[2025/11.26]

暮らしのお買いもの

【真夜中の小さな物語】vol.6
幾つものひとりぼっちの夜を過ごすきみへ

ひとりで住んでいる団地の夜はとても静かだ。

たまに近くの道路を走る車の音がうっすらと聞こえてくる。築年数は半世紀を超えているが、防音性は高いようだ。友人や母に「こんなに静かで、怖くない?」と聞かれることがあるけれど、わたしはこの静寂が好きだ。今日もここで夜を迎える。

少し前に母が言っていた。あなたはずっと変わってないわ、と。

「3歳のころ、お友だちの遊びの誘いを断って帰ってきたことがあったの。『今日はおうちで、ひとりで遊びたいからやめておく』って」

覚えていない、初めて聞く話だった。

そのあと母は保育園の連絡ノートにそのことを書いた。自分が親だったら周りとなじめていないのではと心配するに違いない。先生は「そういった気持ちは大事にしてあげてください」とコメントを返してくれたそうだ。

それから24年が経った。

大人になった今も、同じ理由で予定を断ることがときどきある。自分と約束をしている日なのだ。そんな日の前夜、眠る前に寝具に香りを吹きかける。どんな一日にしようか。穏やかに、眠りにつくのだ。

会社に勤めるようになってから、もうすぐ4年になる。

そういえば、なかなか寝付けない日が続く時期があった。ベッドの中に入ってから、その日うまくできなかったことや明日やらなければならないことがぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。いかんいかん、頭を空っぽにしなくちゃと思っても、ぐるぐるは止まらない。自分のため息しか聞こえないほど静かな団地のひと部屋で、気づけば2、3時間の時が過ぎていた。

そんな夜、わたしはいつも自分自身に言葉をかけていた。「大丈夫。大丈夫だから」と。
子どものころ母がしてくれていたように肩に手を置いてポンポンとやさしく叩き、誰かに言ってほしいその言葉を自分で口に出していた。仕事のことが主な不安の種ではあったけれど、それだけでなくさまざまなことが、実態のない不安が、ひとりぼっちの夜に襲ってくる。それでも今日も自分なりに踏ん張って一日を終えたのだ。うまくやれてなくても、どんな失敗をしても、大丈夫。明日も、明後日も、きっと大丈夫。おまじないのように呟いて、夜を過ごす。

最近はそのことばを自分にかけることが少なくなった。でも、またそんな夜がやってきても、大丈夫。ほんのりと甘いチョコレートの香りは、静かな団地のひと部屋で丸くなっている私を包み込み、ゆっくりと夢の世界へ連れて行ってくれるだろう。

穏やかなひとりぼっちの夜のことや、心細いひとりぼっちの夜のことを思い返した真夜中の25時。どの夜も大切な自分との時間だ。おまじないの香りと共に、今日も眠りにつこう。



今回登場した『25時のおまじない』はこちら

STAFF
photo & text 未来