おそろいのはなし
~フェリシモことば部×
岡野大嗣さん往復書簡~
前編

2025年9月11日より、フェリシモことば部では歌人の岡野大嗣さんを審査員にお迎えし、『おそろい短歌賞2025』を開催することになりました。

ことばが好きな全年齢の方を対象に、”おそろい”という言葉をテーマに行う短歌賞。

開催に際して、ことば部と岡野大嗣さんで往復書簡を交わしました。

それぞれの中での、おそろいのはなし。ぜひ読んでみてください。


ことば部部員やまぐち(以下:やまぐち):今回も「おそろい短歌賞」の審査員を引き受けてくださり、ありがとうございます。

テーマは昨年と同じく「おそろい」ですが、昨年と違ったところとして、今年は全年齢対象での短歌賞となりました。

昨年に引き続き、今年も選者を務められる岡野さんの、今のお気持ちをお聞きしてもいいでしょうか。

岡野:なにごとも、二歩目を踏み出したときにこそ「前進」と言えると思っているので、こうして2年目も開催していただけることが、まずとてもうれしいです。そして再び選者に加えていただけたことも光栄に思います。

おっしゃるように、昨年は応募条件が「20代」であることでした。実はそのときから、将来的には年齢制限をなくしたいとお伝えしていて、SNSでも「必ず実現させたい」と発信していたんです。今回それが実現できて、本当にうれしいですね。

ことば部さんも頑張ってくださいました。企業が主催する短歌賞ということで、昨年の「20代限定」も決して他の年齢層を排除する意図ではなかったと思います。でも、僕の思いを汲み取って、短歌の窓口を広げてくださったのは素晴らしいことだと感じています。

それに、僕自身が短歌を始めたのは30代に入ってからなんです。だからこそ、何歳からでも始められるのが短歌のいいところだと実感しています。もし「20代限定」のままだと、せっかく興味を持ったのに応募できない人も出てきてしまう。それはやっぱり悲しいですよね。今回、全年齢対象になったのはとても喜ばしいことです。

ことば部さんの想いもお聞きしたいです。

いち企業として、短歌賞を行うことに、どのような想いがありますか。

やまぐち:そうですね。そもそもフェリシモことば部は昨年のおそろい短歌賞をきっかけに創設したものなんです。

初めは、フェリシモと新たに出会う方との接点を作りたいという想いがあり、そういった文脈から昨年の「おそろい短歌賞」は20代限定、としていたということもあります。

それに部長である自分自身も短歌が好きな20代だった、というのもあり。

この1年で、「おそろい短歌賞」をはじめ、木下龍也さんと行った「あたらしい日々への短歌賞」など、いくつかの短歌賞を開催させていただきました。

そうした活動を通して、短歌を作るということは、人が日々の一瞬一瞬を切り取り、言葉にすること、そうやって自分に気付いたり、嬉しくなったり、落ち着いたりすることなんだな、と思ったんです。

短歌賞をすることで、そんな瞬間が、出来るだけ多くの人の中に流れる。

それがこの短歌賞で1番目指したい事であり、大切にしたいことだな、と思っています。

フェリシモという企業が短歌賞を開催することで、そして岡野さんともご一緒することで、出来る限り多くの人の中に、そんな一瞬が流れたらいいな、と思っています。

岡野:「おそろい短歌賞」のテーマ「おそろい」は、フェリシモさんの「おそろいの日」(11月11日)という記念日から来ていますよね。

やまぐち:そうですね。「おそろいの日」は親子や兄弟姉妹、友人やパートナーと「おそろい」を楽しむ、そんな文化を作りたいという思いで、記念日として制定されています。

でも個人的には、「おそろい」という事の魅力って、ただ服やモノをおそろいにする、その行為だけじゃなくて、そこから浮かぶ気持ちや情景にあるんじゃないかな、と思っていて。

たくさんの人が「おそろい」を短歌にすることで、そんな気持ちや情景、「おそろい」ということの魅力が様々なところから見つけられたらいいなあ、と思っています。

そんな、「おそろい」についても、岡野さんとお話したいです。

岡野さんは「おそろい」という言葉にどんなイメージがありますか。

岡野:「時間を共有している」というイメージがまず浮かびますね。

やまぐち:時間の共有。

「共有」という言葉もそうですし、「おそろい」ということばを聞くと、個人的には二人のイメージが浮かびます。

数、という面で岡野さんは「おそろい」をどう捉えられますか。

岡野:「おそろい」は、必ずしも二人だけじゃないと思うんです。たとえば、自分ひとりの中にも「おそろい」はある。イヤホンと靴の色が偶然そろったときとか。あるいは、街の雰囲気と自分の服装や気持ちがふとフィットした瞬間にも「おそろい」を感じることがあります。

やまぐち:一人でもおそろい。とても素敵です。

昨年の『おそろい短歌賞』でも、おそろいに関する思い出についての短歌も多くありました。

岡野さんはおそろいから浮かぶ思い出はありますか。

岡野:高校生のときですね。クラスの誰とも話題にできないくらいマイナーなバンドのライブに行ったんです。会場へ向かう道で、そのバンドのTシャツを着ている人たちを何人か見つけたときはうれしかった。僕も同じTシャツを着ていて、「あ、仲間がいた」と思えた瞬間でした。

やまぐち:ライブ会場での、ゆるやかな共有感、凄く素敵ですよね。

自分も高校生の時から聴いているラジオのイベントに昨年行ったとき、何万人もお客さんが詰めかけていて、いつも一人で部屋で聴いているラジオを聴いている人が、こんなにもいるんだ、と嬉しくなったことがあります。

後編はこちら⇒おそろいのはなし 後編

『おそろい短歌賞2025』ご応募はこちらから


岡野大嗣(おかのだいじ)さん

1980年、大阪府生まれ。歌人。単著に『うたたねの地図 百年の夏休み』『うれしい近況』『音楽』『たやすみなさい』『サイレンと犀』、共著に『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』『今日は誰にも愛されたかった』『あなたに犬がそばにいた夏』。がんサバイバー当事者による、闘病の不安に寄り添う短歌集『黒い雲と白い雲との境目にグレーではない光が見える』を監修。連載にmeets regional「レッツ短歌!」。2023年度 NHK Eテレ「NHK短歌」選者。

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