刺しゅうを介して、世界を形にしていく

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自由で楽しく、力強く。端正さとユーモアが同居するatsumiさんの刺しゅう作品は、一度見たら忘れられない不思議な魅力に満ちています。社会人経験を経て、独学で今の道を進んでこられたatsumiさん。やわらかな自然光の差し込むアトリエで、日々の創作や刺しゅうに対する思いをうかがいました。

 

自由な刺しゅうで自分らしさを表現

 

「思い入れのある刺しゅう作品を見せてください」というリクエストにこたえて最初に見せてくださったのは、時を経た様子のきんちゃく袋。atsumiさんのなまえが、素朴なステッチで刺しゅうされています。

お母さまお手製の刺しゅう入りきんちゃく。赤いギンガムがたまりません。

「これは幼いころに私の母が作ってくれたもの。幼稚園や小学校の持ち物に刺しゅうをしてくれたのが、当時はすごくうれしくて。今見ると全然上手じゃないんだけど、母の気持ちがすごく伝わってくるんです」

 

自由で独創的、ユーモア漂う作品世界にファンの多いatsumiさん。刺しゅうはお母さまに習ったのかと思いきや、完全な独学だというから驚きです。多摩美術大学を卒業後、アパレルメーカーを経て、母校の職員に。働きながら個人として作品制作を続けるうちに、刺しゅうという唯一無二の表現に魅せられていったのだそう。

「最初は自分にとって数ある表現方法のひとつでしたが、刺す作業は楽しくて飽きないし、うれしい反応をいただくことも多くて。いつかは自分のなまえで仕事をしていきたいという思いがあったので、大学職員を辞めたタイミングで覚悟を決め、刺しゅう作家を名乗ることにしました」

古い日本家屋のすりガラスをイメージソースにした初期の刺しゅう作品。
新作の図案は、小さなチアリーダー。令和6年能登半島地震にお見舞金を贈るプロジェクトとして図案を販売。

 

atsumiさんの挑戦は瞬く間に編集者の目に留まり、すぐに初の書籍「刺繡のエンブレム」の出版が決定。色味をおさえたトーンやモチーフの新鮮さが話題となり、今も多くの人に愛されるロングセラーに。

 

『刺繡博物図』(小学館)の表紙になった海の植物の刺しゅう。ふだんの製作スタイルとは異なり、対象をなるべく忠実に再現することに苦心したチャレンジングな一作。

 

以降は書籍や作品の発表をコンスタントに続けながら、図案の提供、商品開発、企業とのコラボ、メディアでの発信など、刺しゅう作家として多忙な毎日を送っています。

 

「TAjiKA」の糸切りばさみと、「三條本家 みすや針」の刺しゅう針を愛用。

 

「15年前は刺しゅう作家というと大御所の方が多くて、私のような若手は珍しかったんです。刺しゅうも完全に独学だったから、素材の選び方や扱い方なんかも業界の方に驚かれることが多かった。でも、だからこそいろんな方におもしろがっていただけたし、ほかの方と比べることなく、自分の道を歩んで来られたのかもしれません」

 

昆虫は大好きなモチーフ。色の美しさや形のおもしろさに惹かれるそう。

 

atsumiさんが監修を務めた「とりどりの色遊びオーナメントも作れる48のきらめきにしきいとの会」は、美しいラメ糸刺しゅうが満喫できる豪華なキット。 「にしきいとはとても美しい糸ですが、一般的な刺しゅう糸と比べるとやや扱いがむずかしいところもあるので、初心者の方にも最後まで楽しい気持ちで刺し続けていただけるよう、途中で飽きない図案作りを心がけました。コツは、リラックスすること! 気持ちが焦ると糸がひきつったり、間違えやくなってしまうので、やさしくていねいに、穏やかな気持ちで刺す時間を楽しんでみてくださいね」

 

刺しゅうは、誰かの思いの痕跡

虫や木々、ジオメトリックな紋様、楽しそうな女の子たち。従来の刺しゅうのイメージを軽やかに超えていく、「atsumiさんらしい」としか表現できない独特の世界観は、胸が高鳴る楽しさに満ちています。刺しゅうの色やモチーフ選びには、いったいどんなこだわりがあるのでしょうか。

 

刺しゅう糸は色別にざっくりと引き出しに分けて収納。
草木染めした刺しゅう糸と、それを布に刺して作った色見本帳。

 

「こだわりも、決めていることも特にないのですが、自分の作品をいちばん最初に目にするのは自分なので、自分が刺して楽しいもの、今いちばん見たい! と思うものを作るようにしています。そして結果的にそれをほかの方々にも喜んでいただけたときはすごくうれしいです。アイデアは、手を動かしているときに思いつくことが多いですね。それを形にする途中でまた次のアイデアが生まれるから、自分の中では創作が絶え間なくつながっている感覚です」

 

自然光の差し込むアトリエの壁。刺しゅう枠や絵葉書、最近観た映画のチラシなど、好きなものを自由に飾って。

 

頭に浮かんだアイデアが形になるまでには、どのような過程を経るのでしょうか。 「私は絵が得意ではないので、下絵にはいつもすごく時間がかかります。たとえ実在するモチーフでも、そのまま下絵にするのではなく、自分のフィルターを通してから今までどこにも存在していなかったものとしてアウトプットすることが多いので、なかなかむずかしい。曖昧だったイメージにくっきりとピントを合わせることができたときは本当にうれしくて、その後の作業もすごく楽しいです。うまく下絵が描けないときは「まだその時期じゃない」ということなので、いったん手を止め、頭の中の引き出しにしまいます。今も引き出しの中には、世に出るタイミングを待っているアイデアがたくさん眠っているんです(笑)」

 

アトリエの片隅にお気に入りのレコードを並べて。

 

目の前の景色、美術館で出会った絵画、最近観た映画。そういうものを刺しゅうにしたら一体どうなるだろう……と考えることもあるというatsumiさん。刺しゅうを介して自分と世界とのつながりを再構築していくような感性に、あの独特の世界観の秘密があるのかもしれません。 「まだまだなところはあるけれど、15年続けてきて、絵も刺しゅうも少しだけうまくなったかな?と思えるようになりました。刺しゅうの魅力は、長く残っていくところと、世界中に存在するところ。日本でも海外でも、街を歩いていると必ずと言っていいほど刺しゅうに出会います。そして、かつて母がきんちゃくに私のなまえを刺してくれたように、それらの刺しゅうは誰かが思いを込めてくれた痕跡でもあって。それを意識するだけで、自分の世界が豊かに広がっていくような気がするんです」

 

atsumiさん監修のオーナメントを作れるにしきいとを好評販売中!

 

きらきらと美しい光を放つラメ糸「にしきいと」を楽しむスペシャルセット。atsumiさんデザインのオーナメントを「にしきいと」で作りながら、毎月4色、12ヵ月で48色のにしきいとをコレクションできます。

CHECK! →  とりどりの色遊び オーナメントも作れる48のきらめき にしきいとの会

 

刺しゅう作家 / atsumiさん

多摩美術大学卒業後、アパレルメーカー、同大学勤務を経て作家活動を開始。刺しゅうをベースとした作品で個展を開催するほか、作家・企業とのコラボレーションワーク、刺しゅう糸ブランド「ototoito」、WEBコンテンツ「See Sew project」の監修など幅広く活動中。『黒い糸で紡ぐある家族の刺繡』(文化出版局)ほか著書多数。

HP:www.itosigoto.com

 

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