#51 [2026/09.29]
わたしたちの、このごろ
すごい人でなくていい。ただ知りたいことを探究し続ける人でありたい
池田葵さんAoi Ikeda
こう語るのは、岡山県の西粟倉村でゲストハウスのスタッフとして働く池田葵(いけだ・あおい)さん、26歳だ。
旅先の宿で出会った池田さんは、この村にきてまだ1ヵ月。
「ここに来る前は、警察官をしていたんです」と話す彼女。驚いたがたしかに、そのきびきびとした働きぶりからは、交番で働く姿が想像できなくもない。
だがしかし、なぜ地元の警察官から遠く離れた村の宿のスタッフへ?
「自分の中では、全部つながっているんです。」そう語る池田さんの話に、自然と引き込まれた。
人はどうしたらイライラせずに過ごせるか
幼いころから考えることが好きだったという池田さん。とくに、ずっと考えていたのが、「人はどうしたらイライラせずに過ごせるか」という問いだった。
池田さん:自分はわりと能天気で、イライラすることが少なかったんです。でも、人はイライラするからケンカがおきる。みんながイライラせずすこやかに生きられたらおもしろいのになと。
だからこそ、学生時代は学級委員や部活の部長をつとめてきた。もめごとが起きたとき、どうやって話を転換させれば、みんなが他者に対してイライラせずに解決できるのか。それを考えるのが好きだったという。

もちろん、答えが出るわけではない。ただずっとその問いを持ったまま過ごしていた高校生のあるとき、特別支援学校の前を通りかかった池田さんは、そこで見た光景に目を奪われた。
池田さん:その日は交流イベントをやっていて、みんなすごく楽しそうに見えました。健常者も障がい者も関係なく交わっている。その様子に、人と人が受け入れ合うヒントがあるかもって、ピンと来たんです。
なんと、次の週にはその特別支援学校の授業を見に行ったという池田さん。急に現れた高校生に何かを感じたのか、校長先生が直接「障がいは、だれもが持っているものだ」という話をしてくれたんだそう。
池田さん:「だれしも得意不得意はあるでしょう」って。だから、特別支援教育というのは障がい者のための教育ではなく、みんなを受け入れる教育なんだと。
その言葉を聞いて、これを学んだらいいのかもって思ったんです。みんながイライラしないで過ごすための何かがわかるかもしれないって。
どんな人も受け入れられるのか
特別支援教育を学ぶために、広島の大学に進学した池田さん。大学生4年間を通して学んだのは、「時間がかかることに向き合う大切さ」だったという。
池田さん:たとえば、視覚障害をもつ人は点字しか読めないから、一文字書くのにも時間がかかるんです。でも私も車の駐車が苦手で、それには時間がかかります。みんなそれぞれ、時間がかかる対象が違うだけだって。
時間がかかることに耐えられなくて、人は他者に対してイライラを募らせる。時間がかかることを、だれもが当たり前に思えるようになれば……。

同じころ、知り合いに誘われて非行少年支援のボランティアに参加することになったという池田さん。そこで出合ったのは、「罪を犯した人に向き合うには」という新たな問いだった。
池田さん:罪を犯してしまった子の中には、家庭環境や障がいの影響で論理的に考えることが苦手な子もいる。この子たちとどうやったらすこやかに生きられるだろう。もっと知りたいなと思いました。
そこからは刑務所を見学したり、受刑者と文通をしたり、被害者の方にも話を聞きに行ったり。罪を犯した人のことを知ろうと、思いつく限りのことをしていった。それでも、理解しようとすればするほど、向き合うむずかしさに直面したという。
池田さん:ずっと怖いんです。いつか自分が傷つくかもしれないから。他者に向き合うのは「時間がかかる」とわかっていても、その時間の長さに耐えられないかもしれない。相手の立場に立って考えることが、こんなにもむずかしいんだ……と。
それでも、知りたかった。だから、池田さんは警察官になることを決めた。
警察官だけが、罪を犯した人にも、罪を犯す可能性のある人も、老若男女すべての人に関われる唯一の職業だと、考えたからだった。
警察官になっても、募る探究心
就職活動は、地元埼玉県の警察官一本にしぼって、ほかは受けなかったのだという。学んできた特別支援教育の先生になることは考えなかったのだろうか。
池田さん:先生になる前に、自分自身が知りたいことがまだまだあったから。まず知りたい方へ進んで、自分が納得できたら教員になろうって思ったんです。

