[2025/11.25]

暮らしのお買いもの

【真夜中の小さな物語】vol.4
大人になったわたしが忘れていた魔法

最後におまじないを唱えたのは、いつごろだろう。

「痛いの痛いの飛んでいけ〜」
公園を駆けて転んだ4歳のころ。
あっという間に痛みが引いたとき、
母は魔法使いなんじゃないかと思った。

「明日晴れますように」
ティッシュを詰め込んで、ベランダに吊るした
お手製のてるてる坊主。
雨予報の中、晴れ間がのぞいたとき、
きっとそれが力を貸してくれたんだと思った。

「絶対大丈夫。大丈夫」
学生時代の部活動、大学受験、就活だって、
どんなときでも最後はそれにすがるしかなかった。

いつだっておまじないは、
シンデレラの魔法のように、
未来を変える不思議な力があると信じていた。

社会人2年目。
立派な大人に仲間入りしたわたしは
「なんでも自分の力で乗り越えなきゃ」
そんな責任を知らぬ間に背負っていた。

日曜日の夜になれば、
「選んだ道は正解だったのか」
「こんなペースで大丈夫なのか」
自分の人生なのに誰かに追われているような、
どうしようもない焦りを感じる。

目をつぶっても窓の外から時折聞こえる
車のエンジン音。
部屋の電気を消しても、
カーテンの隙間から溢れる月明かりが眩しい。

ぐるぐるぐるぐる、
不安に駆られて眠れない夜がたまにある。

ずいぶんと日が暮れるのが早くなった仕事帰り。
街の明かりに眩しさを感じながら、電車に揺られる。
玄関先を見ると、段ボールがひとつ、ドアの前に置かれていた。

「なにか頼んだっけなあ……?」
身覚えのない荷物に少し警戒しながら中身を開けてみた。

『25時のおまじない』

そこにはフレグランスミストと冊子が入っていた。
冊子には、眠れない夜を過ごす少女がおまじないを唱える様子が描かれていた。

“テラオココ テラオココ”

どうやら眠れるおまじないらしい。
口に出してみるとなんだか変だ。
私は疑いつつも、小さく胸が高鳴るのを感じていた。

とにかく今夜、
この「チョコレートナイトミスト」というものを使ってみることにした。

枕に2プッシュ。
そこに寝転がると、チョコレートの甘くも不思議な香りが漂ってきた。
鼻の奥で混ざり合うほろ苦さが心地よい。

欲張りなわたしはそれを存分に味わいたいと、
深く息を吸い込み、わたしの中に入ってくるその香りだけに集中した。

すぅーはぁー、すぅーはぁー……
すぅーはぁー、すぅーはぁー……
すぅー……はぁー……

ゆっくりと意識がほどけていくことにすら気づけないままに。

カーテンの隙間から溢れる朝日。
私は眩しさに目覚め、同時に昨夜のことを思い出した。

心地よい香りの記憶にごくりとつばを飲み込んだ。
だが、枕を嗅いでみてもあの香りは不思議と消えていた。

ぐっすり眠って迎えた久しぶりの朝。
空には薄い雲がかかり、
太陽の光を吸収して、きらきらとわたしたちを照らしていた。
ほくほくとからだの奥から湧き上がる小さな熱を感じ、自然と笑みが溢れた。

何かが変わるかもしれない。
そんな小さな希望を持って唱えたおまじないは
昔も今もわたしには必要だったみたいだ。

“テラオココ テラオココ”

口に出すリズムに少しワクワクした。



今回登場した『25時のおまじない』はこちら

STAFF
photo & text まちゃぎん