デザイナーへの道、そして決断の時。

あの人の素敵暮らしを拝見 2020.08.12

こんにちは! ヘルシンキ在住のテキスタイルデザイナー、島塚絵⾥です。
今回は、フィンランドに移住し、どのようにテキスタイルデザイナーになったのか、そしてどのような仕事をしている のかをお話したいと思います。
 

デザイナーへの道

⽇本で美術⼤学を卒業していない私は、フィンランドでは美術⼤学の学部からスタートする必要がありました。5⽇間で12の課題がでるハードな⼊試はすべてフィンランド語で、 “⽕事場の⾺⿅⼒”が出たように思います。⼤学⼊学後は、織り、編み、プリントデザインを ひと通り学び、⾃分の興味のある分野を深めていきました。

⼤学3年⽣の時に、マリメッコのアートワークスタジオでインターンシップをする機会を得ました。そして、そのまま運良く社員として採⽤されました。2012年には、「マリメッコ⼿帖」という本の執筆を担当し、マリメッコの歴史を調べたり、デザイナーたちにインタビューしたりすることで、マリメッコへの思いが強くなっていきました。
 

大好きなマリメッコで働けることは本当に幸せでしたが、唯⼀の問題はアートワークスタジオのデザイナーは「自分のデザインができない」ということでした。

卒業制作だったら、デザインを提案してもよいという許可を上司であるペトリから得て、無我夢中でスケッチをしました。そのうち、3つが採用され、心躍るような気持ちでした。

その後、2年間休職して、大学に戻るのですが、ペトリには「2年後には会社に戻るか、フリーランスデザイナーとして独立するか、考えなさい」という課題を渡されました。

決断の時

2年間学校に通いながら、デザインの提案や本の執筆など、可能性を探りました。そうこうするうちに決断の時が次第に近づいてきました。最後の最後まで決められず、ペトリに相談すると、「⾃分が50歳になった時に、後悔のない選択をしなさい」と背中をおされ、独⽴することに決めました。

決断をペトリに話す際、⾊々な思いが溢れ出し、ついつい涙が頬を流れ落ちました。それから、私のフリーランスデザイナーとしての旅路が始まりました。
 

駆け⾜でテキスタイルデザイナーへの道をお話させていただきました。もっとお話ししたい気持ちもやまやまですが、それはまたいつかの機会で。

次回のブログでは、私が暮らすヘルシンキの街を紹介したいと思います。

Profile

島塚絵里さん

島塚絵里さん

ヘルシンキ在住のテキスタイルデザイナー。
2007年に移住し、アアルト大学でテキスタイルデザインを学ぶ。マリメッコ社のアートワークスタジオでデザイナーとして勤務したのち、2014年より独立。現在はマリメッコ、サムイ、キッピスなど国内外のブランドにデザインを提供している。Pikku Saari(コッカ社)というテキスタイルブランドをプロデュースしている。サントリー、オールフリーのCMの衣装デザインを担当。2018年、宮古島にオープンしたHotel Locusのオリジナルテキスタイルをデザイン。

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