#13 [2024/11.19]

せんぱいたちの、このごろ

人がいいと思うものではなくて、きちんと自分のチャンネルをつくっていきたい

勝部涼亮さんRyosuke Katsube

こう語るのは、現在大阪府・北加賀屋に拠点を構える建築設計事務所「dot architects」で活動する勝部涼亮さん、27歳だ。

今年(2024年)のはじめ、私はとある現場で彼と出会った。
そのとき言葉を交わしたわけではなかったが、仕事に静かに向かうその姿がふと目に留まった。凛としたたたずまいの奥に、なにか強い信念や情熱のようなものが宿っている……そんな気配を感じたのだった。

「この人の話を聞いてみたい」直感でそう思った。

後日、彼の物語を聞くうちに、私の中の直感は確信へと変わっていく。
田園地帯で土とともに育った子どものころの記憶や、建築への想いが語られるそのひと言ひと言に、彼の中で燃え続ける揺るぎない情熱が伝わってきた。

土とともに育った幼少期。
自分の手でものを生み出すことが好きだった

滋賀県・守山市の田園地帯。琵琶湖の南東に広がる田舎まちで勝部さんは生まれ育った。

勝部さん:百姓の家に生まれて、自分たちで食べるお米や野菜を育てていました。幼いころから祖父母の農作業を手伝っていて、土をいじるのが好きだったので、楽しい思い出として残っています。

採れすぎた野菜は隣人と分け合い、また別の野菜をもらう物々交換も日常の一部。
まちの誰もが知り合いで、互いを支えあう共同体の中で、勝部さんは「人と土地のつながり」を無意識のうちにからだに刻み込んでいった。

また、隣の家に住む植木屋のおじいちゃんが持つ工場に足を運び、簡単なものづくりをする時間も好きだったそう。

勝部さん:竹を切って弓矢を作ったり、ゴム鉄砲を作ったり。農作業と同じで、自分の手を使ってものを生み出すことが昔からずっと好きでした。

ここから出ていきたい。
建築への興味が広げた視野

中学生になるころから、地元の温かいコミュニティに愛着を感じながらも、それとは裏腹に「出ていきたい」という新しい感情が芽生えた勝部さん。

勝部さん:時代がどれだけ変化しても、「なにも変わらないことがいい」という田舎の保守的な価値観に、どこか居心地の悪さを感じました。その気持ちに拍車をかけたのが「建築」だったんです。

今回お伺いした事務所の壁。メンバーが集めたリファレンスやドローイングの数々が目を引く

あるとき、京都を訪れた勝部さんは、「京都駅」の建築に大きな感銘を受けたという。

勝部さん:分かりやすく大きくて、たくさんの人が行き交う中で機能する空間を見て、思わず圧倒されました。家も学校も駅も、そこに集まる人の営みを支えるもの。僕もいつかそんな建築物をつくってみたいと思ったんです。

幼いころからものづくりが好きだった彼は、やがて家具や空間といった大きなスケールのものづくりに興味を持つようになっていた。そんなタイミングで京都駅を目にし、建築を本格的に学びたいという夢ができたが、物理的に地元では学べる環境がなかったそう。

勝部さん:とはいえまだ中学生だったので、すぐに出ていくことはできなくて……。いつか地元を出て建築を学ぶことを見据えて、そのレベルに合った高校を探して進学しました。

夢への土台を築いた学びの時間

高校に進学してからは、地道に建築の知識を蓄えていった。

勝部さん:建築について自ら深く調べる中で、当時は東京オリンピックの新スタジアムの国際コンペ案などにも興味を持ちました。世界の建築家たちのさまざまな案に刺激を受け、将来やりたいことが「建築」だと、はっきりしたように思います。

その一方で、部活動のサッカーにも熱中し、受験勉強の開始が遅れてしまったことで、志望していた大学に届かず、浪人生活を余儀なくされた。しかし、彼はその状況をチャンスとも捉えていた。

勝部さん:せっかく浪人するならもともと志望していた場所ではなくて、日本の中で建築を学ぶのにいちばんいい環境を目指そうと、視野を大きく広げました。

事務所の本棚に並べられた本。主宰の家成さんは、現在の建築の考え方の礎に、阪神淡路大震災の経験があるそう

一年間の猛勉強の末、AO入試で第一志望の横浜国立大学・建築学科に合格した勝部さん。夢にまで見た、建築を本格的に学ぶ大学生活が始まった。

勝部さん:大学では本当に充実した時間を過ごしました。初めて地元を出てひとりで生活することも新鮮でしたし、建築をもっと知りたい、学びたいという意欲が溢れていたので、一年生のころから先輩のところに毎日通い、設計課題のお手伝いをさせてもらったり、いろんなお話を聞きに行ったりしていました。

教わるのは、決して建築だけのことではなかったという。映画や本、美術作品など、さまざまなカルチャーが新しい視点を与え、視野を豊かに広げてくれたと振り返る。
そして、そんな世界をさらに押し広げてくれる教授たちは、多くが現役の建築家だった。彼らが見てきた現場の話や、建築に対する真摯な思いを聞くたびに、勝部さんの心は強く動かされた。

勝部さん:この場所で吸収できるものはすべて吸収しようと。一緒に学ぶ友人たちも、皆が建築を愛していて、同じ方向を向いていました。それぞれに異なる感性やアプローチを持ちながらも、目指す先には共通の思いがある。そんな空間は、本当に居心地がよかったです。

