#11 [2024/09.11]
せんぱいたちの、このごろ
誰かの想いと自分のものづくりを融合させることが僕は好きなんです
松崎賢也さんKenya Matsusaki
こう語るのは、レザークラフト作家としてオーダーメイドの作品作りを行う松崎賢也(まつさき・けんや)さん、29歳だ。
神戸の下町・湊山にある閑静な住宅街を歩いていると、大きな窓から暖色の光が漏れた一際おしゃれな建物が見えてくる。2024年4月に松崎さんがオープンしたアトリエ兼ショップ「sosou」は、工房でありながら飲食の提供もしており、誰でも気軽に足を踏み入れることのできるオープンな場所だ。
入り口の扉を開けると、「こんばんは〜」と奥の方から桃を片手に持った松崎さんが現れた。
モダンな空間なのに、なんだか家のようにほっこりしてしまう。
そこには「人との出会いや対話を大切にしたものづくりをしたい」という彼の想いが、滲み出ていた。
ものづくりが暮らしの中心にあった子ども時代
高知県で生まれ育った松崎さんは、木工細工をしている祖父の影響もあってか、幼少期からものづくりが大好きだったという。なかでも、世の中にある製品がどのように出来上がっているのか、構造に対する興味がとても強かったそう。
松崎さん:スピーカーにラジオ、エアガン……とにかく分解しまくっていました。大人にとってはかなり迷惑な子どもだったと思います(笑)。でもやっぱり分解してるとだんだん分かってきて、小学校高学年くらいのころにはエアガンの構造は完璧に分かるようになっていました。
そんな生活を送っていたあるとき、偶然深夜番組で観たガンプラ(ガンダムのプラモデル)を作るオタクに感銘を受け、そこから松崎さんの興味はガンプラへと変わっていく。
松崎さん:ひとつのことを突き詰めている感じが超かっこよかったんですよ。自分もオタクになりたい!と思って中学時代はひたすらガンプラを作っていました。
もともと手先が器用なうえに努力も相まって、「月刊ホビージャパン」が主催しているガンプラの大会で見事優秀賞を獲り、作品が雑誌に掲載されるまでになったそう。
松崎さん:はじめて自分のものづくりが人から評価されたのはガンプラでしたね。将来のことは全然考えていなくて、ただひたすら「今」の興味を追い求めて過ごしていた子ども時代だった気がします。
自分の好きなものづくりをするために
大学へ行きたい
家庭の金銭的な理由から、高校卒業後は就職を選ぼうと思っていた松崎さんは、ものづくりができる工業高校への進学を決めた。
松崎さん:高卒で就職することへの違和感は感じていなかったですし、自分の好きなことを勉強できるので、高校生活は充実していました。
しかし変化は突然訪れた。
高校2年生のとき、修学旅行でとある会社の工場見学に訪れた際、突如就職することを辞めようと思った松崎さん。
松崎さん:言わば、自分たちがこれから働く場所を見学するようなものだったのですが、僕はその光景を見たときに絶望してしまって……。当たり前のことなのですが、会社に入ったら自分でなにかを生み出すのではなくて、あらかじめある図面に沿ってものを作らなければいけない。一からものを生み出すことが好きな僕にとっては、なんの面白みも感じられませんでした。
とはいえ就職以外の選択肢を考えたことのなかった松崎さん。進路に悩んでいたとき、仲のよかった友人が芸術大学への進学を目指していることを知ったという。
松崎さん:友だちから芸大の話を聞き、自分の表現をかたちにすることを学問として学べる場所があるなんて!と衝撃を受けて、僕も進学したいと思いました。
周囲は急な方向転換に驚きはしたものの、「高知県内の大学」という縛りで進学の許可が下りたそう。高校2年生の終わりごろから画塾に通い始め、高知大学の教育学部の中にある芸術コースを受験し、見事合格した。
人の想いを乗せることのできる
レザークラフトで身を立てたい
