ボタンに愛と光をもっと / ボタン作家・デザイナー 宮園 夕加さんインタビュー

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手芸に欠かせない存在でありながら、ふだんはあまり注目されないボタン。でもそのボタンの魅力に惹かれ、「ボタン作家/デザイナー」という道を選んだのが宮園 夕加さんです。わずか16歳でその道を志したという宮園さん。京都にあるアトリエにお邪魔して、奥深いボタンの魅力について、じっくりお話を伺いました。

祖母の言葉がボタン愛の原点

宮園さんがボタンデザイナーを志したのは16歳のころ。きっかけは、さまざまな高校が関わるファッションショーのチームに参加したことでした。「昔からファッションデザイナーにあこがれがあったんですけど、ショーをするにはモデル探しから衣装制作、ヘアメイク、音楽とやることがありすぎて。その時に、私にはもう無理だ、私はボタンだけやる人になろうって思ったんです」。でも、いくら大変だったとはいえ、なぜピンポイントでボタンを?その疑問については、「祖母が洋裁を生業にする人で。型紙を作って裁断して、縫って、最後にボタンを選ぶ瞬間がいちばん楽しいって言ってたんです。その言葉が忘れられなくて、その影響が大きいと思います」という答えが。「ブランド名の〈sumie〉も、祖母のなまえからもらいました」。

さまざまな素材や技法から生まれた、宮園さんの個性豊かな作品たち。

ボタンデザイナーを志した宮園さんは、まず日本ボタン協会に電話をかけます。「ボタンをやりたいんですけど、どこの学校に行けばいいですか?って聞いたんです。電話口の人も困りますよね(笑)。願い続けて学んだ先に夢があるよ、みたいなことを言ってくださって、それで美術大学に進みました」。大学ではファッション造形を学びつつも、「最後にそこ(ボタン)に着地するために、浴びるようによいものを吸収しようと思って」とボタンへの情熱を燃やし続けました。

売れなくてもいい、好きなものを作る

中庭からの日差しが差し込むアトリエ。

就職活動も、もちろんボタンが作れる企業一択。念願が叶って服飾資材商社に入社し、ついに思う存分ボタンが作れる日々が始まります。「素材のことも学べて、工場にも行けて。お給料をもらいながら、こんなに勉強させてもらえるんだ!って思いました」。

会社員時代に量産されたボタンは、すべてファイリングされて今も大切に保管。

入社当初はファッション業界に活気があり「大きなサイズのビジューボタンとか、ちょっと高くて変なボタンも作らせてもらいました」と振り返ります。服飾資材の展示会「プルミエール・ヴィジョン・パリ」に出品したボタンが、フランスのハイブランドからサンプルオーダーを受けたことも。しかし、景気の低迷とともに徐々にボタンの生産が減少。より工芸的な作品を手掛けたいという思いもあり、10年勤めた会社から独立します。

左:ボタンについて学んだ会社員時代の資料。 / 右:大正時代に建てられた白亜荘のいちばん奥が、宮園さんの小さなアトリエ。

フリーランスになり、まず直面したのは製造コスト。会社にいたころのように工場に発注して大量生産すると費用がかかりすぎ、またそれだけの量を販売するルートもない……という状況に。「ほかのブランドのデザインやディレクションの仕事で生計を立てて、sumieはもう売れなくてもいいから、好きなものを、好きにやろうと思って」。そう切り替えて、企業やデザイナーを対象にするのではなく、個人のお客さまに向けて作るように。「そのころから、少しずつうまくいき始めた気がします」。

見た目のかわいさ、だけでは成り立たない

「特別なものはないんですけど」と見せてくださった、宮園さんの祖母・澄江さんのボタンコレクション。

現在もボタン作家兼デザイナーとして活動する宮園さん。図面を引いてデザインを考えるだけでなく、カタチにするところまでを仕事とし、貝殻やガラス、陶器など職人さんに製造依頼するものもあれば、素材によっては自分で作るなどして製品にしています。デザインを考えるときも、「こんな素材を使ってみたい」というところからスタートすると言います。「素材によって表現できることが全然違うから。その素材が生きる形状を考えます」。最新作の小さなお花のボタンは、紙と樹脂を融合させた素材をレーザーカッターで削り出して使用。愛らしいデザインの裏には、実はザ・プロダクトデザインとも言うべく細やかな作業や計算が秘められています。

動物の置物がかぶっている帽子は、小さなものが好きという宮園さんの手編み。

しかもボタンは、立体にしたときの形状や、ボタンとしての強度や構造まで含めて考える必要があるのが特徴。見た目のかわいさだけでなく、プロダクトとしての機能面もクリアしなくてはならないハードルの高さも、宮園さんが数少ないボタンデザイナーである理由なのかもしれません。

ボタンの価値を高め、可能性を広げたい

貝ボタンを抜いたあとの母貝。「貝ボタンがいちばん好きです、昔から」。

一点ずつていねいにボタンを手掛ける中で、宮園さんを悩ませるのが値段のこと。「ボタンってだいたいひとつ200円とかじゃないですか。私はすごく強気の4,000円からが主流、中には30,000円とかつけてるものもあるんです」。強気と言いつつも、実際は製造にかかる素材や手間を考慮すると、決して高くはない価格です。それでも独立当初は、「どんなにがんばっても1,000円」しかつけられなかったと言います。「同じプロダクトでも、後ろにピアスのポストが付いているか、ボタンの足が付いているかで、お客さまが出せる値段が変わるんです。アクセサリーかパーツか。ピアスなら手ごろと感じても、ボタンなら高いと思われてしまうんですよね」。

左:ボタンの本。歴史を知ってより興味が深まった。 / 右:作品は2010年「日本ボタン大賞」グランプリ(左)、16年同審査員特別賞(左から2番目)

そんな現状を少しでも改善し、ボタンそのものの価値を上げたいという気持ちが宮園さんにはあります。「高校時代からファストファッションの服のボタンを変えて、お金はないけどおしゃれを楽しんでいたので。お気に入りのボタンを付け替えたり、それをまた別の服に付け直したり、そういう文化があれば、もっとボタンの可能性は広がっていくのかなと思います。装飾品としての価値や、富や権威の象徴でもあった歴史にも目を向けてもらえたら」。
 かわいいボタンを世に生みだすだけでなく、ボタンの在り方も考えている宮園さん。最後に、これから挑戦したいボタンについてお聞きしました。「最近は能面教室に通っていて、木彫りをするようになったので、木のボタンも作ってみたいです」。

 

 

ボタンデザイナー 宮園 夕加(みやぞの ゆうか) さん
1985年東京都生まれ。女子美術大学卒。衣服造形家・眞田 岳彦氏に師事。服飾資材商社で商品開発に約10年携わったのち、2018年に独立。オリジナルのボタンブランド〈sumie〉を立ち上げる。2010年「日本ボタン大賞」グランプリ、16年同審査員特別賞受賞。

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