あれからの、わたしたち

#004[2026/06.16]

あれからの、わたしたち

ホームは、ひとつじゃなくてもいい。
世界を渡り歩くなかで見つけた、新しい問い

岸本成美さんNarumi Kishimoto

「最近、自分のホームがどこなのか、よく分からなくなっているんです」
そう話す岸本成美さんの言葉を聞きながら、前回の取材を思い出していた。

2年前に取材したとき、彼女は神戸で通信社の記者として働いていた。阪神・淡路大震災の被災者や広島の被爆者の声を取材しながら、「普通の人の営みの中で紡がれる、拾われない言葉を残していきたい」と語り、ドイツの大学院への進学を決めたばかりだった。

当時の記事を読む

当時の彼女は、とにかく世界を見たがっていたように思う。
高校時代にはひとりでニュージーランドへ渡り、大学ではトルコ留学を経験。記者になってからも、もっと広い世界を知りたいという思いは消えなかった。

あれから2年。
ドイツの大学院で学び、さまざまな国から来た人たちと出会うなかで、彼女が見つけたのは答えではなく、むしろ自分自身の足もとを揺さぶるような新しい問いだった。

常に自分の心の赴く方へ行きたい

現在、岸本さんはドイツ西部のマインツにある大学院で、人文地理学を学んでいる。
専攻しているのは、メディアやグローバリゼーション、文化などを横断的に扱うコースだ。

岸本さん:もともとはメディアにいちばん興味がありました。とはいえ、特定の研究テーマを持ち合わせていたわけではなかったので、視野を広げるという目的での大学院進学でした。社会の不平等や世界のなかの力関係とかも含め、分野横断的に学べる今のコースが魅力的に見えました。

日本で記者として働いていたころから、人に関心があると語っていた岸本さん。ニュースの向こう側にいる誰かの人生や、その人が生きる社会の構造をもっと知りたい。その思いが、大学院進学へとつながっていった。

授業でディスカッションしている様子(画像:岸本さんご提供)

世界中から集まる学生たちとの議論は刺激的だった。その一方で、海外で生活することは、想像していたよりずっと大変だったという。

岸本さん:文化の違いや慣れない生活環境で、それまであまり健康面で悩んだことはなかったのですが、ドイツに来てから体調をくずしやすくなってしまって。自分のからだや心と向き合わざるを得ない時間が増えました。

それでも彼女は、「ドイツに来たことを後悔したことはない」と言う。

岸本さん:もちろん大変なこともあります。でも、それ以上に、ここに来なかったら見えなかった景色や出会えなかった人がたくさんいるんです。

ある意味、レールを外れることができたことが大きかったかもしれません。20代も後半になってくると、周りには、ひとつの場所でキャリアを積み重ねたり、家庭を持ったりしている友人がいます。まだ学生をやっている身からしたら、彼らをうらやましく思うときもあります。そうは言いつつ、これからも自分の心が赴く方へ飛び込んでいきたいなと思います。

一時帰国したとき、
自分のホームがどこにあるのか
分からなくなった

そんな岸本さんにとって、大きな転機となったのは、一年ぶりに日本へ一時帰国をした際に感じた違和感だったという。

岸本さん:これまで、日本はずっと絶対的なホームだと思っていました。でも、帰ってきたときに、自分が外側から日本を見ているような感覚になったんです。以前なら当たり前だった風景が、どこか違って見えました。例えば、スーパーの商品が一つひとつていねいに包装されていること。電車の中では、多くの人がスマートフォンを見つめていること。以前なら気にも留めなかった光景が、妙に目につくようになったんです。

もちろん、ネガティブな視点だけではなく、日本の便利さや安全さ、食文化の豊かさも以前より強く感じるようにもなったそう。日本を離れたことで、むしろ日本が見えるようになった。それと同時に、「自分はどこに属しているのだろう」という新しい問いが生まれたという。

ライン川沿いの景色。お気に入りの散歩コース(画像:岸本さんご提供)

岸本さん:ホームだと思っていた場所が、前と同じようには感じられなくなってしまったことに、少しの寂しさを感じつつ、それはわたしにとって新しい発見でもありました。

母国ではない場所で生活しながら、
どのようにアイデンティティを
形成するのかを知りたい

大学院生活のなかで、岸本さんは4ヵ月間、トルコでインターンシップを経験。ユネスコと提携する大学が実施する教育プログラムの運営を支援する仕事だった。
トルコを選んだのは、大学時代に留学した思い入れのある国だったことに加え、将来的に暮らす可能性も考えていたからだという。

