やさしいフォーラム

譲りたい気持ちはあるのです

やさしいフォーラム

電車やバスで
席をスムーズに譲れない……。
あの数秒に何が起きてる?

「あ、譲ったほうがいいかも」

電車やバスでそう思ったのに、結局そのまま座り続けてしまった。

あとになって「声をかければよかったかな」と少しだけもやもやする。

そんな経験がある人は、きっと少なくないはずです。

今回の「やさしいフォーラム」のテーマは、「電車やバスで席をスムーズに譲れない」。

「譲る・譲らない」の正解を探すのではなく、譲りたい気持ちはあるのに動けない、あの数秒に何が起きているのかを、アラサー世代のみなさんと一緒に考えてみました。



今回のやさしい人たち

いぶき
宿の経営/31歳

きょうか
ライター・ディレクター/30代前半

さみ
フォトグラファー/20代後半

みさと
ライター・ノンフィクション作家/30歳/今回のファシリテーター



譲りたい気持ちはある。
でも、動けない。

みさと: 「譲りたいと思ったのに、動けなかった」っていう経験、みなさんはありますか?

きょうか: あります、あります。特に自分がへとへとなとき。疲れていて心身ともに余裕がないと「譲ったほうがいいよな」と思いながらも、座っていたい気持ちのほうが勝っちゃいますね。

さみ: わかります。私も毎回譲れてるわけじゃなくて。スマホ見てて気づけてなかったり、周りを見て「誰か譲るかな?」って様子見しちゃったり。で、そのうちにタイミングを逃しちゃうんですよね。

いぶき: 「目の前に立ってるわけじゃないし」「マタニティマークも見えてないし」って、気づいたら自分の中で理由探ししてたりとか。ありますよね、そういうの。

「席を譲る」が
いつも正解とは限らない

きょうか: あと、一回でも断られると、次から声をかけづらくなりませんか?

いぶき: わかります。僕、高校生の頃に「譲りますよ」って年配の方に声をかけたら、「私のこと、おばあちゃんだと思ってるんでしょ!」って怒られちゃったことがあって(笑)

さみ: 元気そうに見える年配の方だと、「逆に失礼かな」って迷っちゃいますよね。

きょうか: それでいうと、私は小さい子どもを連れて電車やバスに乗ることも多いんですけど、「どうぞ」って譲ってもらったのに、断っちゃったことがあるんです。混んでる車内だと、子どもを抱っこしたまま座ると隣の人に足があたっちゃいそうになるのが申し訳なくて、逆に座りづらいことがあるんですよね。

いぶき: 赤ちゃんを寝かしつけたばかりで座りたくない、とか。立っていたい理由があることもありますもんね。善意が必ずしも相手にとって正解とは限らない。だからこそ、「声をかける」ことに慎重になっちゃう人は多いのかもしれないですね。

たった一言に
どうしてこんなに勇気がいるんだろう

みさと:たった一言、声をかけるだけなのに、どうしてこんなに勇気がいるんでしょうね。

さみ:そもそも、シーンとした静かな車内で知らない人に話しかけること自体、結構ハードルが高い気がします。「何も起きてない空気を壊したくない」っていう気持ちが、どこかにあるのかもしれない。

いぶき:それでいうと僕、声をかけずに席を譲ることもありますね。

みさと:というと?

いぶき:前に見かけた光景なんですけど。席を譲りたい人がいたとき、ある男性が何も言わずにすっと立って、そのまま隣の車両に行っちゃったんですよ。それがすごく自然で。ああ、こういう譲り方もあるんだなって、今でも印象に残っていて。それ以来、僕も「次で降りるんで」とだけ伝えて別の車両に移ったり。大げさにならない形のほうが、自分には合ってるみたいです。

誰も悪くないのに
ギスギスしてしまうのはなぜ?

みさと:これって個人の問題というより、「声をかけにくい空気」そのものがある気がしていて。その背景には、どんな社会の状況があるんでしょう。

いぶき:満員電車って、人のいい面も悪い面も引き出す場所ですよね。毎朝あのぎゅうぎゅうの中で通勤してたら、自分のことで精いっぱいになるのも、そりゃそうだよなって思うんです。

さみ:結局、余裕がないと人に目を向けられないんですよね。

いぶき:前に一度、満員電車でベビーカーに舌打ちしてる人を見かけたことがあって。でも、ベビーカーの人が悪いわけでもないし、イライラしちゃう人だけが悪いわけでもないんですよね。誰も悪くないのに、ああいう空気になってしまう。その構造のほうが問題なんじゃないかなぁと。

きょうか:正直に言うと、小さな子どもがいる私も「満員電車にベビーカーはちょっと迷惑かも」って思っちゃう瞬間があるんです。でも、あれって同調圧力なのかもしれないですよね。みんなそれぞれ事情があるはずなのに、「迷惑」っていう空気のほうに、自分も引っ張られてる。

さみ:満員電車って、みんな疲れてたり気を張ってたりする空間だから。やさしくなれないのも、個人のせいだけじゃない気がします。

「席を譲る」迷いと
どう付き合っていく? 

みさと:今日話してみて、これから自分たちにできそうなことって、何かありますか?

きょうか:私は、譲ってもらったときに、ちゃんと「ありがとうございます」を伝えたいなと思いました。その一回が、譲った側の「また誰かに譲ろう」につながるかもしれないので。

いぶき:僕は、「今日は自分のほうが立っていられるな」と思えたら譲る。で、本当に余裕がない日は「そういう日もあるよね」と、譲れなかった自分も許してあげる。自分を責めすぎない。そのくらいの心持ちでいられたらいいなと。

さみ:それで言うと、人にやさしくするには、まず自分にやさしくすることも大事なんだなと思いました。一人ひとりが少しずつ余裕を持てたら、電車やバスの空気も、今よりちょっとやわらかくなるのかもしれないですね。

みなさんならどう思う?

私の場合はこんな感じ。
こう考えるとおおらかに思えるかも。

このフォーラムをきっかけに、思ったこと・考えたことをぜひ聞かせてください。

集まった意見はこの記事で随時発表していこうと思います。

一緒によりよい社会のあり方を考えていけたらうれしいです。

まとめ

席を譲ろうか、どうしようか......。

その数秒を振り返ると、「断られたらどうしよう」「失礼かもしれない」「今日は自分も疲れている」など、たくさんの迷いがありました。

その背景には、満員電車や、知らない人に声をかけにくい社会の空気もあるのかもしれません。

だからこそ、自分を責めすぎず、余裕がある日は一歩踏み出してみる。譲ってもらったら「ありがとう」を伝えてみる。

そんな小さな積み重ねが、車内の空気を少しずつほどいていってくれるのかもしれません。

STAFF
text:貝津美里
illustration:fig.