-タケナカのこれ思てんねん。-
第3回『カラオケについて思てんねん』
こんにちは。
ことば部部員のタケナカと申します。
今年で二十代も折り返し地点にきました。
昔から読書が好きで、基本的にどんな本も読みますがテーマが重ための本が好きです。
細かいことが気になり、つい言い過ぎて母から小姑と呼ばれた事があります。
こんな私が普段うっすら思っているあれやこれを徒然に書くエッセイ「タケナカのこれ思てんねん。」
毒にも薬にもならないけど「なるほどなぁ」となるかもしれない、超プラシーボなエッセイです。
募集している、みなさんの「思てんねん」なこと、今回もたくさんの投稿をありがとうございます。
その中で今回気になったコメントをピックアップ。
かくかくしかじかさん
「カラオケの楽しさがわからない。
私は好きなアーティストの素敵な歌声は聴きたいけど、素人の歌は聴きたくない。」
第三回はそんなカラオケについて僕の思うことを。
今回もひとつ、お手柔らかにどうぞ。
「カラオケのマナーとはなんぞや」
あまりに切れ味の鋭いコメントで笑ってしまったが、言わんとしてることも分かる。
私はそこまでカラオケ自体には嫌悪感はないし、むしろ現代社会でもある程度の
どんちゃん騒ぎが許される稀有な場だと思っている。他人の歌声を聴くのも全然OKだ。
ただ、熱が入りすぎてというか、気合十分でアーティストのパフォーマンスまでされてしまうと流石におぉとなる。
どういう顔して聞けばいいかわからないし、後に入れる選曲もこの流れを崩してしまわないかなんだか変な気を使ってしまう。
しかも熱中されればされるほど、ジュースのおかわりという名目で逃避行もできやしない。
カラオケが苦手な人にとってのマナーとは、ニコニコとビジネス合いの手に徹するか、
空いたデンモクやなぜかやけにベタつくメニュー表に活路を見出すことがベターなのかも。
(ここまで書いて思ったが、私も結構カラオケが苦手かもしれないな……)
「カラオケの気遣い疲れ」
カラオケのベターなマナー(ベストではない!)は「必死に合いの手を入れるか、デンモクに逃げることである!」と書いたが、思い返すとハッとすることもある。
考えもなくただ脊髄反射で「よっ!」や「日本一!」などと言った帰り道、
「自分のこと、だいぶ安売りしたなぁ」となんだか無性に悔しくて大声で走りたくなる……!
歌ったあとの喉の痛みとは違う、その下にあってなんだかヒリヒリ・ざらざらする気持ちはなんなのだろう。
そういえばアーティストのライブの帰り道にそんな気持ちになったことはないし、いい時間を過ごしたな~とホクホクした温かい感情になる。
ここにも皆を取り巻く過剰な気遣い疲れが存在しているような気がする。
「素敵な歌声は聴きたいけど、素人の歌は聴きたくない」のセンテンスの裏には、
「素敵な歌声は〈フラットに聴けるから〉聴きたいけど、素人の歌は〈自分を削って気を使うから〉聴きたくない」という感情が含まれているのかもしれない。
(こんなに力説したけど全然違ったらすみません!)
カラオケについて思うことを滔々と書いた。
(こんなに語れるとは思わなかったな……)
今回はカラオケだったが、場所を変えて路上シンガーの歌声を聞く時はどんな気持ちなのだろう。きっと、また違った感情があるに違いない。
やっぱり人の「思てんねん」を聞くのはおもしろい!
好きと嫌いとマイルール、自我と自意識にがんじがらめのぐるぐる人生。
そんな中で普段思っていることをポツポツと書いていきます。
ぜひ、あなたの普段思っているけどなかなか言えないなあ、なことも教えて下さい。
ご投稿はこちらから。
次回の「タケナカのこれ思てんねん。」もどうぞお楽しみに。

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