インドの手仕事布から考える、毎日手にする布のこと

2023年3月27日(月曜日)

あなたが今着ている洋服の生地は、どこからきたの? と問われて、答えられる人はどれほどいるしょう。今回お話しを伺った「キヤリコ」の小林 史恵さんが手がけるインドの手仕事布は、どこで作られたか出自がわかるものばかり。悠久の時が流れる古都奈良のお店にて、美しい布に囲まれながらお話しをお聞きしました。

自分が好きな手仕事布で人も喜ぶ仕事がしたい

若草山を正面にのぞむ奈良公園内に、小林さんが営むキヤリコは店を構えます。鹿が草をはむのどかな風景を背に中へ入ると、手仕事に彩られた洋服と布がいっせいに語りかけてきます。

 

若草山に面したお店の前の風景。小林さんによると、インドの雰囲気に似たものがあるという。
真鍮(しんちゅう)の版に染料を付けて布に捺染したブロックプリント。

一枚一枚の布を見て、まず驚くのはその表情の豊かさでしょう。羽衣のように透けるもの、ゆっくり織られたであろう、ふくよかな生地。これらの多くが、手紡ぎ、手織りで作られたのかと思うと、気が遠くなる感覚すら覚えます。洋服についても、縫製の跡は器用さをものがたり、刺しゅうの繊細さにいたってはため息が出るほど。
「奈良で育ったせいか、子どものころからおもしろいものは大陸からくるイメージを持っていました」という小林さんが、キヤリコを始めたのは2012年のこと。それまでの7年間は、外資系の企業でインドの農村開発などの仕事をされていました。それもやりがいのある仕事だったそうですが、あれもこれもと多忙を極める中で「同じ働くなら自分にとって意味のあることで、人も喜ぶことをしたい」とかねてより好きだった手仕事の布を追求することに。

 

繊細な平織の生地に、別の糸を細い針で緯糸に沿わせて部分的に織り入れることで模様を描きだすシャムダニ織。
photo by 在本 彌生

「最初は周囲に反対されました。インドの布は奥が深いし、インド人にだってできないんだからと言われましたが、むずかしいからこそおもしろいと思いました」と、はた目には無謀とさえ思われた小林さんの挑戦は始まります。
「インドにはもともといい布がたくさんあったんです。でも、糸の始末が雑だったり、物に仕立てたときのデザインがイマイチだったり、布が生かされていませんでした」 小林さんは、それまでの仕事を通して、研究開発がいかに大事かということも実感されていました。 「現在あるものを販売するだけでは本質的な価値は生まれない。大切なのは、継続的に新しいものを生み出す基盤を作ること。私が手がけるのは、そのデザインとマーケティングの部分だと思いました」

 

キヤリコのデニムを織る織り師。photo by 在本 彌生

今、世界の手織り布の95%がインド産なのだそう。綿という原料がその地にあったということと、サリーという一枚布の民族衣装が今でも着られていることが、布文化を発達、維持させてきたとのこと。インドでも高齢化により手仕事人口が減ってきてはいるものの、若い人がその魅力に今気づけば、未来はあると小林さんは考えます。
とはいえ、志だけではいい布は生まれません。インドという地で、一定の品質で布を仕上げてもらうことは並大抵のことではないはずです。でも、小林さんは「大変という感覚は麻痺しちゃってる」と、ご自身の苦労話は二の次といった様子。

本来、布はもっと大事にされるべき

「最初は全部自分でやらないといけないと思っていました。でも、やればやるほど、インドの人の方が進んで布づくりに取り組んでいるとわかってきました。だから、改善を促すことはあるけれど、キヤリコの力で進めるというより、作る方をサポートして、手仕事布のよさを日本に伝えていくことが私の役割かなと思っています」

 

カンタ制作の様子。なみ縫いを全面的にほどこすことで、生地が引き寄せられて波打ち模様に。photo by 在本 彌生

キヤリコの布や洋服を購入すると、原材料や生産地のほか、紡ぎ方や織り方、染め方、縫製方法などもわかるメモが付いてきます。一枚の布が、自分の手に渡るまでの手仕事の道のりを想像すると、感謝の気持ちと布へのいとしさがこみ上げます。

 

左:伝統的なスジュニ刺しゅうにも、若い作家の手で新しいデザインが生まれている。右:藍染めを手がけるソーシャルベンチャー「リビングブルー」とキャリコが共同製作しているカンタバッグ。photo by 在本 彌生

「今世界では、自分が着ている洋服の布がどこからきたかわからないことが当たり前になっていますよね。食べものの産地にこだわる人でも、着ているものがどこで作られているか知らなかったりする。キヤリコの布は、手仕事ゆえの不均一さがあるけれど、それが風合いのひとつだと布好きの方にはわかっていただけています。キヤリコの生地を求めて来られる手芸や洋裁をされる方は、布のよさを理解してくださるんですよ」

 

チェックやストライプの使い勝手のいい生地も豊富。

キヤリコの服は、長く大切に着るために、流行は意識せず、着る人をいかに美しく見せるかを考えてデザインされています。小林さんによると、手仕事布の洋服を一度着るとほかのものを着られなくなるのだそう。

 

からだをゆったり包む洋服は、どこか土の気配を感じさせる自然な色合いも魅力的。

「現代は歴史的に見て布の価値が最も下がっている時代ではないでしょうか。布は本来、資源としてはさることながら、時間をかけて作るものだから、相応の価値があるはずなんです。貴重な布を無駄にしないように、その昔カンタ(※1)が生まれ、さらにそこにみんなの尊厳やアイデンティティとして刺しゅうをほどこす工夫が生まれました。布の一片一片の価値が高かったんです。手仕事の布は安いわけではないし、毎日着るにはぜいたくなものかもしれない。でも、たくさん求めるのではなく、ワンシーズンに一着買い足し、それを大切に着るようにすればいい。手仕事の布の作り手を育てることも大切だけど、それを使う私たちの意識を育てることも大切ですよね」

※1…ベンガル地方の伝統的な刺しゅう。使い古した布を重ね合わせ、補強を兼ねた刺し子をほどこして再利用したのが始まり。

 

『CALICOのインド手仕事布案内』
文:小林 史恵 写真:在本 彌生 / 小学館刊
世界的に手仕事の布が消えゆくなかで、今も息づくインドの手仕事布。そこにさらなる可能性を見た著者が、自身が運営するキヤリコの活動の中で出会った人々と手仕事の今を紹介。多くの人がインドの布と聞いて想起するラフなエキゾチズムとは異なる、奥深き手仕事布の世界が見える布好き必読の本。

CALICO

奈良県奈良市雑司町491-5
TEL / 0742-87-1513  営業時間 / 11:00〜17:00  定休日 / 月曜・火曜

 

CALICO : the ART of INDIAN VILLAGE FABRICS / 小林 史恵

大阪府生まれ、奈良育ち。上智大学を卒業後、メディア業界をへて外資系のコンサルティング会社に勤務。インドの農村の開発などを数多く担当し、2012年に独立。現在はインドの手紡ぎ・手織りの布や、布を使った洋服を販売するキヤリコ代表・デザイナー。

instagram:@calicoindiajp
HP:https://www.calicoindia.jp/

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