[2025/06.30]
暮らしのお買いもの
【このごろコラム】
焦る日々にちょっと寄り道。
自分を取り戻す、やさしさの一杯

「確か前にも言ったんだけど……」
目の前のパソコンに映る上司の顔は、怒っているわけではない。しかし、どこか悩ましい複雑な表情。リモート越しでも伝わる困惑に心が痛む。
最近、こんなことばかりだ。意識はしているのに、行動に移せていない。
もう社会人4年目なのに……。
思い返せば社会人1年目は、何もかもが初めての経験だった。
資料の作り方、報連相のやり方、商談の進め方などなど、すべてが未経験。
トライ&エラーを繰り返す中で、落ち込むことももちろんあった。
ただ、心のどこかで思っていた。「まだ1年目だから」って。
まだまだ分からないことも多いし、失敗しても当然。教えてもらって、次直せばいいのだから。
先輩のフォローに感謝し、数少ない同期と励まし合いつつ、困難もひとつひとつ乗り越えていった。
しかし社会人4年目の今、あのときと状況は変わっている。
同じスタートラインに立っていた同期は、気づけば遥か遠くを走っている。
成果を出し、昇進して、いつの間にかチームをまとめるリーダーになっている者も。
それに比べて自分は……。
上司とのミーティングが終わった後、目を背けていた感情が堰を切ったように溢れ出た。
取り残された焦りと、上司の期待に応えられない悔しさ、その他行く先がない感情もろもろが脳内をさまよっている。
それは昼休みが始まっても、収まる気配はない。
このまま仕事に向かったとしても、午後の仕事はきっと手につかないだろう。
そんなときには意識的に「コーヒーを飲む」と決めている。
1杯のコーヒーが落ち着きを取り戻してくれることを、僕は知っているから。
いつもはインスタントで済ませてしまうけれど、こんな日はちょっと特別なコーヒーが飲みたい。
そうだ、この前たまたま見つけた、あのコーヒーを飲んでみよう。

昼休みが終わりに近づくころ、カバンからおもむろに取り出したのは、かわいらしい白色のコットン巾着。
「いつか」のために買っておいてよかった。今しかない。
荷札のようなタグが気になって見てみると「飲むと心が軽くなる」と書かれていた。色遣いも文字も、どこか暖炉のようで心があたたまる。
後でスクラップしておこう。

巾着を開けると、そこにはかわいらしい動物のイラストが描かれたバッグが。
「早起きできた朝に飲むコーヒー」
「残業中に飲むコーヒー」
そして、「仕事で怒られちゃったあとに飲むコーヒー」の3種類。
迷わず3つ目を選び、袋を開け、コーヒーバッグを取り出す。

マグカップに入れてお湯を加え、暫時休憩。
その後、ゆっくりとバッグを上下に振る。
何気ない動き。でも揺れるバッグをぼうっと見ていると少しずつ気分が落ち着いてきた。
今日は濃いめがいいかな。ちょっと長めにちゃぷちゃぷしよう。
ちゃぷちゃぷちゃぷちゃぷ……いい香りが周囲に漂い始めたら完成だ。

ひと口、飲んでみる。
ふだん飲むコーヒーは「よし、がんばらなきゃ!」って感じだけれど、これはどこか安心するような、そんな味。
「心が軽くなる」って、こういうことなのかな。
袋の二次元コードを読み込むと、立ち直り方のアドバイスが出てきた。
そうか、原因の分析も大事だけど、いまの自分に本当に必要なのは、もしかしたら別にあるのかもしれない。

実は最近、あまり「休む」ということができていなかった。
同期と比較して、あるいは上司の期待に応えられないことへの行き先のない焦りが、知らず知らずのうちに自分を追い込んでいた。
平日だけでなく、週末も資格勉強やら何やらで忙しく、自分をいたわる時間が取れていなかった。
これは、思いっきり休んだほうがいいのかも……?
週末、近所の銭湯へと向かった。
久しぶりに大きなお風呂に浸かると、身も心も洗われていく。
ぼうっとする時間、あまりとれていなかったなあ。
バイブラのポコポコという音を聞きながらぼうっとしていると、ふと素朴な疑問が浮かんできた。
そういえば、なんでそんなに焦ってたんだっけ?
入社から3年経ったとはいえ、まだ4年目。
これからの長い社会人生活を考えれば、まだまだ序の口だ。
わからないこともできないことも、自分が思っている以上に多いはず。
それに、「できていないこと」がすぐに、「できる」ようになるとは限らない。「できる」までのスピードは人それぞれなのだから。
そして、チャレンジして失敗できるのも、今しかない。
焦らず、急がず、着実に、今の自分にできることを増やしていけばいいじゃないか。
そしておそらく、最短で行くことが必ずしも正解とは限らない。
「なかなかできないなあ」なんて悩んでいる今の時間は決して無駄な時間ではなく、寄り道したぶん、得られたものも大きいはずだから。
忙しない生活を送る中では考えもしなかったことが、湯船の中だとスラスラと出てくる。
心もからだも温まった状態で銭湯を後にしたら、気分はすっきりと晴れていた。
明日からもがんばれそうな気持ちが、ちょっとだけ湧いてきた。
今回登場した『このごろコーヒー』はこちらから▼

STAFF
photo & text :なかしん