大学入学後、1・2回生では芸術全般の知識を身につけ、3回生で専攻を選択する際、就職することを考えてグラフィックデザインを選んだ松崎さん。
松崎さん:就職先が多くて、お金になることを考えて選んだのですが、全然向いていなかったんですよね。結局僕は手を動かしてものをつくることが好きだと、やってみて改めて気づくことができました。
その後、グラフィックデザインのゼミに身を置きながらも、自分の好きなものづくりを探求するため、照明器具や真鍮のアクセサリー作りを始めたそう。レザーとの出会いはここからだった。
松崎さん:真鍮のアクセサリーに自由度を出すためにレザーを加え始めたことがきっかけでした。そうこうしているうちに、友人からレザーの財布を作ってくれないかと依頼を受けたんです。
一から友人の理想とするデザインを一緒に考え、財布を完成させたとき、今までに感じたことのない喜びを感じたという。
松崎さん:誰かの想いと自分のものづくりを融合させることで、すごくおもしろいものができる。出来上がってからもアフターケアでその人とはずっと関わっていくことができるし、そういうあたたかみのあるものづくりができるのは、レザーなのかもしれないと思いました。
やると決めればとことん突き詰める松崎さん。
大学在学中にレザークラフトが盛んなイタリアのフィレンツェに滞在し、工房を巡りながら作品を生み出すための工程を学んだ。
レザー製品の楽しみ方をもっと広めていきたい
大学時代にレザークラフトを始めてから少しずつオーダーも増えていたため、就職しないという選択を取ることもできたが、松崎さんはあえて就職することを選んだ。
松崎さん:ものづくりはできても、当時の自分の力ではごはんは食べていけないと思っていました。一度就職して社会の仕組みやお金の稼ぎ方を学んでから独立しようと就職を決めました。
就職先に選んだのは、神戸を拠点に置く老舗の食品メーカー。ものづくりのほかに、料理をすることも趣味だったため、食を通して社会を見つめてみることを考えたという。
松崎さんは、その会社で約3年間会社員として働いた。
営業、会計、商品企画、通販までを担当し、社会や会社の仕組みが分かってきたタイミングで、副業で続けていたレザークラフトのオーダーも順調に増え始め、独立することを決意した。
彼のものづくりの軸は「人とのつながり」。
独立当初はショップを構えていなかったが、人との出会いの場とレザーの奥深さを伝える場をつくりたいとの想いで、晴れて2024年にアトリエ兼ショップ「sousou」をオープンさせた。
松崎さん:やっぱり僕は誰かの想いと自分のものづくりを融合させることが好きなんです。もちろん作品を買いに来てくれるのもうれしいけど、偶然入った場所での対話から皮の魅力に気づいたり、アイデアの掛け合わせで新しい作品が生まれたらもっとうれしい。人との出会いを大切にしながら、今後もこの場所でライフワーク的にレザーの魅力を世の中に広める活動をしていきたいと思っています。
彼の話を聞きながら「用意周到」とはこういうことだなと思った。
ときには勢いも大切だが、やりたいことをして生きていくために、自分に足りていないものを見極め、それを補う準備期間をもうける。私もなにかを得るために近道を探すより、少しずつでも着実に前に進んでいける道を進んでいこうと思った。
そんな松崎さんから、おすすめの一冊
『茶の本』
著:岡倉覚三 訳:村岡博
発行:PIE International/2,200円(税込み)
松崎さん:岡倉天心は近代化していく日本を憂いていた人です。茶の文化があるように、日本人はもともとさまざまな物事を深く味わう心を持っているのに、現代になるにつれてどんどんその心を忘れてしまっていると。情報があふれる現代社会で生きていると、流してしまうことが多いけれど、きちんと一つひとつと対峙して味わいを見出す心を取り戻すことで、人生を豊かにしてくれると思います。
STAFF
photo / text : Nana Nose