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二次元と三次元、両方のファンに愛されるビジュアルを創りだす「宣伝美術」のお仕事 ー羽尾万里子さん(前編)ー【連載】推し事現場のあの仕事 #002

わたしたちの“推し”が輝いている劇場やライブ会場といった”現場”。そこではふだんスポットライトを浴びることが少ない、多くの人々によって作品が作られています。本連載では、現場の裏側から作品を支える様々なクリエイターたちに焦点を当て、現場でのモロモロや創作過程のエピソードなど、さまざまな“お仕事トーク”を深掘りしていきます。

第2回目のゲストは、舞台『刀剣乱舞』、『魔法使いの約束』、『幽☆遊☆白書』、ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』など、さまざまな舞台作品の宣伝美術を手掛けるグラフィックデザイナーの羽尾 万里子(はお まりこ)さん。

インタビュー前編では主に2.5次元舞台における宣伝美術の製作についてうかがいました。(編集部)

羽尾万里子さん

羽尾万里子さん

 

多岐にわたる宣伝美術の仕事内容

――羽尾さんのお仕事、舞台作品における“宣伝美術”が、どこからどこまでを指すのか教えていただけますか。

羽尾 作品によっても異なりますが、ティザー(予告的なビジュアル)から、チラシやポスター、Webサイト等で出るキービジュアル作成に加え、パンフレットやグッズのデザインも担当させていただいています。

羽尾さんがデザインを手がけられた舞台パンフレットの一部

羽尾さんがデザインを手がけられた舞台パンフレットの一部

――私たち観客が最初に目にする作品イメージを創造するお仕事なんですね。

羽尾 そう言っていただくと責任重大ですね(笑)。

――お仕事の流れとしては、まず主催会社や制作会社からオファーがあり、宣伝美術のプロジェクトが動きだす感じでしょうか。

羽尾 私が多く担当させていただいている2.5次元作品などの、いわゆる商業的なものはそうですね。劇団公演だと主宰者から直接連絡が来たりもします。

――そこから打ち合わせが始まる。

羽尾 開幕から逆算する形で、告知スタートはいつ頃、ビジュアル撮影はこのタイミング……といったスケジュール的なことから、作品が持つイメージをどう宣伝物に反映させていくか、みたいなこともチームで詰めていきます。カメラマンの選定もこの時期になることが多いです。

――その時点だと主演俳優含め、主要なキャストはすでに決まっていますよね。

羽尾 宣伝美術チームが動き出す段階では、2番手くらいまでの俳優さんは決定していますね。ただ、たとえば、助演のこの枠をダブルキャストにするのかシングルで行くのか……みたいなことが明確になっていない場合もあって、宣伝用のビジュアルを製作する上で、ラフ(手書きのイメージ図)をいろいろなパターンで出してほしいとオーダーされることもあります。

――おお!それは大変。そういう打ち合わせや会議の席で、キャスティングについて、羽尾さんが意見を聞かれたりすることはありますか?

羽尾 基本的にはないです(笑)。でも、2.5次元作品にはいろいろなキャラクターが登場するので「△△役にハマる体型の人知らない?」みたいに聞かれて「この前観た□□さんはぴったりかも!」とか「××さん、あの作品ですごく素敵でした!」と雑談的にお話することはたまーにあります。

――そういう雑談の中で推薦した俳優さんが実際にキャスティングされたらテンション上がりますね!

羽尾 ですね(笑)。そしてこれは責任重大……って勝手に思ったり。いやでも、自分が推した俳優さんが舞台上で輝く姿を見られた時は嬉しいです。

作品に登場するキャラクターの“再現性”を突き詰めていく

――宣伝用のビジュアルの製作開始時期が公演の約1年前~半年前くらいだとして、その段階だとまだ台本は上がっていないと思います。そこからどう作品イメージを膨らませるのでしょうか。

羽尾 ビジュアル製作開始の段階だと、台本はほぼ出来ていないですね、よくてプロット(大体のあらすじ)があるくらい。ですが、2.5次元作品の場合、原作のどの部分が舞台化されるかは、かなり以前から決まっていますので、全体のイメージはとても掴みやすいです。ああ、今回は原作の4巻から7巻までをやるのね、じゃあ、シリアスな展開になりそうだな……みたいな。

――なるほど、そこは完全オリジナル作品との大きな違いですね。作品の世界観を具現化する上で重要な役割を担うカメラマンさんはどういう形で決まるのですか?

