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推し事現場のあの仕事ー高橋亜子さんー

原詞を日本語に紡ぎ直すのは難解で楽しいパズルを解くよう~ミュージカル「訳詞」のお仕事 ー高橋 亜子さん(前編)ー【連載】推し事現場のあの仕事 #003

わたしたちの“推し”が輝いている劇場やライブ会場などの”現場”。そこではふだんスポットライトを浴びることが少ない、多くの人々によって作品が作られています。本連載では、現場の裏側から作品を支える様々なクリエイターたちに焦点を当て、現場でのモロモロや創作過程のエピソードなど、さまざまな“お仕事トーク”を深掘りしていきます。

第3回目のゲストは、ミュージカル『ビリー・エリオット ~リトル・ダンサー~』『パレード』『デスノート THE MUSICAL』など、さまざまな作品の訳詞や翻訳を手掛け、新作オリジナルミュージカル『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』では脚本と作詞を担う高橋 亜子(たかはし あこ)さん。インタビュー前編では海外ミュージカル作品における訳詞制作の過程や現場でのセッションについて伺いました(編集部)

高橋亜子さん

高橋 亜子さん

海外ミュージカルの日本語歌詞ができるまで

――海外ミュージカル作品における「訳詞」のお仕事について基本的なところから教えてください。高橋さんはどういう流れで作品制作に関わっていくのでしょうか?

高橋 最初に上演作品の英語のスクリプト(台本)と、ボーカルスコア(楽譜)が届きます。作業としてはスクリプトを読み、作品の全体像を理解したところで、登場人物たちが歌う楽曲がどういう場面で流れるのか、その楽曲にはどんな意味があるのかを資料と照らし合わせながら考え、歌詞を1小節ずつ日本語に置き換えていくところからはじめます。

――原詞に日本語歌詞がつけられた段階で、高橋さんを含めたクリエイター陣による訳詞(歌詞)検証会が開かれるんですね。

高橋 基本的にはそうです。演出家と音楽監督と歌唱指導の方とプロデューサーと私と、あとは実際に歌って下さる方とで1曲ずつ検討していきます。

――そこでそれぞれが気になった箇所や改善点を話し合う。

高橋 私は実際に歌として聴いた時の語感や印象をチェックしますし、音楽監督さんからは、スコアとしての整合性に指摘が入ることもあります。演出家さんは英語の原詞の意味と訳詞の齟齬にこだわる方が多い気もしますね。そんな感じで、それぞれが気になったポイントをどういう方向に修正すれば楽曲の真意がより伝わるのかを話し合い、皆ですり合わせていきます。

――この訳詞(歌詞)検証会は、大体、開幕のどのくらい前に行われるものなのでしょうか。

高橋 作品によってまちまちですが、だいたい半年前くらいです。その検証会を経て、音楽監督さんが正式なスコアを作成しますから。でも、みなさんのスケジュールの都合で稽古に入る直前の開催になることもたまにありますよ。

――検証会を経て、訳詞が大体固まった後のお稽古には参加されますか?

高橋 今はコロナ禍で稽古場に入れる人数も制限されており、難しい時もありますが、特に作品が初演の場合は、可能な限り歌稽古にも立ち会うようにしています。

――歌稽古の時に、俳優さんから日本語歌詞について提案があったりすることも?

高橋 俳優さんにもよりますが、結構ありますね。私はプレイヤー視点で意見が出て、そこから一緒に日本語の歌詞をアップデートしていく作業をおもしろく思うタイプなので、そういう方がキャスティングされている作品の歌稽古はワクワクします。また、立ち稽古に入ってからも演出家やキャストから、より感情に沿った歌詞への相談がくることもあります。

ミュージカル『蜘蛛女のキス』香盤表

歌詞を訳す作業はパズルに似ている

――そういうセッションの中で、最初に提出したものと上演時で訳詞がガラっと変わるバージョンもありそうですね。

高橋 たとえば『デスノート THE MUSICAL』の「愚かな愛」はそうでした。

――初演で濱田めぐみさんが演じた死神・レムが歌うナンバー。

デスノート THE MUSICAL

『デスノート THE MUSICAL』 (C)大場つぐみ・小畑健/集英社(提供 ホリプロ)

高橋 初演の歌稽古の時に、濱田さん含め、主要スタッフでこの楽曲について話し合い、原詞の本意を損なわない形で一から訳詞を構成し直しました。レムの心情を読み取り、「愛」という単語を一切使わず、深い「愛」を表現する歌詞を目指したんです。

――確かに「愚かな愛」の日本語歌詞、そのものの言葉がほぼなくても、究極の「愛」が歌われていると思いました。たとえば、2021年に日本でも上演された『ジャック・ザ・リッパー』は、チェコで生まれ、韓国でヒットしたミュージカルです。こういう場合、どの言語で最初の資料が届くのですか?