そこで出会ったのは、シリア、イラク、エジプト、パレスチナなど、さまざまな国から来た若者たちだった。

運営に関わったプログラムの最終日の様子。ウズベキスタン人の参加者らからプレゼントしてもらったスカーフを身につけて(画像:岸本さんご提供)

岸本さん:本当にいろんな人生があるんだなと思いました。

特に印象に残っているのは、移動の自由についての話だった。
日本のパスポートを持つ岸本さんにとって、海外へ行くことは比較的容易なことだ。しかし友人たちのなかには、ビザの問題で行きたい国へ行けない人もいた。働きたい場所があっても、国籍によって選択肢が制限される人もいた。
さらには、自分の国の政治情勢や経済状況、治安の問題などから、本当は故郷に戻りたい気持ちがあっても、それがむずかしい人もいたという。

岸本さん:ニュースを見たり、勉強をしたりするなかで、そういった現状は以前から知ってはいたのですが、実際に友人たちの口から聞くと、リアルさがまったく違って……。わたしにとっては「どこで暮らしたいか」を考えられること自体が当たり前でした。でも、それが当たり前ではない人たちがいるんだと気づかされました。

その経験と一時帰国の際に感じた違和感が結びついたと話す岸本さん。なぜ自分はホームが分からなくなったのか。母国ではない場所で暮らす人たちは、自分の居場所をどう見つけているのか。
その問いが、現在の研究テーマへとつながっていく。

フランクフルトのユダヤ博物館にて(画像:岸本さんご提供)

岸本さん:移民の人たちは、住んでいる場所をどう自分の居場所として受け入れているのか。どのようにアイデンティティを形成しているのか。自分自身も移民として暮らしているからこそ、そのことを知りたいと思いました。

現在執筆準備を進めている修士論文では、ドイツで暮らす移民たちへのインタビューを計画している。

やっぱりわたしは、人の言葉を残したい

前回の取材で、岸本さんは「普通の人の営みの中で紡がれる、拾われない言葉を残していきたい」と語っていた。今回話を聞いていて、その思いは少しも変わっていないように感じた。

記者時代には、震災や戦争を経験した人たちの声を聞いていたが、今は、国境を越えて暮らす人たちの人生に耳を傾けている。テーマや場所は変わっても、人の話を聞き、その人だけの物語を残したいという彼女の願いは変わっていない。

岸本さん:新卒で入った会社を2年で辞めて、28歳でまだ大学院生をやっている。そう考えると、不安になることがないわけではありません。でも、自分の興味や関心はなんだか変わっていなくて。人の話を聞きたいとか、もっと世界を知りたいとか。その気持ちを大切にしながら選択してきたことには、少し誇りを持っています。

仕事になるかどうかは分からないですけど、人の言葉を残すことには、これからもずっと関わっていきたいと思っています。自分とはまったく違う人生を歩んできた人の話を聞くたびに、世界の見え方が少しずつ変わっていく感覚があるんです。わたしが聞いたその言葉が、今度は誰かに届いて、その人の見える景色を少し広げることにつながったらうれしいです。

あとがき

今回、岸本さんの話を聞きながら、わたしは「成長」という言葉について考えていた。
わたしたちはつい、何かを学んだ先には答えがあり、遠くまで行けば行くほど、自分の進むべき道がはっきり見えてくるような気がしてしまう。

けれど岸本さんの2年間の歩みは、少し違った。ドイツで学び、トルコで暮らし、さまざまな国の人たちと出会った先で手にしたのは、答えではなく問いだった。

自分のホームはどこなのか。人はどのように居場所をつくるのか。自分はこれからどこで生きていきたいのか。
分からないことは増えているはずなのに、2年半前よりもずっと伸びやかに見えたのは、その問いを抱えたまま歩いていくことを受け入れているからなのかもしれない。

卒業後の進路はまだ決まっていないという。ドイツに残るのかもしれないし、トルコへ向かうのかもしれない。あるいは、まったく別の場所へたどり着くのかもしれない。

けれど、どこへ行くとしても、彼女はまたその土地で誰かの話に耳を傾けるのだろう。そして、自分とは異なる人生を生きる人の言葉を受け取りながら、自分自身の問いも少しずつ更新していくのだと思う。

STAFF
photo / text : Nana Nose