[2025/11.25]
暮らしのお買いもの
【真夜中の小さな物語】 vol.3
わたしが使えるようになった魔法
どうしよう、寝られない。
冷えた暗闇の中、ぱちっと目を開ける。
一度考え出したことが、頭の中でぐるぐる円を描いている。
人に言われた言葉を反すうし、心が傷ついていく。
寝なきゃ、と焦るほど、目はさえていく。
今日も、何もできなかった。
これから先、どうしていくんだろう。
人と比べる必要はないとわかっていても、つい比べてしまう。
どんどん思考の海に沈んでいく。

何時だろう?と暗闇で目を凝らすと、時刻はいつの間にか25時を告げていた。
小さくため息を漏らして、寝るのを諦めてからだを起こす。
枕もとに置いてあるお気に入りのオレンジ色のライトをつける。
まるで焚火をしているかのように暖かみのあるオレンジ色に包まれると、気持ちが落ち着くのだ。
思考の海に沈むのはいいんだけど、沈みすぎると上がってこれなくなる。
「考えすぎだよ」とよく言われるし、自分でも「考えなければいいのに」と思う。
でも、考えることをやめられない。
夜は、わたしの好きな時間だ。
誰も「考えすぎだよ」なんて言わないし、しんと静まり返った世界はそっとわたしのそばにいてくれる。
手がしばし宙をさまよい、フレグランスミストを取る。
いい匂いに包まれれば、ほっと落ち着けるはず。

このフレグランスミストは『25時のおまじない』という名前だ。
直感で、名前に惹かれた。
イタリアの調香師が作ったというチョコレートの香りがするのも、気になった。
枕もとに2プッシュほど吹きかけると、ミストはオレンジ色にキラキラと輝きながら空を舞った。
その瞬間、甘くてほっとする香りが鼻腔を埋める。
まるで、チョコに包まれているかのような感覚だ。
やわらかくて、温かい。
頭の中で、「おまじない」という言葉がくるくる踊っている。
さっきまで、深海に沈んでいたからだは、いつの間にかふわふわと海の上を飛んでいた。
そういえば、わたしは幼いころ、魔法使いにあこがれていた。
「ちちんぷいぷい」と呪文を唱えて、人々を笑顔にしていた、あの姿が好きだった。
修行すれば飛べるようになると信じて、ほうきにまたがって空を飛ぶ練習をしていた。
結局、いくら呪文を唱えても魔法は使えなかったし、空も飛べるようにはならなかった。
でも、気づけば、フレグランスミストが私を魔法使いにしてくれた。
「ちちんぷいぷい、だいじょうぶだいじょうぶ」の魔法を唱えれば、チョコレートの香りに包まれてイタリアを臨む地中海の上を飛んでいた。
ご機嫌になって、イタリアのジャズ音楽をかける。
だいじょうぶ、だいじょうぶ。
フレグランスミストが、不安な気持ちも焦る気持ちも抱きしめてくれる。
わたしもみんなも、毎日がんばっている、いや、がんばりすぎちゃってる。
チョコの甘い香りに誘われてココアを飲みたくなったので、「ちちんぷいぷい」の力で冷蔵庫に向かう。
ココアを切らしていた。
魔法使いじゃなくて、魔法使い見習いだった。
でも、だいじょうぶ。
お気に入りの備前焼のコップで、コーヒーを飲んじゃおう。
一応睡眠のことも考えて、ミルクたっぷりにする。

夜は、まだ長い。
眠くなるまで、ぷかぷかと空を浮かんでいよう。
魔法使いになりたかった幼いわたしへ。
いつでも、チョコレートの香りでご機嫌になって空を飛ぶ魔法が使えるようになったよ。
ちちんぷいぷい、だいじょうぶ。
明日もきっと、だいじょうぶ。
今回登場した『25時のおまじない』はこちら

STAFF
photo & text Cometty



