今朝は、いつもより少し早く目が覚めた。
からだも頭も、なんとなく軽い。
今日はうまくいくかもしれない。そんな予感すらあった。

それなのに、どうしても会社に行くことができなかった。

面倒だっただけなのか、それとも、心のどこかがぎゅっと苦しかったのか。
自分でも理由がわからない。これはただの甘えなのだろうか。
「何がつらいの？」と聞かれても、うまく答えられない、そんな朝。

今日も変わらず、昨晩の食器を洗い、洗濯物を回し、干し、家じゅうの床に掃除機をかけて、日記を開き今日会社に行けなかったことを書こうとした。

その時、巾着に入ったドリップパック「たまに飲みたい9袋セット」が届いた。

巾着の中を開けてみると、
「仕事で怒られちゃったあとに飲むコーヒー」「早起きできた朝に飲むコーヒー」「残業中に飲むコーヒー」と書かれ、そんな名前がついたコーヒーたちが並んでいた。

ゆるいけれど、どこかけなげで、一生懸命さが伝わってくる小さなイラストが添えられている。
ひとつひとつに、「わかるよ」と寄り添われているような気がして、思わず笑ってしまった。

少し憂鬱な気分だったけれど、手が伸びたのは「早起きできた朝に飲むコーヒー」だった。

湯を沸かし、お気に入りのカップを用意して、ゆっくりとコーヒーを淹れる。

待っているあいだ、ふとパッケージに小さなQRコードが目に留まり、読み込んでみた。

そこには、まさに今の自分が抱えている悩みや、心の奥で求めていた言葉たちが静かに綴られていた。
まるで、それは一杯のコーヒーに添えられたわたしの為の処方箋のように思えた。

肩の力を抜いてゆっくり「 – このごろのヒント – 」を読んでいるうちに、気づけばコーヒーができあがっている。

ほんのりとした柑橘の酸味に、チョコレートのようなやさしい甘み。クリーンでバランスのいいその一杯は、背筋をすっと伸ばしてくれるような味がした。
コーヒーを淹れるあいだに、気づけばたくさんの癒やしと励ましをもらっていた。

次の日。

わたしの住んでいる地域は、梅雨入りした。
じめじめと湿った空気に包まれ、からだもなんとなく重い。
これからしばらく、曇りや雨の日が続くのかと思うと、少し気が滅入ってしまう。

「しょんぼりしすぎだぞ」
そう自分に小さく喝を入れつつ、あのコーヒーに助けを求めることにした。

そう、そのコーヒーは、もうわたしにとって “お守り” のような存在になっているのだ。

昨晩、なんとなく気分を変えたくて、アイスクリームを作っておいた。
今朝はそれを使って、ちょっとだけ特別な朝ごはんにしてみようと思う。
フレンチトーストを焼いて、横にアイスクリームを添える。
そんな小さなごほうびを、自分にあげたくなった。

今の時刻、朝の7時35分。
雨の音を聞きながら、朝ごはんの支度をせっせと始める。

そして、一緒に住んでいるパートナーと、昨日と同じ「早起きできた朝に飲むコーヒー」をもう一度淹れた。フレンチトーストとアイスクリームの朝ごはん。ちょっとしたイベントみたいで、少しだけ心が浮く。

カップから立ちのぼる湯気を見つめながら、昨日のことを思い出す。
あのとき飲んだコーヒーは、まっすぐ前を向くような味がした。ぐっと背筋を正すような、そんな味。でも今日のそれは、少し違っていた。

胸の奥にふわっと温かいものが広がって、「まあ、こんな朝も悪くないよね」って、自分にそっと声をかけてあげたくなるような味がした。

同じ豆のはずなのに。
同じ手順で淹れたはずなのに。

こんなふうに感じるのは、きっと昨日のわたしと今日のわたしが、少し違っているからだろう。

人生って、思った以上にままならない。
頭ではわかっていても、心は追いつかないことばかりだ。

ほんの少しのことで、余裕なんて簡単にこぼれ落ちてしまう。
がんばっているつもりだったのに、気がつけば「ちゃんと休む」ということすら、どこかに置き去りにしてしまう。

何も悪いことをしていないのに、胸の奥がぎゅっと痛む日がある。
がんばりすぎていたのか、気づかないふりをしていたのか。
理由をうまく言葉にできない自分が、少し情けなくもあった。

でも、それでもどうしてもからだが動かなかった。

行けなかった、というより、“行こうとする気持ち”に手が届かなかったんだと思う。

でも、不思議なことに、ほんの一瞬、心の中にやわらかい風が吹いた。
「今日は、何から始めようかな」と。

たいしたことじゃなくていい。無理に前を向かなくてもいい。
それでも、小さな「できた」をひとつだけ見つけられたら、それで充分だと思えた。

明日も同じようにはいかないかもしれないけれど、それでも、またあのコーヒーを淹れてみようと思う。

今回登場した『このごろコーヒー』はこちらから▼