#50 [2026/08.19]
わたしたちの、このごろ
誰かが望む人生ではなく、
自分の望む人生を歩いていきたい
河又才知さんSaichi Kawamata
こう語るのは、AIエンジニアとして働く河又才知(かわまた・さいち)さん、26歳だ。
河又さんと初めて会ったのは、「このごろ」のリアルイベント『スナックこのごろ』でだった。
「仕事が合わなくて」と思い詰めた表情をしていたはずの河又さんは、その1年後転職し、今は生き生きと働いている。
自分の望む人生を歩き始めたという彼の、話が聞きたいと思った。
問題児だった子ども時代
「母が言うには、”問題児”だったと(笑)」
今は軽快によく話す印象の河又さんは、実は小さいころ話すのが苦手だったんだそう。同級生との関わりがうまくいかず、母親が先生に呼び出されることもしばしば。
河又さん:コミュニケーションの方法がわからなくて、話すより先に手が出てしまうんです。「前行ってよ」じゃなくてドンって押しちゃう、みたいな。
普通に話しかけているつもりでも、暴力を振るう子だと思われてしまう。そんな経験からか小学生、中学生と成長しても、話すのが苦手なことは変わらないままだった。
河又さん:中学では、喋らなくていいからという理由で陸上部に入ってたくらい……(笑)友だちも全然できなくて、いつも浮いた存在だったと思います。

一方で、好きなことに夢中になれる子どもでもあったと話す河又さん。小学生のころは、地図が友だちだった。
河又さん:日本地図は全部頭に入ってました。あと、よくお出かけに連れて行ってくれた祖父母のおかげか、飛行機などの乗りものも好きでしたね。
環境が変わると話せるように
うまく話せない自分にもどかしさを感じていた河又さん。高校からは変わりたいと、中学の同級生のいない都心の高校に進学した。通学には1時間ほどかかったが、この選択が河又さんを大きく変えた。
河又さん:高校からはとにかく思い切って話しかけてみたんです。入学前から、SNSで片っ端から声かけておいて(笑)意外とみんなと話してくれるじゃんってびっくりしました。
そこからは、どんどんと輪が広がっていった。中学では喋りたくなくて陸上部に所属していた彼は、高校ではクラスの友人に連れられてバトミントン部にも入部するまでに。
河又さん:環境を変えたら、自分も変わるんだなと。当時15歳の僕が強く体感したことでしたね。

行動範囲も広がり、友人と東京都内を遊び回る充実した日々を過ごした河又さん。進路選択のころになると、周りに合わせて大学に行くことに。
旅行好きだった彼は、大学に行かず旅に出るという選択肢も一瞬頭をよぎったというが……。
河又さん:大学に行くのが当たり前だよねっていう流れに逆らうのはむずかしくて。ようやくいろいろなことに興味を持ち始めたころだったので、どれを選べばいいかわからず、とりあえず入学した後に選択できる大学に入りました。
みんながよろこぶ就職を
会社役員だった祖父の影響で、海外や経営に興味があった河又さんは、経営も学べる国際学部に入学。しかし一転、大学で出会ったとある教授のひとことでITに興味を持ち始める。
河又さん:「文系でIT系の知識を持ってることは価値が高くなるよ」という言葉につられて、その教授のゼミに入ったんです。そこからはことあるごとにその教授に相談するようになりました。
就職活動は教授のアドバイス通り、ITエンジニアやコンサルタントの職種を受け、いくつか内定をもらった。このときも「本当は、飛行機にかかわる航空会社を受けたかった」と河又さん。
河又さん:「倍率も高いし、今後何があるかわからないからやめておけ」と教授に言われて、諦めてしまったんです。

河又さんは結局、「潰れないし、規模も大きいから」という教授の言葉に背中を押され、インフラ系の会社のエンジニアとして働くことを決めたという。
河又さん:そのときは教授や親によろこんでもらえるだろうって思ってたんです。今思えば、それって他人の望む人生を生きてるなって思うんですけど……。
仕事に納得できず、飛び出した
周りのみんなによろこんでもらえる就職を。そう思って入社した河又さんだったが、働くにつれ少しずつ会社とのずれを感じ始めたという。
河又さん:与えられた指示書に従って設定を反映させるだけの仕事に、疑問を持ち始めてしまったんですよね。これ誰のためにやっているんだろうって。
先輩や上司に正直にその問いを投げかけても、納得できる答えは返ってこなかった。その姿勢がだんだんとめんどくさがられるようになり、居場所をなくしていった。
そんなとき、ある連休に学生時代から見ていた「このごろ」のオフラインイベントが開催されるという投稿を見た。東京と、神戸。これまでは遠いと感じていたけれど、そのときは「一回外に出てみよう」とふと思った。
河又さん:勇気を出して行ってみたら、自分と同じような理由で会社を辞めている人がいて!話しているうちになんか吹っ切れて、転職するぞって決めました。

自分の人生を自分で賭ける
転職することを決めた河又さんは、最初の会社で唯一やりがいをもって取り組めた「業務改善」と、トレンドである「AI」を軸に会社を探し始め、1年後に転職。今はAIエンジニアとして働いている。
河又さん:AIを使って現場の作業が便利になったときに、「すごくらくになった!」「便利になった!」とお客さんから直接喜びの声を聞けるのが本当にうれしくて。今の仕事では、自分のやれることが少しずつ増えている感覚があるんです。
今回の転職では、だれにも相談しないことを決めていたという河又さん。その”賭け”が自分に自信をもたらしたと話す。
河又さん:とにかく会社を辞めようと衝動的に転職したんですけど。自分の人生を自分で賭けたって感じがしたんですよね。それからは、今までみたいに誰かが望む人生ではなく、自分が望む人生を歩いていきたいって思ったんです。

悩んでいたとき、「スナックこのごろ」に行くために、東京から神戸に飛び出したこと。それが転職のきっかけなるとともに、旅行好きの自分を取り戻すきっかけにもなったのだという。
河又さん:なんだか身軽になって、転職までの期間も各地に旅行に行きましたね。これからも場所に縛られず、いろんなところを回ってみたいと思っています。旅行好きというだけでなく、その場所その場所でどんな自分が見られるかを楽しみたい。そんな余裕も出てきました。
「スナックこのごろ」に来るのは関西からのお客さんが多かった当時、東京から勢いのままにやってきた河又さん。
持ち前の人懐っこさで、訪れたお客さんやスタッフみんなと仲よくなっていた彼が、まさか中学生まで人と話さずにいたなんて驚いた。
しかし、高校から遠くの学校に進学して話せるようになった経験から、河又さんは「環境を変えると、自分も変わる」ことを知っている。
だからこそ、仕事が合わないと悩んだときも、「一回外に出てみよう」と自分を連れ出すことができたのではないだろうか。
河又さんいわく、まだ自分の人生の「操縦士」になったばかりだという。彼の操縦する飛行機がどこまで行けるのか、私も楽しみに見ていたい。
STAFF
photo / text : Hinako Takezawa



