五感ではぐくむ刺しゅうの愉しみ
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細部まで考え抜かれた美しさと、吸い込まれるような存在感。自然をモチーフにした図案がクチュリエでも絶大な人気を集める、刺しゅう作家の樋口 愉美子さん。作家になるまでのお話や、独自の世界観の秘密、図案を手がけたクチュリエの新作キットについて、たくさんのお話を聞かせていただきました。
指先から生まれるあたたかな世界
手づくりを愛するお母さまのもとで育ち、幼少期より針と糸を身近に感じていたという樋口 愉美子さん。
「枕カバーやきんちゃくにワンポイント刺しゅうを入れてくれたり、洋服や手編みのセーターを作ってくれたりと、母は手先が器用な人でした。婦人雑誌『ミセス』の愛読者で、手芸の記事をスクラップしていたのですが、それを眺めるのが私も楽しみでした。自分で初めてちゃんとした刺しゅうをしたのは、中学生のころ。家にあったデンマーククロスステッチの本の中の、ヨーロッパのお城と傭兵のモチーフを選んで刺しました。我ながらとてもよいできで、額に入れて飾ったことを覚えています」
とはいえ、そのまま刺しゅうの道を進んだわけではなく、その後の関心は美術全般へ。高校生で絵を習い始め、美術大学のプロダクトデザインのコースへ進学します。
「プロダクトデザインは興味深い分野でしたが、挫折も味わいました。そのうち、プロダクトデザインとは真逆の、自分の手から生まれるあたたかいものに興味がわき、ハンドメイドバッグの制作を始めました」
しばらくはハンドメイドバッグデザイナーとして活動していたものの、体調をくずし、休養を余儀なくされることに。長引く療養生活で樋口さんの心をうるおしてくれたのが、刺しゅうという表現方法でした。
「それまでも自作のバッグに刺しゅうをすることはありましたが、制限の多い暮らしの中、自分の手の中だけで創作できる刺しゅうが改めてとても楽しく感じられて。アイデアもどんどん湧いてきて、すっかり夢中になってしまいました」
療養生活を終え、結婚されたのを機に、刺しゅう作家として活動をスタート。お母さまが持っていた古い手芸本を参考にしながら、独学で学びを深めていきました。「知識も経験もなかったので、当初は気の向くまま、適当に刺していたのですが、今になって思い返せばそれがよかったのかもしれません。刺しゅうの常識を知らなかったぶん、それにとらわれることなく、自由な刺しゅうができていた気がします」
ある日、ウェブサイトに載せていた1色遣いのがまぐちが編集者の目に留まり、初の書籍『1色刺繍と小さな雑貨』(文化出版局)を出版。初心者でもトライしやすい1色遣いと、洗練された図案が評判を呼び、多くの人が樋口さんの世界観にふれるきっかけに。そこからじわじわと活躍の場を広げ、デビューから16年たった現在、著書は14冊に。海外での翻訳版も多数出版され、世界中にファンを持つ人気作家として、充実した創作の日々を送っています。
忘れがたい体験を自分流に作品で表現
平面のはずなのに、立体的に立ち昇ってくるようなふくよかな存在感。見た人の記憶の引き出しが開くような、不思議な奥行きのあるストーリー性。ときには美しく、ときには愛らしく、ときには凛とした樋口さんの刺しゅう作品は、いつも唯一無二の存在感を放っています。
「あこがれていた絵や、目に焼き付いた風景など、私の作品は過去に出会ったいろいろなことがらを自分なりに咀嚼して表現したもの。だから私の刺しゅうに懐かしさを感じたり、共感してくださる方がいるというのはとてもうれしいことです。毎回、工程のすべてに愛着と誠意を込め、手間を惜しまずに刺すことを心がけています」
自然をこよなく愛する樋口さん。なかでも草花の図案は、どれもためいきが出るような繊細さ。それぞれがデザインを構成する一要素でありつつも、まるで個々の生命がいきいきと輝いているようです。
「刺したいなと思うのは、やっぱり自分が好きなもの。私にとって、自然の草花はひとことで言うと癒やしです。とても身近な存在であり、まずいちばんに思いつく魅力的なモチーフ。季節や感情を表現しやすく、自由自在に変化を加えることができる万能さをもつ存在でもあります。花を刺すときは、実物の花をそのまま参考にしているというよりは、自分の記憶の中にある『花のようなもの』を思い浮かべて描くことが多いです。あとは葉っぱも大好きで、つたもよく登場させてしまいます(笑)。グリーン系の糸は特に消費が早いですね」
