#36 [2026/01.09]
わたしたちの、このごろ
夢に向かってまっすぐ進んできたから、今は模索することを楽しみたいです
上村怜奈さんReina Kamimura
こう語るのは、デザイナーとして2年半働いた会社を辞め、次の道を模索中の上村怜奈(かみむら・れいな)さん、24歳だ。
幼いころからデザイナーを志し、走り続けてきた上村さん。
まっすぐに走ってきた道のりの先が見えなくなったとき、彼女は立ち止まった。
立ち止まってぐるりと見渡すと、道は一本だけではなく何本も広がっていることに、気がついたのだった。
高校生のころ、
デザイナーという夢に出会った
物心ついたころから絵を描くのが好きだったという上村さん。
小学生のころ、いちばん記憶に残っている出来事は、みんなで漫画本をつくったことだった。
上村さん:漫画を自分で描くだけじゃなくて、みんなにも回して描いてもらったり、絵を描かない子からは感想を書いてもらったりして、1冊の本を作りました。あれ、めっちゃ楽しかったな。

それから、小中高とずっと絵を描き続けた。漫画家やイラストレーターを目指していた時期もあったが、高校生のとき受験のために通い始めた画塾で、デザイナーという仕事に出会った。
上村さん:画塾の先生にデザイナーの人がいて、雑談でいろいろと仕事について教えてくれたんです。デザイナーって何してるのか知らなかったけど、そのとき具体的にイメージができて、おもしろそうって。
高校生のころから「自分がOLとして働くイメージが持てなかった」という上村さん。
絵を描くことが好き。自分の好きなものは自分だけでも好きでいたい。
そんな彼女にとって「デザイナー」という夢が明確な道しるべとなっていった。
デザイナーになるために、ひたすら走り続けた
上村さんがデザインを学ぶ舞台に選んだのは、一般的な4年生大学の中のデザインコースだった。美術大学にも合格していたけれど、あえて普通の大学を選んだのだという。
上村さん:同じような人が集まりすぎるんじゃないかって考えたんですよね。社会に出てデザイナーとして働いていくなら、デザインを社会と混ぜ合わせなきゃいけないから、いろんな学部の人と交流ができた方がいいなと思って。
デザイナーになるためにできることは全部やろうと心に決めて大学へ。入ったゼミは他のゼミの人から「会社員みたい」と言われるほどハードで、4年間全力だった。
上村さん:学生のころから企業にプレゼンしたり、企業と連携してパッケージのデザインをしたり、とにかく忙しかったです。そんな中でも積極的に暇な時間は作らないようにしていました。常にデザインについて考えている方が頭の中が気持ちよかったんですよね。

就職活動の時期も、並行してコンペにも挑戦し続けた上村さん。あるとき、自らメールを送った会社が上村さんのポートフォリオに目を止め、就職が決まった。その会社は法人向けデザインだけでなく、地域のコミュニティデザイン分野でも活躍している会社だった。
上村さん:新卒採用をしているかもわからなかったので直接ポートフォリオを送ってみたら会ってもらえることになって、その日のうちに採用になったんです。地域活性に興味があったし、デザインをするうえでお客さんとの距離が近い会社がいいと思っていたので、入社を決めました。
夢だった仕事と、心のズレ
夢だったデザイナーの仕事。専門のグラフィックデザインに限らず、取材や撮影、空間デザインまでやらせてもらえることに。小さい会社だからこその幅広さに、上村さんはときめいたという。
しかし、2年目の夏ごろから、少しずつ職場に不穏な空気が漂うようになった。

上村さん:身近なデザイナーの先輩と、デザインに対する方向性の違いでぶつかることが多くなって。コミュニケーションのむずかしさを感じるようになりました。
すれ違いの空気感に耐えきれなくなって休むことになった上村さん。友人のすすめで病院に行くと、適応障害と診断され、休職した。
上村さん:休職中は何もできなくて。仕事してない自分は、なにやってるんやろってとにかく罪悪感と戦ってました。上司や会社への申し訳なさでわりとすぐに復職することにしました。
復職しても拭えない違和感があった
復職後、先輩は独立のため退社し、デザイナーは上村さんひとりに。
職場でひとり黙々と働く日々の中、このままでいいのだろうかというモヤモヤが、彼女の心をまた曇らせた。
上村さん:ひとりぼっちで、誰のなんのためにデザインをやっているんだろうってわからなくなってしまって。デザインのことも嫌いになりかけていました。
次第に暇な時間も増えていき、孤独感におそわれながら賃金が払われている状況が、「不健康な働き方だ」と感じるようになったという。

今までデザイナーになるために、いいデザインをするためにひたすらに走り続けてきた。だからこそ、自分を追い込んでしまった。
上村さん:仕事を辞めてしまったらデザインから逃げることになると思っていたけれど、結局仕事が落ち着いたタイミングで限界がきて、えいやって辞めました。
立ち止まったら、
どの方向に進んでもいいと思えた
仕事を辞めたあと、個人でデザインの仕事も少ししながら、バーの接客や銭湯の番台など、さまざまなアルバイトを掛け持ちしている上村さん。
「辞める前は、辞めることが逃げになるかと不安だった」と話す彼女の顔には、どこか清々しさが垣間見える。
上村さん:辞めてみて、どんな方向に進んでみてもいいやって思えるようになったんです。デザインは変わらず好きだけど、「デザイナーとしてやっていくか?」にもようやく疑問符が出せるようになって。
いったん立ち止まって、興味のあることに簡単に挑戦してみよう。
そうやってうねうねと歩み始めた彼女は、もうすでに小さな夢をひとつかなえたそうだ。
それは、お花を売る屋台をすること。
上村さん:焼き芋の屋台が近くを通ったら、「なんかラッキー」って心に余裕が生まれるじゃないですか。そんなふうに、お祝い事でわざわざ花屋にいくのではなくて、日常に花を添えられたらいいなと働いている時から妄想してたんです。

こんな夢を、なんの気なしに呟いていたところ、屋台を貸してくれる人が現れ、花を販売させてくれる花屋さんも現れたのだという。花屋台をやってみて、改めて寄り添いあえる地域つくりに関わりたいと上村さんは語る。
上村さん:正直、運んでいるだけと思っている方も多そうだったんですけど、そんな中でも話しかけてくれて花を買ってくれる方もいて。こうやって「何かを運んで偶発的な出会いをつくること」でコミュニティの中で小さな交流ができたり、新しいコミュニティができたりするといいなと。人と人の距離が近くなれば、寄り添いあえる関係が増えていくんじゃないかと思うんです。
これからどうなっていきたいかと聞くと、「今は思いつかないんです」と上村さん。

上村さん:夢に向かってまっすぐ進んできたからこそ、はじめて目標のない模索期間を過ごせているというか。興味のあることになんでも挑戦できる今を、楽しみたいと思っています。
早い段階で、これだという夢を見つけて、走り続けてきた上村さん。
やりたいことが見つからないと嘆く人も多い中、やりたいことにまっすぐ進むことができたのは、彼女が自分の好きなことを自分ひとりだけでも大切にし続けてきたからではないかと思う。
そしてまた、夢だった仕事を手放すことは走り続けること以上に勇気のいることだろう。
逃げるのではなく、続けていくために立ち止まること。
デザインに対しても、自分の人生に対しても、真にストイックな上村さんらしいその決断が、彼女や彼女のまわりに新しい風を運んでくることを願っている。
STAFF
photo / text : Hinako Takezawa




