-ことば部の本棚-
銭湯

その人は、ジャイアンツのユニフォームを着てるらしい。

待ち合わせに来る初対面の相手の外見的特徴である。

駅の改札を出たところに、まさにその服装の人がいる。

でもゴツいヘッドホンをしていて声をかけづらい。

一旦通り過ぎて、少し離れたところからその人の様子を窺う。

しばらくすると、アロハシャツの人が現れ、ジャイアンツユニの人と立ち話して、2人でバスに乗ってどこかに行ってしまう。

えっ。

そこに、ジャイアンツユニの人の代わりに来たと言う新たな人物が声をかけてくる。

説明を求めると、まあ素面でっていうのもアレなんで、と酒を飲むことになる。

そんな感じで話が始まる。

ミステリーのように謎に満ちながら、しかしミステリーに必要なものがない。

つまり腑に落ちない謎に対する答えがない。

小説は書き手が作る創作の世界だから、例えば複数の登場人物の視点から書くことで、ある出来事の真相や各々の意図を明るみに出すことができる。そうした方が物語として納得しやすいとか、作者が込めたメッセージを載せやすいから。

でも現実世界では、私には私の視点しかない。現実の世界を俯瞰する目線を私たちは持っていない。伝聞という手鏡で裏側を覗けることはあるかもしれないけど、ほとんどのことは私の視点からしか見えなくて、だから真相も他人の意図もわからない。

福田節郎の「銭湯」には、酒飲みたちと変な人たちがやたら出てくる。創作の世界なのに主人公は答えを教えてもらえない。当然読み手である私たちも謎を謎のまま手渡されて、その謎の上にまた別の謎を重ね置かれ、謎と謎が一体化してよくわかんない粘土のような塊になって、ところでこれ何の話だっけ?と尋ねても、答えてくれる人はどこにもいない。どこかに収束していく筋はなく、ただ酩酊感とともに時間が文字の形で流れていく。

でもこれって私たちの現実の世界と同じで、いろんな真相までわかっちゃうことの方が本当は不自然。答えが用意された世界に慣れてると変な感じがするかもしれないけど。

生身の人生をギュッとプレスして、理不尽や不可解を濃縮したこの小説は、ファンタジー要素はないけどアルコール分高め。いわば「酒場の国のアリス」という感じ。根拠のない悪意もあるし、妙に死のイメージも近い。でもなぜか垣間見える愛。読み終わって、学生時代の友人に久しぶりに連絡したくなったのも、なんでなんだろう。わからない。

えっ、モヤモヤしそう?いや、振り切っちゃってるから、むしろ爽快。ひとっ風呂浴びたみたいにね。

text&photo:おの

福田節郎「銭湯」書肆侃侃房


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