羽尾 それもケース・バイ・ケースです。私にお任せいただける時はこちらで作品に合った方を選定しますし、主催者側に「こういう写真が欲しい」と強いイメージがある場合は、そこに合致する人を推薦します。もちろん、最初からカメラマンさんが決まっているバージョンもあります。

羽尾万里子さん

――羽尾さんが多く手掛けられている2.5次元作品の宣伝美術で1番難しいと感じるのは、やはりキャラクターの再現性でしょうか。

羽尾 それは勿論ありますね。あとは、原作ファンの方とキャラクターを演じる俳優さんファンの方それぞれに、舞台版を愛してもらうにはどんなビジュアルを作ればいいのか詰めていくことでしょうか。ここは毎回、悩みどころです。

――ああ、わかります!さまざまな方向からくる“愛”の話ですね。

羽尾 そうなんですよ、いろいろな“愛”がぶつからないよう、ビジュアル製作の上でどうすればいいのかとことん考えます。私自身が漫画などの二次元作品が大好きなので、原作ファンと俳優さんファン、両方の気持ちを汲み取ったビジュアルを世に出したいんです。

――再現性でいえば、ビジュアル撮影時のヘアメイクさんとの連携も大事になる気がします。

羽尾 皆さんプロなので、基本的にはお任せですが、原作ファンの視点で「あ、ここはこうして欲しいです」と現場でお伝えすることはあります。「前髪の角度を左側にあと10度傾かせたい」とか「このキャラクターは吊り目なので、アイラインをもっと上に向けて引いてほしい」とか(笑)。

――そこは引けない部分ですよね(笑)。

羽尾 ですね(笑)。ビジュアル撮影も、慣れている俳優さんだとほぼお任せで、心の中で「よき、よき」と頷きながら見守っていますが、殺陣などに慣れていない俳優さんにはディレクション的なことをすることもあります。

――どんな風に?

羽尾 2.5次元作品に関わって長くなると、たとえば普段の生活で触れることのない槍の構え方なども、自然とカッコよく見えるパターンの引き出しができてくるんです(笑)。なので、不慣れな俳優さんには「こう持った方が映える」的なことをお伝えしたりはします。ビジュアル撮影ではある程度、動きも必要になってくるので、その点でもアドバイスをさせてもらったり。

1番大変だった現場と1番うれしかったこと

――そんな羽尾さんが1番大変だった現場のエピソードがあればぜひ。

羽尾 笑い話的なことでいえば、とある作品で3日間くらいホテルに泊まりこみ、近くにある神社で撮影をしたことですね。毎晩24時に撮影が終了して、翌朝4時に集合、全然寝れてない、みたいな(笑)。おまけに真夏だったので、炎天下の撮影では全身がドロドロになりました。

――ひぃ、溶けますね……。逆に1番うれしかったことは?

羽尾 少し綺麗なまとめ方になってしまうかもしれないですが、どの作品でも初日の幕が開いて、舞台上で俳優さんたちが輝いている姿を見ると「ああ、この仕事をやっていてよかった」って思います。とにかく、実際の舞台を観ないと、自分の仕事が成立した気がしないので。

あとは、舞台『幽☆遊☆白書』と、残念ながら中止になってしまいましたが、ミュージカル『るろうに剣心 京都編』で宣伝美術を担当させてもらうことになった時は飛び上がりました。

――原作ファンだったんですね。

羽尾 そうなんです!2作品とも大好きで。お話をいただいた時は、小学生の自分に「信じられないと思うけど、あなたは大人になったら“るろ剣”の仕事をするんだよー!」と伝えにいきたかったくらい。ああ、2.5次元の現場で仕事をしていて本当に良かったな、って心の底から思いました。

――そのお気持ち、わかります!舞台『幽☆遊☆白書』は羽尾さんのそれまでのお仕事を拝見しても超納得ですが、ミュージカル『るろうに剣心 京都編』は小池修一郎さんの演出作。こちらも2.5次元作品の主催やプロデューサーから繋がったご縁でしょうか。

羽尾 それがまったく違うんです。じつは、私が宣伝美術を担当した劇団のチラシを小池先生がたまたまご覧になって気に留めてくださり、そこからいろいろなことが動いたという次第です。

――凄い、そんなことあるんですね!

羽尾 正直、私も驚きました。さらにお声がけいただいた作品が小学生の頃から大好きな『るろうに剣心』でしたから。

羽尾万里子さん

――そのご縁が、新たなミュージカル作品のお仕事にも繋がっていくわけですが、そんなお話や、羽尾さんがこの業界に入られたきっかけなどは、後編で詳しくうかがっていきたいと思います。

~羽尾万里子さんインタビュー、後編に続く~

(取材・文・撮影 上村由紀子)

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