試験に合格し、最初は交番勤務からスタートした。予想はしていたが、交番に来る人はたいてい、イライラしながら駆け込んできた。だからこそ、「人はどうしたらイライラせずに過ごせるのか」という問いを探究できる場所だった。けれど……
池田さん:話を聞いていると、当事者の方は苦しさや満たされない思いを抱えている。でも、自分は書類を受理することしかできない。そんな自分の未熟さが、もどかしかったですね。
警察官になっても、人の苦しみに対して一時的な関わり方しかできない。被害届を受理して事件が収まったように見えても、当事者の苦しみはきっと変わらないのではないか、そう思っていた。
池田さん:本当は、一人ひとりと深く話したかった。でも、そんな時間を作る余裕は自分にはなかったし、そもそも自分の対話力にも自信がありませんでした。
もどかしさを抱えたまま交番で働き続け2年ほどたったころ、池田さんは次の場所を探しはじめた。もっと一人ひとりと対話できる、人を受け入れている場所を。

人を受け入れる場を探す旅へ
警察を退職し、地元の学童でアルバイトをしながら、人と対話できる場所を探しはじめた池田さん。求人サイトを見ながら、気になる会社やお店があればどこへでも実際に足を運んだという。
池田さん:高校生の寮やイベント会社、駅の相談窓口など、いろんな職場を見に行きました。思いに共感できるかがいちばんで、地域もジャンルもなんでもよくて。
1ヵ月に1、2回は場所探しの旅に出る。そんな生活が半年続いたあと訪れたのが、現在池田さんが働いている西粟倉村のゲストハウスだった。人口1300人の小さな村の、「村全体で徹底して人を受け入れる姿勢」に、今までにない魅力を感じた。
池田さん:村を訪れたのは2日間だったんですけど。1日目に会った人が、2日目にはもう「あおいさん!」ってあいさつしてくれて。パッと会っただけの人の名前を覚えてくれる。村全体にそういうあたたかさがありました。
そして、求人を出していたゲストハウスでは、だれでも座れるエントランスに、くつろいでいる看板犬。村のあたたかい居場所になっているその場所に、池田さんは惚れ込んだ。
池田さん:その場で、「ここで働かせてください!」って言いました(笑)

自然にふれて、人と出会いなおす
村を訪れた2ヵ月後には働きはじめて、そこから1ヵ月。村での暮らしは「想像以上に、おもしろいです」と池田さん。
池田さん:村に来るまでは、人と人がどう受容するかにしか興味がなかったんですけど。自然との共生にも、興味が湧くようになって。
西粟倉村には、代々受け継がれてきた豊かな森林があり、それを未来に繋いでいこうする活動も盛んにおこなわれている。自然にふれて、自然と共に生きること。今はそれが人と共に生きることのヒントになるのではないか。そう感じたのだという。
池田さん:森を繋いでいくってまさに、「時間をかける」ことじゃないですか。今すぐに結果が得られなくても、希望をかけるってことで。それって、人を受け入れることに繋がっていく気がしているんですよね。

池田さんはこれから、この場所で「人を受け入れること」について、身をもって学んだのち、もう一度加害者と向き合う仕事をしたいのだそう。そして最終的には、一度は離れた教育の世界に戻ることも考えている。
池田さん:やっぱり、いつかは学校の先生になって、子どもたちと一緒にすこやかに生きるすべを考えてみたい。
ただいつまでも、すごい人になろうとか、役に立つ人になろうとかではなく、知りたいことを探究し続ける人でありたいとも、思っています。
教育を学び、警察官になり、今は小さな村の宿で働いている池田さん。
バラバラに見えたその人生は、ひとつの問いのもとに繋がっていた。
けれど、その道のりは最短距離では決してない。「せっかく学んだのに」「警察官になったのに」という声が届いたこともあるかもしれない。
でも、苦手なことをするのにも、他者を受け入れるのにも、森を繋いでいくのにも、何事にも時間がかかる。知りたいことを探究し、ひとつの問いに納得できるまでにも。
「一生納得できないかもしれないけど」と言っていた彼女と、今度はもっと時間をかけて語り合いたいと思った。
STAFF
photo / text : Hinako Takezawa