一番初めに働く場所が重要。
自分がいちばん頑張れる環境に行け

大学生活が終盤に差し掛かり、進路について考え始めたころ、勝部さんに思いがけないチャンスが訪れる。オランダ・ロッテルダムにある建築設計事務所から、とあるプロジェクトのメンバーとして参加してほしいとの声が掛かったのだ。

勝部さん:日本とは別の文化が育つ海外で、建築を学んでみたいという思いはずっと持っていたので、二つ返事で引き受けたのですが……。

勝部さんが関わる予定だったプロジェクトの敷地は、まさにウクライナとロシアの国境付近。不運にも戦争が始まり、プロジェクト自体が白紙になってしまったという。

事務所の中に置かれた模型をひとつひとつじっくり見せてもらった

勝部さん:もちろんショックでした。でもだからといって急いで将来を決めようとは思わなかった。建築家・西沢立衛さんの「最初に働く場所が重要で、自分がいちばん頑張れる場所に行け」という言葉を大切にしていて、心からそう思える場所に行きたかったんです。

一旦、目の前の卒業設計に集中した勝部さん。その間にも、いくつかの設計事務所から就職の声がかかったそうだが、「自分がいちばん頑張れる場所か」を慎重に考える中で、最終的にはどの場所も就職の決断には至らなかったそう。

勝部さん:僕にとっていちばん頑張れる場所とは、「未知の自分に出会えるかどうか」でした。お声がけはありがたかったのですが、どこも将来の自分の姿を容易に想像できる気がして、決断には踏み切れませんでした。

ドットとの出会い。
ここでなら未知の自分ときっと出会える

現在の職場である「dot architects」(以下、ドット)との出会いは、いよいよ卒業が間近に迫ったタイミングだった。

勝部さん:お世話になっていた大学の教授から、突然ドットへの就職を提案してもらったんです。以前から知ってはいたのですが、ご提案をいただいてから、ドットのつくっているものを改めて見に行ってみたり、軸にある考え方を調べているうちに「ここがいい!」と強く思いました。

ドットが手がけるのは、単なる建築設計にとどまらない。自ら施工まで手がけたり、ときにはアートプロジェクトに参加したり、バーやパフォーマンスなども行う。その活動はあまりに多彩で、勝部さんは「とてもいい意味で、わけが分からない」と感じたそう。

勝部さん:今まで自分が考えていた建築とは、まるで異なる領域を目指していると感じました。ここでなら、未知の自分に出会えると感じ、ドットの門を叩く決意をしました。

ドット事務所の入口。まるで工場のよう

ドットに就職して約3年が経った今、勝部さんは「数年前には想像もしなかった自分に出会えている」と語る。日々、新しい価値観や考え方にふれ、そのたびに自分が広がっていく感覚を味わっているそう。

勝部さん:以前は、建築物をつくることこそが建築家の仕事だと思っていたんです。でも今は、それだけが建築ではないと実感しています。逆に、建築だけで表現することの限界にも気づかされました。建築以外のさまざまな表現方法と建築の融合を学びながら、どんな挑戦にも「できないことはない」と思えています。

原点回帰。
農業と建築をテーマに
自分のチャンネルをつくりたい

しかし近ごろは、「学ぶ」という立場を卒業し、自分はなにを武器にして何を未来に残していくのかについて、本格的に考え始めたという勝部さん。

勝部さん:自分には何ができるのかを問われ始めたタイミングだと思います。尊敬する人たちがいいと言うものだけをいいと思うのではなくて、きちんと自分のチャンネルをつくっていかないといけない。

自分のチャンネルとは何か……。
先日、ドット主宰の家成さんから「かっちゃんは、農業と建築でいくのがいいと思う」と提案されたという。その言葉を聞いたとき、心に思い浮かんだのは、地元・守山の、土に近い生活だった。高齢化による畑や田んぼの縮小は、守山も例に漏れず、勝部さんの祖父もいつ畑を辞めてもおかしくない状況だそう。

勝部さん:今振り返って、まだ活気のあった守山で子ども時代を過ごせたことが、どれだけ貴重なことだったかを身に染みて分かるようになったんです。「建築と農業」というテーマを通して、その土地が持っているあたたかさや土とともに生きる生活を見つめ直したい。その探求のひとつのフィールドとして、守山で挑戦することは、自分のやるべきことだとも感じています。

彼は、かつて夢に抱いた「建築家」という肩書きを超えて、「自分が何を生み出せるか」に向き合い続けている。大切なのは、肩書きや目先のゴールではなく、自分にとっての本当の挑戦を見つけ、そこで未知の自分に出会い続けることなのだと教えてもらった。

かつて出ていきたいと願った故郷に、今度は自分の力で新しい場を築きたいという挑戦。
その思いに呼応するように、すでに「一緒にやりたい」と言ってくれる仲間が集まってきているという。農業と建築、人と土、そのすべてがつながったとき、一体どんな景色が生まれるのだろうか……その物語が楽しみでならない。

勝部さん:アナキズムというものを、本当にハードルを下げて誰にでも分かるように教えてくれる本です。世界中で一般的に想像される社会や政治とは別の在り方での、状況や実践を教えてくれます。身の回りの生活から政治や社会を考える基盤に、ぜひ読んでみてください。

STAFF
photo / text : Nana Nose