代はひたすらチャレンジしていく。そういうことができたら楽しいなと思っています。

あとがき

山田さんの話を聞いていると、「自分で道をつくる」ということは、何もかもを自分の力だけで切り開くことではないのだと思えてくる。
人に紹介され、声をかけられ、うまくいかずに悩み、それでも食と農業という軸だけは手放さずに、流れに乗ってきた。
そうして辿り着いた今の場所で、彼はビーツという作物を通して、地域農業と人々の暮らしを近づけようとしている。

「やっちゃえばいい」という軽やかな言葉の奥には、たくさん悩み、たくさん失敗し、それでもやってみることでしか見えない景色を知っている人の強さがある。

20代で学び、30代でチャレンジする。
山田さんは今日も、まだ名前のついていない道の上を、ずんずん歩いている。

STAFF
photo / text : Nana Nose