ニュアンスのある色合いも美しく、1色遣いも多色遣いも、華やかながらも大人っぽい雰囲気。心地よく暮らしになじむ、独特の空気感が印象に残ります。
「色は、季節や温度、感情まで表現できてしまう重要な要素。毎回、伝えたいテーマに沿って選んでいきますが、失敗してやり直すことも多いです。決して妥協できない工程なので、納得がいくまで慎重に選びます」
いつも新しい切り口で、多彩な図案を届けてくれる樋口さん。創作のエネルギーやインスピレーションの源は、身のまわりのあらゆる場所にあふれているといいます。
「ふだんから何かを思いつくたびにメモをとっていて、それをもとにアイデアに肉付けをしていくことが多いです。旅などの非日常も刺激になりますし、日々の暮らしの中にも表現したいことがあふれていて、創作意欲が尽きません。たとえば何気ない散歩の途中で見つけた、季節の移り変わる様子、色彩や質感の変わる様子を私はとても美しいと感じます。心おどる新緑にも、落ち葉のかわいた色合いにも、冬の冷え込んだ空気や、夏の強い日差しに込められた生命力からもインスピレーションをもらいます。アイデアの種はどこにでも散らばっていると思うので、ふだんから意識的にアンテナを張っていたいですね」
こだわりも、失敗もまるごと楽しんで
樋口さんが図案を手がけたクチュリエの新作「YUMIKO HIGUCHI 季節の刺しゅうボタニカルリースの会」は、表情豊かな四季折々の草花を、樋口さんならではの繊細な感性で12種類の刺しゅうに表現。自然に対する樋口さんの深い想いがあふれたスペシャルなキットです。
「リースは、どこから刺しても丸くおさまるバランスのよい構図で、眺めていても気持ちがよいデザインです。1年を12ヵ月に区切ることで季節の変化や喜びを感じることもでき、ふだんより濃い時間を過ごせるように思います。エコ ヴィータというDMCのオーガニックウールの刺しゅう糸は、従来の25番糸には出せない立体感や色や質感、上品さも表現できそう。細いので使い勝手も非常によく、図案の魅力をさらに引き出してくれそうです。完成したら、刺しゅうの枠や額に入れて、飾ってめでることを楽しんでほしいです」
刺しゅう作品を上手に完成させるためには、いったいどのようなことに気をつけたらよいのでしょうか。
「まずは、あせらずにゆっくりと楽しむこと。そして失敗したらほどいてやり直すことです。刺しゅうはこだわればこだわるほど上達しますし、完成した作品への愛着も増すと思います。ぜひ、刺す時間も、ほどいてやり直す時間も、まるごと楽しんでみてください。ゆったりとした時間のなかで作品をはぐくむ心地よさを味わってくださいね」
刺しゅう作家として、たくさんの人々の心を動かしてきた樋口さん。これからの活動にも、ますます注目が集まっています。
「刺しゅうは選択の積み重ね。むずかしいこともあるけれど、できることなら常に最善の選択をしていきたい。だから創作するときは、限られた時間の中で自分に何ができるのかを毎回考えながら進めています。ここまで16年継続してきたおかげで、昔に比べると技術力は上がったと思うので、今の自分だからこそできることを考え中。新しいこと、みなさまに喜んでもらえること、役に立つことを中心に、これからもあらゆることに挑戦していきたい。さらに刺しゅうを続けていくことで何ができるようになるのか、自分自身がいちばん楽しみです」
YUMIKO HIGUCHI 季節の刺しゅう ボタニカルリースの会
四季折々の草花の魅力をリースにとじ込めた樋口 愉美子さんの刺しゅうキット。DMCのウールの刺しゅう糸「ECO VITA(エコ ヴィータ)ウールスレッド」も織り交ぜ、立体的で美しい作品をつくります。クチュリエ限定のこのキットをどうぞお見逃しなく。
詳しくはこちらへ!
【スペシャルコラボ企画】 樋口愉美子さんが描く 12ヵ月のボタニカルリース
刺しゅう作家 樋口 愉美子さん
刺しゅう作家。多摩美術大学卒業後、ハンドメイドバッグデザイナーとして活動した後、2008年より刺しゅう作家に。自然に対する愛情が深く、日々の暮らしの中、五感を使って季節を感じ取ることを大切にしながら、表情豊かな刺しゅう作品を発表している。最新刊の『暮しの刺繍』(文化出版局)ほか、著書多数。
HP:yumikohiguchi.com Instagram:@yumikohiguchi
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