[2025/06.24]

暮らしのお買いもの

【このごろコラム】
ひとくちの背伸び。

わたしはコーヒーの香りが好き。
飲むのはほんの、ちょっとでいい。
社会人だし飲めるようにならないと!と思って、練習もしっかりしている。
ケーキとコーヒーの相性がばっちりだということは、最近気づいた話。
それでもまだ香りで充分、わたしは癒やされる。

コーヒーのおいしさに到達しきれていない悔しさもあるけれど、分からないものは仕方ない。

わたしにとってコーヒーは、まだまだ大人な存在。

納豆とコーヒー

わたしは今、彼の仕事の都合で都会暮らしをしている。
彼と一緒に上京するために、初めての転職を経験した。

田舎に戻ったら、また仕事を探さないといけない。
将来への不安はあるけれど、だからこそ「今」を大切に過ごしている。

ある日、資格試験を控えているわたしたちは朝から勉強しようと早起きをした。
我が家の朝ごはんは、いつも決まって納豆ごはん。
おしゃれな朝食とは無縁な、1パック25円くらいの納豆とお味噌汁の素朴な献立。

「コーヒーと納豆って、相性どうなんだろね」
彼と笑いながら、ずっと試してみたかった《早起きできた朝に飲むコーヒー》を開けてみる。 
パッケージのイラストが、おなかチラ見えなのがなんともかわいらしい。

朝日が差し込む部屋に、香ばしくすっきりとした香りが広がる。
いつもの朝食が、今日はちょっとだけ豪華に感じたひとときだった。
ふだんなら気が重い食器洗いも、今日は苦じゃない。
うつわについたネバネバでさえスッと流れるような、そんな気がした。

ちゃっかりコーヒー

彼はコーヒーが好き。
カフェに行くといつもコーヒーを注文する。
そんな彼を「大人だな」と、少しうらやましく思う。

ある日、わたしは落ち込んでいた。
 元気のないわたしをみて、
「そうだ、今日はあの子の出番じゃない?」
彼は巾着から《仕事で怒られちゃったあとに飲むコーヒー》を満面の笑みで取り出す。
怒られてはいないんだけれど、仕事で落ち込んでいるのは正解。
バレバレだなと思いながら、お湯を沸かす。

わたしのために淹れたと言いながら、
彼は今、自分好みの濃さになるまでじっと待っている。

「この手軽さがいいよね」
そう言って笑う彼は、ちゃっかりしている。
気づけば彼がいちばん楽しんでいる。
もちろん、わたしも香りに癒やされる。
だけどそれ以上に、そんな彼をみてわたしもちゃっかり、心が軽くなる。

コーヒーを飲んでしあわせそうな彼の横でぼーっとしていると、田舎を離れるときに買った小さな置物が目にとまった。
この子もわたしも、今の暮らしになじんできたなと思うとうれしかった。
コーヒーバッグが入っていた手もとのパッケージからも、―このごろのヒント―として、あたたかい言葉を届けてくれる。

コーヒーの香りと彼の隣。
ゆっくり頷くこの子と、―このごろのヒント―にわたしは静かに救われた夜だった。

あのころと繋ぐコーヒー

ある日、田舎から両親が遊びにきた。 
社会人になり実家を離れて5年。
いくつになっても親と過ごす時間は、特別でほっとする。
両親を見送った帰り道は、とても寂しかった。

おみやげでもらったお菓子を、あのコーヒーと一緒に味わいたい。
巾着からくじのように引いて取り出した《残業中に飲むコーヒー》を淹れる。
状況はまったく異なるけれど、これもまた偶然に身を任せる楽しさがある。

お湯をそそぐとコーヒーバッグがもこもこと膨らみ、部屋いっぱいに大好きな香りが広がった。
両親におみやげでリクエストしたこのお菓子は、わたしの青春がぎゅっと詰まった思い出の味。
あのころはコーヒーが飲めなかったけれど、今は違う。
たったひとくちの背伸びを、今のわたしとして、ゆっくりと味わえるようになった。
それだけで、なんだか少し誇らしい。

大丈夫、確実に一歩、成長している。
そう、《このごろコーヒー》が思いながら見守ってくれている気がした。

今回登場した『このごろコーヒー』はこちらから▼

STAFF
photo & text :知那(ちな)