高橋 それは主催がどのバージョンの権利を買っているかで違います。今回の日本上演は韓国版がベースになっているので、韓国語が日本語に下訳されたものが届きました。

――客席で舞台を観ていると、訳詞でもっとも大変なのは、メロディに的確な言葉を当てはめていくことだと感じます。そのあたり、どうでしょう。

高橋 あ、私、その作業がとても好きなんです(笑)。まるでパズルを解いているみたいで。
メロディの切れ目と歌詞の切れ目を合わせることや、曲の山場と歌詞の山場を合わせることを特に意識しながら、意味やイントネーションが合う言葉を探していきます。

――訳詞を立ち上げる過程でちょっと困っちゃうオーダーもあったりしそうです。

高橋 元の訳詞より1文字足した言葉を提案されたりすると困りますね(笑)。その1文字を増やすために、前後の8小節くらいを修正しなければならないケースもあるので。

――1文字プラスで8小節修正!メロディに言葉を当てはめる作業の繊細さ……高橋さんがミュージカルの「訳詞」で参加して、もっとも大変だった作品をうかがいたいです。

高橋 うーん、『パレード』と『ジャージー・ボーイズ』でしょうか。

――『パレード』は1900年代初頭のアメリカ・アトランタが舞台。南部の人種問題や当時の政治情勢が複雑に絡み合った作品で、物語の枠組みを咀嚼するのに大変なところもありました。

高橋 本当にその通りで、まず台本を読み込むのに苦労しましたし、音楽も非常に複雑ですごく手ごわかったです。それこそ、当時のアメリカの歴史的背景みたいなところから勉強しないといけなくて、日本にはない状況をどう訳すかにも苦心した記憶があります。

パレード舞台写真

『パレード』(撮影:宮川舞子 /提供 ホリプロ )

――『ジャージー・ボーイズ』は実在のグループ、「ザ・フォーシーズンズ」の半生を描いた「カタログミュージカル」(=既存の楽曲を使用し、物語に当てはめるミュージカル)ですね。

高橋 『ジャージー・ボーイズ』は、フォーシーズンズが実際に歌った歌詞の内容がそのまま脚本に綺麗にリンクしていて、英語だとスっと繋がるところが、日本語に訳すとそのバランスを保つのに難しい箇所がかなりありました。またこの作品は、台本の“翻訳”と歌の“訳詞”の担当者が分かれていたので、同じ英単語の訳し方やニュアンスのすり合わせにも苦心した記憶があります。

――『パレード』も『ジャージー・ボーイズ』も、初演時は開幕後の口コミ評価が高くて、上演期間の後半にはチケットが取れなくなりました。

高橋 それはうれしいですよね。苦労した分、大きく羽ばたいてくれたんだな、って。

印象に残っている現場と新作オリジナルミュージカル

――そして新作オリジナルミュージカル『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』では脚本と作詞を担当なさいます。この場合、作曲担当のフランク・ワイルドホーンさんが作った音楽に、高橋さんが直接歌詞をつけるのですか?

高橋 それが今回は、紆余曲折がありまして(笑)、ちょっとおもしろい形になったんです。

――気になります!

フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~

『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』(提供 ホリプロ)

 

高橋 当初は私が日本語の歌詞を書き、それをワイルドホーンさんの仕事仲間の作詞家さんが英語の歌詞に直して、その英語の歌詞に合わせてワイルドホーンさんが作曲した曲に、私が日本語の歌詞をつけ直す……という作業を予定していて、まずはニューヨークで打ち合わせをするはずだったのですが、コロナ禍になってしまい……。

――ああ、それはいろいろな予定の変更を余儀なくされますね。

高橋 特に海外への行き来は厳しくなりました。ワイルドホーンさんも自宅にいる時間が長くなったからなのか、私の台本の英訳を元に曲を作り始め、イマジネーションが湧くたびに「こんな曲ができた!」「これは冒頭の場面にどう?」「ねえねえ、こんなのも作ってみたよ!」って、怒涛のように楽曲を送ってきてくれて。

――“ゾーン”に入っちゃった。

高橋 そうそう(笑)。それで今回は、脚本も私が執筆するので、楽曲からイメージをもらい、彼が作ってくれた曲を使ってどんどん台本を書き直していき、必要な場合は追加で楽曲をオーダーするという形に落ち着きました。

――ワイルドホーンさんとの想定外のセッションが成立したんですね。これまで高橋さんが手掛けられた作品で、特に思い入れが深いものがあれば教えてください。

高橋 訳詞に関していえば『ビリー・エリオット』でしょうか。海外で上演されていた時から大好きだったので、お話をいただいた時は信じられないくらいうれしかったです。

――『ビリー・エリオット ~リトル・ダンサー~』は1年以上かけて子役たちを養成する長期間プロジェクト。

ビリー・エリオット

『ビリー・エリオット ~リトル・ダンサー~』(撮影:宮川舞子/提供 ホリプロ)

高橋 それもあって、海外のクリエイティブスタッフがかなり早い段階で来日していたんです。なので、長期間にわたって彼らとディスカッションしながら作品作りに参加できたのはとても幸福な体験でした。作って話し合って、直してまた話し合って……。

高橋 訳詞や翻訳って、基本、ひとりで台本や楽譜を読み込んで作品の中に入っていく一人旅のような仕事なんです。だから、質問や疑問を投げればすぐに答えが返ってきて、そこからいろいろなことを発展させていける現場に参加できたのは楽しかったです。

――高橋さんが思う「訳詞にとって1番大切なこと」ってなんでしょう。

高橋 わあ、難しいですね(笑)。でも、1番って考えるとメロディと沿っていることかな。お客さんが劇中の歌を聴いた時に、変な引っかかりを感じてしまわないように、その曲が元々、外国語で書かれた詞であることを忘れて、登場人物が歌で紡ぐ感情をちゃんと受け取ってもらえるような歌詞を意識し、訳しています。

高橋亜子さん

高橋亜子さんインタビュー後編では、さらに深い「訳詞」のお仕事現場トークに加え、意外な経歴やご自身の“推し”についてもうかがいます!

取材・文・撮影=上村由紀子

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